表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三の姫の就活事情  作者: 志麻子
1/3

過労で倒れて、気づいたら平安時代でした

 すうっと暗い底に沈んだ意識が、ふっと浮かびあがり、少しずつ明るいところに向かっていった。徐々に、意識がはっきりしてくる。私が誰なのか。何をしていたのか。


 私は、駅の階段を降りようとしていたところだった。右肩には、ずっしりと重い鞄。今日は月曜日で、週末に授業準備をしようと思って持って帰った教科書や指導書が、ぎっしり詰まっていた。いつもの月曜日のように、二組のお昼寝布団をかかえて保育所に行き、二人の子どもを預けてすぐに駅に向かう。いつも保育園から自転車で10分の駅から電車に乗り、勤めている中学校の最寄り駅で降りていた。いつもと違っていたのは、私がものすごく疲れていたことだった。今月に入ってから、ほとんど休みが取れなかった。平日は朝7時半から夕方6時半まで授業やその他もろもろ、土日は入学試験の監督だった。学校にいる間は、なんだかんだ用事を言いつけられたり、生徒が来たりして授業準備が進まないので、大抵、授業準備は家に持って帰り、子どもたちが寝たあとで行う。おかげで平日は四時間半くらいしか寝ないのが普通だった。その睡眠不足を、なんとか土日に寝て回復していたのが、ここ三週間、毎週入学試験を開催してくれるおかげで、ずっと休みなしだった。三回も入学試験を開催するのは、うちの中学校が、伝統だけはあるものの近年あまり人気のない学校だからで、二次募集、三次募集を行うことで定員割れを防いでいる状況だからである。そこまで無理して生徒を集めなくてもと言いたくなってしまうが、公立の学校と異なり、生徒の現象が即教師のリストラにつながる私立の学校である。契約社員扱いの常勤講師である私が、真っ先にその対象になるのは明かだ。自分の職を失わないためには、頑張るしかなかった。

 その疲れが出たのだろう。電車に乗ってすぐから、妙な寒気がした。私はコートを着て、マフラーをしており、電車の中ではむしろ暑いはずだったのが、ガクガクと脚から震えがくるほど寒く感じた。寒さに耐えていると、そのうち、ものすごい吐き気に襲われた。次の駅が勤務校の最寄り駅だ。着いたら学校に電話して、今日はもう帰ろう。駅に着いて階段を降りたら、そのまま、反対側のホームに行こう。反対側のホームは通勤で向かう流れとはと反対方向だし、すいているはず。ベンチで一休みして、家に帰ればいい。そう決意して、開いた電車のドアから押されるように階段に向かったのが最後の記憶だ。


 私は階段から落ちたのだろうか。貧血で、意識を失ったのか。脳出血や心筋梗塞ってことはないだろう。まだ、三十代前半だし。それに、頭痛もなかったし、胸も苦しくなかった。でも、今は頭が痛い。階段から落ちた時に頭を打ったのかも知れない。手足は痛くない。骨折はしなかったのだろうか。徐々にはっきりしてきた意識の中、誰かの話し声が聞こえる。話し声だけでなく、ぶつぶつ呟いているような歌っているような声が聞こえる。これはお経?まさか、私、死んでいないよね。私は力を振り絞って、重いまぶたを開けた。夫や、子どもたちや、病院の人たちに囲まれていることを期待して。私は、まだ死んでいない。


「姫様が!三の姫様がお気づきになりました!」

 側にいた誰かが、甲高い声を上げる。一体何のことだろう。焦点の合わない目で、ぼんやりと辺りを見わたす。白い顔が見えた。能面のように真っ白い顔。白い顔がたくさん、私を取り囲んでいる。何これ?悲鳴を上げようとしたが、かさかさに乾いた口からは、何も声が出なかった。

「・・・み、みず・・・」

 と、かろうじて声を出すと、周りの人々がばたばたと動く気配がして、唇に水の入った容器が押し当てられた。ごくごくと水を飲み、もう一度横になると、また意識は沈んで行った。これは夢だ。気づいたらきっと、私は病院にいる。そう自分を納得させ、眠りにつく。結局、その期待は裏切られることになるのだけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ