第七十一話
読んで頂きありがとうございます。
「「………………」」
斗真とルナは、お互いに伝わらない思いを抱いたまま静かに見つめ合っていた。
(は?何この時間?何でこの子動かないの?査定は終わったんじゃ無いの?……え、俺?俺から何か言わないとイケない流れなの?)
「えっと、査定が終わったなら支払いに移って欲しいんだけど」
斗真は何とか自身が言うべき言葉を絞り出すと、未だ瞬き一つせずに斗真を見つめるルナに要望を告げた。
「………………」
(いや怖ッ!何で瞬きすらしなくなったの?え?マジで何なの?全然わっかんねぇんだけど)
斗真は打開策を見つけられないまま、ただ時だけが過ぎていく中にあって。
「はぁ。どうやらチートーマさんの決意は固い様ですね。仕方有りません。何事も経験次第と言いますし。分かりました。それでは査定の結果からお伝えしましょう」
結局ルナは自身の勘違いに気付かないまま、斗真の説得を一旦諦めて一般業務に戻る様であった。
「えっと、まずは内訳ですが『ゴブリンの角』が312個、『コボルトの爪』が223個、『スケルトンの骨』が36個となります。おめでとうございますっ、チートーマさん。スケルトンの素材を確認しましたのでランクアップとなりますっ。此方の認定札をお渡ししておきますので、お帰りの際に受付で新たな組合章との交換をお願いします」
「おぉ、ランクアップ!確かブロンズだったっけ。あぁどうも、ありがとうございます」
斗真は、ルナのランクアップと言う言葉と共に手渡された木札を感謝を述べながら受け取ると、手の中で何度もひっくり返しては、その両面を目に焼き付けていた。
「そして査定額ですけど、『ゴブリンの角』と『コボルトの爪』は、2個で銅貨1枚なので、全部で銅貨267枚となります。端数は切り捨てとなるのでご了承下さい。そして『スケルトンの骨』は、1個で銅貨1枚なので、全部で銅貨36枚となります。合計で銅貨303枚のお支払となりますが、宜しいでしょうか?」
「え~と、はい。じゃあそれで」
「お支払は銀貨でお渡しする事も出来ますけど、どうしますか?」
「あぁ、じゃあそれで」
「はぁい。では少々お待ち下さぁい」
ルナは斗真から売却の了承を得ると、部屋の奥へと続く扉を開けてその中に入った後、五分程で御盆に硬貨を載せて戻ってきた。
「では此方が、チートーマさんのお売りなった素材の売却金で、銀貨30枚と銅貨3枚になります。ご確認下さい」
「はい。全額揃ってます」
「では、お受け取り下さい」
ルナは斗真の確認が済むと、お盆をテーブルに乗せて少し離れた位置に移動した。
斗真は全額をお財布に入れながら、少し気になった事をルナに尋ねた。
「因みに何ですけど、魔石の買い取り価格って幾ら何ですか?」
「魔石ですか?そうですねぇ。ゴブリンやコボルトの魔石ですと、1個で銅貨一枚ですね。スケルトンの魔石ですと、3個で銅貨四枚となりますね。1個だけお売りになる場合は銅貨一枚となりますね」
「えっ?スケルトンの魔石は1個だけで売ると安くなっちゃうんですか?」
「そうなんですよぉ。元々3個で銅貨四枚と言うのが、組合からのブロンズランク以上の組合員へのサービスみたいな物ですからぁ」
ルナの話によると、組合員はランクを上げる事によって組合からドロップアイテムの査定の際などに、価格に色を付けて貰えたりといった様々な恩恵が与えられると言う事であった。
「成る程、分かりました。色々と教えて頂きありがとうございます」
「いえいえ、此方こそ。丁寧な対応をして貰いありがとうございましたっ」
「では、俺はこれで失礼します」
「はっ、はい!またのお越しをお待ちしておりますっ!」
斗真はお互いに感謝を伝え合うと買い取り部屋を後にした。
(ふぅぅぅぅ。いや、安くねぇ!?マジか!500体以上の素材を売って、銀貨30枚程度にしかならないのかよ!)
斗真は買い取り部屋を出た所で、想像以上の手取りの少なさに思わず頭を抱えて蹲りそうになっていた。
(やべぇな。今のところ完全に赤字だもんな。魔石があれば全然違ったんだけど、魔石は一切売れないし。マジでやべぇな。稼げないとは聞いてたけど此処までとは……。これはさっさと下の階層に向かうべきだな。場合によっては、ゴブリンやコボルトの素材は放置して、下の階層のモンスター素材のみを集めるべきだろうな)
斗真は、今後のダンジョン探索における見通しを立てながら、受付の前まで歩いていくと。
「おやぁ?その表情は、思ったような収入にはならなかったみたいですねっ」
斗真の表情というよりは、全身から放たれる辛気臭い雰囲気を敏感に感じ取ったサニアは、時間が経った事で先程の気まずげな態度は形を潜めており、それどころか自らの醜態を無かった事にでもする為なのか、万全の体勢で斗真を煽ろうとしていた。
(コイツ、また深々と頭を下げてやろうか。……いや、今は効果が薄そうか)
煽り体勢に入ったサニアに対する必殺技を温存する事に決めた斗真は、ルナに渡された木札を中々にウザい表情を浮かべるサニアに手渡した。
「コレを受付に渡せと言われたんだが、ランクアップの手続きを頼む」
「アラッ?本物ね。分かったわっ!私自らアナタのランクアップの手続きをして上げちゃおうじゃないっ!」
(当たり前だろ。他に誰がいるんだよ)
満面の笑みを浮かべながら、恩着せがましく通常業務を行おうとしているサニアに対して、斗真は全く感謝の念を抱かないまま、無表情でやり過ごした。
「それじゃあ組合章を交換するから、今の組合章をさっさと渡しなさいっ。無くしたのなら銀貨10枚だからねっ!」
「はいどうぞ」
大袈裟な身振り手振りで手を差し出してくるサニアに、斗真が組合章を渡すと。
「フッ、ちゃんと持ってるなんてやるじゃないっ!それじゃあ新しい組合章を持ってきてあげるから、其処で一生待ってなさいっ!」
(アレって多分、後で頭を抱えるタイプのイタさだよなぁ)
何やら引き返せない所までテンションを上げてしまっているサニアの、遠ざかっていく後ろ姿を見つめながら、斗真は心の中で独白した。
「まっ、待たせたわねっ!コレがブロンズランクの組合章よっ!有り難く受け取りなさいっ!」
「おぉ、コレが。……これは中々」
斗真はサニアから新しい組合章を受け取ると、見た目は何一つ変わらないままに鈍い黄土色となったそれを、手の中で転がしながら満足そうに微笑んだ。
「そちらも紛失した場合は、銀貨10枚頂きますからねっ!無くさない様に気を付けて下さいねっ!」
「あぁ、気を付けるよ。それじゃあブロンズランクで買える階層の地図を全部売ってくれ」
組合章を仕舞った斗真は、ダンジョン組合で行うべき最後の用事を済ませに掛かる。
「わっ、分かったわ!ブロンズランクで買えるのは、6階層から9階層までの地図よっ!一枚銅貨5枚よっ!銀貨2枚でも銅貨20枚でも良いから、ちゃっちゃと出して貰おうじゃないっ!」
「じゃあ銀貨2枚で」
「はい確かにぃ~。それじゃあ地図を持ってきて上げちゃうんだからねっ!」
(6階層の地図は裏に置いてるのか。それにしても後悔先に立たずか。……深いな)
完全に着地点を見失っているサニアの様子を見つめる斗真は、先人の格言の持つ、時代の流れに耐え抜くだけの深みを感じずには居られなかった。
「はぁはぁ、コレが9階層までの地図よ。ふぅ、有り難く、有り難く受け取りなさいよねっ」
「あぁ、じゃあ有り難く。そう言えば10階層の地図は手に入らないのか?」
「ええ、10階層は階層主の部屋だから地図は必要無いの。だから次はその階層主を倒して、そのドロップアイテムを手に入れたら、次のランクに上がれるわよ」
「階層主か。成る程な」
斗真は、まだ見ぬ階層主と呼ばれる強力なモンスターの姿を想像すると、己の内側から闘争心が湧き上がってくるのを感じていた。
「それでっ?他に用事は無いのかしらっ?」
サニアは息を整え気を取り直した後、真っ赤な顔のまま斗真に問い掛けた。
「あぁ、色々ありがとう。助かったよ」
斗真は買い取った地図をリュックに直すと、挨拶もそこそこに組合を後にした。
「こんな筈でわぁぁぁぁああああ!」
ダンジョン組合の扉越しに聞こえるサニアの後悔の咆哮を背に、斗真は次なる用事を済ませるべく歩き出した。
「……ねぇチートーマ。ダンジョン組合で何があったの?」
サニアの咆哮はクレナの耳にも届いていた様で、何度もダンジョン組合を振り返っては、斗真に質問していた。
「うん?まぁ、何だろうな。引き際の見極めの難しさとか、着地点の確保の重要さを学べたってところかな。知らんけど」
「ふ~ん。あたしにはよく分からないけど、チートーマが何か学べたなら良かったよ。それで今は何処に向かってるの?」
「何処って……そうだな。クレナは東地区でオススメの武器屋を知ってるか?」
「えっ?勿論知ってるけど、確かあたしと初めて出会った場所に行くんじゃないの?」
「あぁ。屋敷に戻る前に武器の値段を見ておきたくてな」
「ふ~ん。そうなんだ。じゃあ今から向かえばいいの?」
「あぁ。宛があるなら頼む」
「分かったっ!でも元々東地区には武具屋は一軒しかないから、選びようが無いんだけどね。じゃあ案内するから着いて来てっ!」
「一軒しかないのかよ。……まぁ値段を見るだけだから別に良いか」
斗真は、ダンジョン組合での予想を大きく下回ったモンスター素材の売却額を受けて、自身がこれから最もお金を掛けるだろうと考えていた、装備品の値段を先に見ておきたくなったのだ。
「そうだ。サニアさんが言ってたけどな……」
斗真は武具屋までの道中に、サニアから忠告された話をクレナに聞かせながら歩いた。
「えっ?……そうなんだ。うん。これからは気を付けるよ」
クレナは、自身の行動の裏で起こり得る様々な可能性を聞き、顔を青ざめさせながらも理解を示し頷いた。
二人が話しながら歩いている内に、目的地である武具屋へと辿り着く。
「此処が東地区唯一の武具屋さんだよっ!」
「小さいな……」
斗真の目の前には、以前入店した服屋と同程度の建物が石造りとなって現れた。
「それじゃあ俺は行くから。はい、銅貨一枚な」
斗真は一声掛けた後、武具屋までの案内料をクレナに渡そうとするも。
「い、要らないよ」
クレナは、斗真からお金を受け取ろうとはしなかった。
「ん?どうしたんだクレナ?何を遠慮してるんだ?」
「ち、違うよっ。遠慮とかじゃなくて。その、コレまでに宿とか服とか払って貰ってるから。その、だから、今回は案内料は要らないのっ!」
クレナは意を決した様に、斗真に自身の気持ちを伝えた。
「ん~、分かった。まぁ気が変わったらいつでも言ってくれ。それこそ遠慮は要らないからな」
「う、うん。分かった」
斗真は何となくクレナの頭を撫でると、武具屋に向かって歩き出した。
クレナは斗真の突然の行動に驚き、顔を真っ赤にしながら無意識に撫でられた頭に両手を乗せると、その感触を逃すまいとしながら斗真の背を見送った。
一人歩き出した斗真は、予想を下回る武具屋の外観に、内装に対する期待のハードルを出来るだけ下げた上で、店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい。おんやぁ?新顔とは珍しいねぇ」
「どうも初めまして」
斗真を出迎えたのは、恰幅が良くその佇まいからは矍鑠とした印象を受けるお婆さんであった。
斗真は、お婆さんに軽く挨拶を返すと、直ぐ様店内にある様々な武器に視線を送る。
武具屋の店内には、木製の傘立てのような物が所狭しと設置されていて、その一つ一つに抜き身の武器が無造作に立て掛けてあり、壁には所狭しと革製の防具が部位ごとに吊るされていた。
(山ほどの刃物が無造作に置いてあるなんて、すげぇな武具屋って)
斗真が武具屋に対する偏見を順調に育てながらも、細身の剣を見つけてはその手にとって品定めしていると。
「どうだい坊や。お眼鏡に適う物は見つかったかね?」
何時の間にか斗真の側まで近付いていたお婆さんが、斗真の全身に視線を向けながら話しかけてきた。
「ええっと、因みにこの剣は幾らぐらいするんですか?」
冷やかしに来ただけの斗真は、お婆さんの質問には答えずに、武具屋に来た一番の目的を果たそうと、質問に質問で返した。
「ん?あぁ、そう言えば新顔だったね。その辺に置いてある武器は全部金貨一枚だよ」
(金貨一枚かぁ。……安いのか?そうでもないのか?う~ん。……って言うかその辺?)
斗真は手に持った剣を見つめながら、お婆さんの発したその辺が、どの辺の事なのかを知る為に更に質問を重ねる。
「えっと、じゃあ金貨一枚じゃない武器ってどれなんですか?」
「それなら彼処に置いてあるよ」
お婆さんが指し示した一角には、確かに他の武器とは少し離すように、しかし他の武器と同様に陳列された抜き身の刀剣類が置かれていた。
「あれは、お幾らぐらいするんですか?」
「彼処にあるのは全部金貨五枚だよ」
「金貨五枚かぁ」
斗真は、金貨五枚と言われた武器の中にあった曲剣を手に取ってみるも。
(う~ん。正直持っただけだとよく分からないな。良くもなく悪くもなく?そんな感じなんだよなぁ。やっぱ実際にモンスターを斬らないと判断出来ないよなぁ)
斗真は、見ただけで剣の真価を見定める事は出来ないと判断すると、自身が持つ唯一の価値基準と比較する事にした。
「あのう、因みに何ですけど、この剣に値段を付けるとしたら幾らぐらいになるんですかね?」
「ん?何だい、買いにじゃなくて売りに来たのかい」
「あっ、いえ。飽くまでも参考にしたいだけで、売るつもりはないですよ」
斗真は、腰に差した真剣を剣帯から取り外すと、鞘ごとお婆さんに手渡した。
「何だいそりゃあ?まぁヒマだし付き合ってあげるよ。ってアンタ!この剣ちゃんと手入れしてないだろう!全く!礼儀正しい子だと思ったら、とんだ不精者だったよっ!」
お婆さんは剣を鞘から引き抜いた瞬間、刀身の状態を素早く確認すると、直ぐ様斗真の不手際を見抜いた。
「えっと、一応モンスターの血なんかは水で洗い流した後に、直ぐ乾かしてはいたんですけど。駄目でしたか」
「駄目に決まってんじゃないかっ、この横着者が!全く。手入れについては、後で教えてあげるからちょっと待ってな。全く、これだから最近の若い者は」
「……すいません」
矍鑠としたお婆さんの剣幕にたじたじとなっていた斗真は、しかし身から出た錆であるという自覚もあったので、何とか謝罪の言葉を絞り出した。
「全く、さっさと済まそうかね。【鑑定】」
「ングゥッ!……え?え?」
お婆さんは斗真への説教も程々に、鞘から引き抜いた剣その物に鑑定を掛けた。
(えっ?鑑定ってそんな物にも効果があるの?マジで?人やドロップアイテム以外にも有効なのか。……俺も後で見てみようかな)
斗真の剣に鑑定を掛けたお婆さんは、暫く険しい表情で剣を見つめた後、斗真の質問に答えた。
「ふむ。まぁこの剣が万全の状態と仮定して、大体金貨10枚くらいかねぇ。まぁ、高く見積もっても15枚までいく事はないだろうね」
(えっ?最低でもこの店にある武器の倍の価値もあるのか。じゃあ別に新しい剣を買わなくても良くね?)
斗真は、お婆さんの査定を聞いた瞬間、武具屋にある武器に全く魅力を感じなくなってしまった。
是非ともまた、お越しください。




