第七十九話(閑話)
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「「………………」」
初のダンジョン探索を前に、川上賢治と上野信二を乗せた馬車は、車輪が地面を駆ける軽快な音とは裏腹に、重苦しい空気に包まれていた。
その理由は、異世界召喚されてより現在に至るまでの間、片時も休む事無く黒歴史の制作に着手している賢治が、彼等のパーティーの導き手となるべく迷宮騎士団より派遣されてきた、二人の男性副長との間に、出会って三秒即絶交とばかりのやり取りを繰り広げたからである。
それはお互いに自己紹介を済ませ、本日のダンジョン探索における方針の説明に入った時の事であった。騎士達の方針に不満を抱いた賢治が、真っ向から対立したのである。
「ですので今回は、飽くまでも下見であり、本格的に攻略するのはダンジョン内での戦闘にある程度慣れてからとなります。宜しいですか?」
「えっと、僕は……」
「宜しい訳が無いでしょう。バカですか貴方達は。ダンジョン探索は僕の遣りたい様に遣らせて貰います。貴方達は道案内と壁として機能して貰えればそれで結構。余計な事を考える必要はありません」
その言葉はどう贔屓目に捉えても、初対面の相手に言い放つ言葉とは思えず、更にその時に浮かべていた賢治の表情も、無意識か無自覚か確信犯なのかは分からないし知りたくも無いが、明らかな嘲笑が張り付いており、とにかく露骨なまでに喧嘩を売ったのは間違いなかった。
しかし、そんな賢治の性格を誰かから聞き及んでいたのか、騎士達も初めは軟着陸を試みていたのだが、黒歴史の制作に余念がない賢治が受け入れる筈もなく、またそんな事を好き好んでやっている様な人間を相手に、下手に出る事は悪手でしか無かった。
結局ごり押しを続ける賢治を前に、これ以上関係が拗れるのを嫌った騎士達が引き下がったのだが、その場でのやり取りから発生してしまった険悪な雰囲気を積極的に払う程、彼等は勤勉には為れなかった様である。
そんな中にあってゴリゴリの当事者である賢治は、しかし現役の騎士達を言い負かした事による高揚感から、一人歌でも口ずさみかねない程上機嫌であった。
つまりは、この馬車で一人気まずい思いを抱いているのは、上野信二ただ一人である。
深呼吸さえ許されないのではと思う程、張り詰めた空気が支配する馬車移動を終え、ダンジョンへと辿り着いた賢治達一行は、直ぐ様突入すると、斥候の騎士に先導されながら薄暗い通路を会話も無く、然りとてその分集中している訳でも無い状態で歩みを進める。
「来ますっ!ゴブリン一体です」
探知系のスキルの効果なのか、一行の先頭を歩いていた騎士が端的にモンスターの到来を告げた。
「僕がやります。さっさと下がりなさい」
「ッ!…………」
何故そんな言い方しか出来ないのか、否、何故初対面の人間にそんな言い方が出来るのかと、心の底から不思議に思う信二をよそに、斥候騎士を後ろに下げた賢治は一歩前に出て杖を構えると、ゴブリンがその視界に映るのを待つ。
「グギャギャギャッ!」
「ふん。見るからに下等。死になさい【ボルケーノ】」
思わず実名住所付きでSNSにアップしてやりたくなる様な振る舞いを見せた賢治の放った魔法は、通路の隅々までを蹂躙し尽くした。そしてそれは後ろで見守る信二達の所にまで影響を及ぼす。煮え滾る様な熱波が肌を焼き周囲の水分を強制的に奪い去っていく。
「け、賢治君!流石に周囲に影響が出過ぎてるよ!早く止めた方が良いよっ」
「ん?おやぁ?何かやっちゃいましたかぁ?フフフッ、ハハハハハハッ!」
信二の言葉を受け魔法を解除した賢治は、既にゴブリンが居た場所には視線さえ向けず、上機嫌に上を見上げながら哄笑を上げている。
「はっはっはぁ、どうやらゴブリン如きにマジックブーストは不要の様ですね。さあ!まだまだ始まったばかり、さっさと次のモンスターに案内しなさい。あぁ、それも貴方が拾いなさい。1階層のゴミアイテムなど僕に触らせないで下さいね」
「………………ッ」
(い、胃が痛いっ。僕だって救世主なのに、僕だって高笑いしたいのに。何で僕ばっかり)
荒々しくドロップアイテムを拾う斥候騎士の姿を見ながら、信二は嘆くことしか出来なかった。
その後も一行は斥候騎士に導かれるままにダンジョンを進む。
どうやら賢治のボルケーノに焼かれた通路は、魔法が解除されると痕跡一つ残らない様で、内心で足が溶けるんじゃないかと考えていた信二の心配は杞憂に終わる。
意気揚々と賢治は進む。ともすれば此処が家の中なのでは錯覚する程無警戒に、もしくは目当ての品を買いに行く道すがらの様に軽快に。鼻歌さえ口ずさみながらダンジョンという魔窟を闊歩する。勿論それは約一名にしか当てはまらない事ではあるのだが。
「来ます。ゴブリン一体」
「退きなさい。僕の出番です」
又しても前に出た賢治は、大仰に杖を構えてゴブリンを待つ。
「グギャギャギャッ!」
「聞くに及ばず劣等。死になさい【アイスエイジ】」
信二はポケットに手を伸ばす。普段は其処にスマホを入れているからだ。
(神様ぁ、今だけ返してくれませんかぁ)
信二の現実逃避などお構い無しに、彼等の進行方向は一面が氷に閉ざされてしまった。急速に冷える空気が信二を強制的に正気に戻す。そして直ぐに後悔する。
「フハッ、フハハッ!フハハハハハッ!フゥァアッハッハッハッ!」
「賢治君!早く解除しないと凍えるかもしれないよっ」
「ん?そうでしょうか?これぐらいが丁度良いでしょう?」
(さっさと頭冷やしてくれませんかねぇ!氷なら沢山有りますよぉ!)
ギリギリ口に出さないだけの自制心を発揮しながら、信二は賢治の気分を害さない様に言葉を尽くした。その甲斐あってか魔法は解除され、先程と同様に通路には僅かな痕跡一つ残りはしなかった。
又しても賢治は、斥候騎士にドロップアイテムを拾わせると、一人意気揚々と歩みを進める。
最早誰も言葉を発しなかった。それは良くも悪くもであり、良い面としては、ダンジョン内で無駄な諍いが起きる事無く進める事だろう。悪い面は単純にどうしようも無い程深い溝が、今まさに絶賛建設中であるといった所だろうか。果たして底はあるのか。
今はまだ良い。所詮は1階層だから。
しかし今後を見据えた時、果たして現状の延長線上に未来は有るのだろうか。そんな事を考えながら、とぼとぼと歩く信二を余所にダンジョン探索は続く。
「一体来ます」
「やっとですか。ゴブリン一匹見つけるのに、随分と手間取るのですね。全くこれが本職とは」
「………………」
後方に下がる斥候騎士の足音のみが響く。それも決して大きくはない音が、信二の鼓膜を驚く程強く揺さぶる。
(早くゴブリン来てぇぇぇぇ)
そんな信二の期待に答える様に、変わり映えのしないゴブリンが現れる。
「グギャギャギャッ!」
「触れるまでも無く下劣。死になさい【フォトンレーザー】!」
薄暗いダンジョンに昼が訪れる。
それはほんの一瞬の出来事であったのだが、その場に居た者達は確かに昼の到来をその目にした。否、賢治が放った魔法の軌跡は未だ光に照らされたままである。既に標的であったゴブリンを消し飛ばして尚、その光は止まる事無く突き進んでいた。
その光景を目の当たりにした者達の頭を、ふとある疑問が掠める。
もしあそこに別のパーティーが居たら、果たしてその者達は無事で済むのであろうかと。
「け、賢治殿!早くその魔法を止めて下さい!」
誰よりも早く声を上げたのは、迷宮騎士団副団長サーブナイトであった。しかしそれに対する賢治の反応は鈍い。
「はあ?言われなくてもやりますよ。何をそんなに慌てているんだか」
不愉快さを隠しもせずに、露骨に顔を歪めながらも賢治は魔法を解除した。それによりダンジョンが薄暗さを取り戻す。
今にも舌打ちしかねない程、剣呑な雰囲気を纏わせた賢治に対し、しかしサーブナイトは一歩も引かないまま、更なる要望を告げる。
「賢治殿。先程の魔法は、ダンジョンでは使用されない様お願い申し上げます」
「はあ?何でそんな事を貴方に指図されないといけないんですか?」
「指図ではありません。お願い申し上げると、申しているのです」
「同じ事ですよ。どれだけ言葉を丁寧にしようが、僕に何かをさせたり、させなかったりしようとしてる時点で、それは僕に対する指図なんですよ。大体何故この魔法にだけ使用制限を掛けようとするのですか?」
賢治の返答を聞いたサーブナイトは、自身の懸念が共有されていない事に気付いた。
そこからサーブナイトは、何とか言葉を尽くして説得を試みる。
「……それは僕のせいになるんですか?不注意極まりない間抜けなパーティーの所為ではないですか?」
「いえ、ダンジョン内であの規模の魔法を十分に周知せずに使用して、万が一他者に被害を与えてしまった場合、間違い無く罪となります。特にダンジョン内での犯罪は、外での犯罪と比較して非常に重罪となります。勿論救世主様が牢に繋がれる様な事は無いでしょうが、市井における評判は取り返しの付かない物となるかと」
「………………」
サーブナイトは賢治の持つ強烈なまでの承認欲求に訴えかけた。その効果は抜群だった様で、賢治は目を瞑ると一人長考に入る。
その間騎士達は、周囲の警戒とドロップアイテムの収拾を済ませていた。
「…………良いでしょう。今回に限り貴方の要望を聞き届けて差し上げます」
「寛大な処置に心より感謝致します」
「ふん。では先に進みますよ」
そうして再開された探索において、賢治は自らが発した言をしっかりと守り、現れるゴブリンをジョブスキルではなく、アクティブスキルの四属性魔法を用いて倒していった。
「ふむ。一応どの属性魔法でも一撃で倒せますね。とは言え賢者たる僕が使うには、余りにも見窄らしいですがね。フフッ」
(じゃあジョブスキルを使えば良いのに。フォトンレーザー以外は別に禁止されて無いんだからさ。正直ちょっとビビってるだけでしょ。不注意で事故って異世界人からディスられるのにビビってるだけじゃん。そう言う所に、異世界転移しても消せない小狡い本性が現れてるよね)
此処に来て信二の抱えるストレスがストップ高となる。それでも声に出して直接言わないのは、異世界転移しても消せない小心な本性が現れているからであろう。
「それではそろそろ上野君にも、戦闘経験を積ませて上げましょうか」
「えっ!?う、うん。分かった。じゃあ次のゴブリンは僕が倒すね」
「ええ。僕が後ろで控えているのですから、存分にその力を示しなさい」
こうして急遽と言うべきか、ようやくと言うべきか迷うタイミングで、信二のターンがやってきた。
斥候騎士に続いて歩く賢治は信二に託すかの様に、気持ち後ろに下がって見守る体勢に移る。それを視界に捉えながら、目の前に迫った実戦を前に、信二は剣の柄に触れたり盾をほんの少し揺らしたりと、落ち着きを無くしたかの様な振る舞いをみせる。
「来ますよ」
「っ!何体ですかっ?」
「一体」
(何だよその言い方!僕はお前達にケンカなんか売ってないだろ!そんな態度しか取れないから、賢治君にバカにされるんだよバカっ!)
実戦を前に極度の緊張から荒ぶる信二は、端的すぎる報告を為す斥候騎士に対して大いに吼える。勿論心の中だけで。
「グギャギャギャッ!」
「や、やるぞっ!【奪命剣】!」
信二の持つ片手剣に黒い闇が纏わり付く。
盾を構えゴブリンとの距離を計りながら徐々に間合いを潰していく。
そんな信二を嘲笑うかの様にゴブリンは駆け出す。其処には一切の躊躇が無く、ともすれば考えなしの隙だらけでしか無いのだが。
(は、速いっ!?う、嘘でしょ。ゴブリンってこんなに足が速いの!?)
初戦闘を前に、冷静さを失いかけている信二を気後れさせるには十分なようだ。
「グギャギャギャッ!」
完全に腰が引けている信二の眼前でゴブリンは跳び上がる。ダンジョンの僅かな光源を反射して煌めく刃が信二を襲う。
「う、うわああああっ!」
しかし此処で訓練の成果が発揮される。
殆ど目を瞑った状態の信二は、しかし咄嗟に己とゴブリンの間に盾を滑り込ませ、見事初撃を凌いでみせた。そして流れが変わる。
(あ、あれっ?今僕ゴブリンの攻撃を防いだよね?……えっ!?軽っ!殆ど衝撃ゼロじゃん!何だよ、ビビって損したよ!ホントにザコじゃないか!)
左手から伝わる、ん?今押した?と聞き返したくなる程度の衝撃に、信二はゴブリンとの間にある彼我の差を感じ取り、一転攻勢に出る。
「ウオオオオオ!」
僅か五日されど五日、と言わんばかりの信二の猛攻に、ゴブリンはその体に傷を増やしていく。
そして信二は一つ気付きを得る。
(クソッ!コイツしぶといな。騎士達ですら僕の奪命剣には顔を歪めざるを得ないのに。……あっ!もしかして僕の奪命剣って、腰布しか付けてないゴブリンには意味が無いんじゃ)
そう。信二の奪命剣は飽くまでも防具を無意味にするだけで、ほぼ裸のゴブリンにはただの剣による斬撃と相違ないのである。
しかしながら落ち着きを取り戻した信二の立ち回りは安全第一であり、ゴブリンの攻撃は的確に盾で防ぎ、振るう剣閃は着実にその命に届き始めていた。
そうしてようやくゴブリンにトドメを刺した信二は、目の前で仰向けに倒れていくその姿に、達成感以上の物を感じていた。
幾度も信二の剣に斬り裂かれ、その全身を青く染め上げながらも、所々見える濃厚なピンク色の傷口の先に佇む白。鼻の粘膜に粘り着く様な死臭。其処から思い出される生物を斬り裂く感覚。その音。荒く息を吐く為大きく開かれた口から感じる血肉の味。
戦闘も終わり、ようやく一息吐いた信二に襲い掛かる現実は、その五感に過剰なまでの情報を叩き込んだ。
「うぅぅぉおおえぇぇっ」
その結果。信二は嘔吐しながら気を失い、ダンジョン探索初日を強制終了させた。
ゲロまみれで倒れる信二に驚き、その原因も分からず慌てふためく騎士達を尻目に、倒れた理由に心当たりのある賢治は、探索の終わりを察して一人呟く。
「はぁ、全く何て情けない。この程度で気を失うなんて信じられませんね。人を殺したと言うのならまだしも、ゴブリン相手にこの様とは、本当にくだらない」
結局賢治が察した通り、その場で探索の中止が決定され、失神したままの信二は騎士に担がれて馬車に乗せられると、そのまま一路王城を目指して帰還した。
そしてその日は解散となり、暇を持て余した賢治が自室でヤる事など一つしか無かった。
是非ともまた、お越しください。




