第七話
追放されるまで長く掛かりそうです。
先程までのスムーズなステータス発表会から一転、辺りを包むのは残った3人の男子生徒達による視線を交えた牽制運動会であった。
その結果、良くも悪くも周囲を覆い始めていた熱気は冷めていき、僅かな緊張感へと変わって辺りに漂い始めていた。
3人の男子生徒達による無言の牽制が続く中、残されたクラスメイト達も異世界人達も気まずい空気に耐えかねてなのか、自然とその視線がアレキサンダー王に注がれた。
「うむ。そなた達さえよければ、儂の方から指定させてもらおうかの」
「「「…………」」」
『それが嫌やらさっさと誰かが答えろや』という内心をおくびにも出す事無く、アレキサンダー王は残る3人の男子生徒達に話しかけた。
その言葉を受けてもしばらくの間は、変わらず視線を交わし合っていた3人の男子生徒達であったのだが、ついに根負けしたように1人の男子生徒が喋り出した。
「チッ!まだ焦らすつもりかよ。どんだけ自信があんだよ、くだらねぇ。仕方ねぇから俺から話すわ」
まるで『自分だけは違う』と言わんばかりの物言いで、牽制運動会から一抜けした男子生徒は吐き捨てるかのようにして答えた。
その男子生徒は救世主の中で最も背が高く、180センチ弱の長身で、金髪の頭をツンツンに逆立てており、イカツめな顔立ちからか更に大きな印象を周囲に与えていた。
「ったくダリィなマジで。 ステータス、名前:大村・大地、種族:人間、性別:男、レベル:0、ジョブ:拳鬼、ジョブスキル:破城拳、パッシブスキル:異世界言語 オーガーソウル、アクティブスキル:生活魔法 オーガーローア だっ!わかったかオラァ!」
今までの救世主達と余りに違うその態度に、アレキサンダー王を含めた異世界人達は、面食らうように黙り込んだ。
その沈黙をどう捉えたのか、大村大地は人を小馬鹿にしたような表情を浮かべると異世界人のみならず、クラスメイト達にまで同様の視線を向けるとこう言い放った。
「判ってねぇようだから教えてやるよ。拳鬼ってのはな、拳に鬼と書いて拳鬼だっ!ケンカ負けなしの俺にふさわしい漢の中の漢のジョブよっ!」
『確かにジョブにも引っかかってはいたけど、そうじゃない!』と言えればどれだけ良かったか。
異世界人達と救世主達の心が、図らずも一部の者達を除いて一致した瞬間であった。
幸いにして、気を取り直したアレキサンダー王がその場を引き取り、なんとか場の空気を持ち直す事に成功していた。
「うぅむ。確かに漢らしい勇ましき名を持つジョブであるな。そなたのような漢にこそ相応しい猛きジョブなのであろうなぁ、うむ。では次の者よ頼む」
些か早口気味に次を促したアレキサンダー王は、残る2人の男子生徒に目を向けた。
まだ何か言い足りなさそうな大村大地の様子には、一部を除いたその場の全員が気が付いていたが、幸いにも彼に話を振るものは居なかった。
「ハァ全く、いつまでも黙り込む訳にはいきませんからね。ラストは随分と自信が御有りの様子の君に任せるとしますよ」
嫌み混じりに喋り出したのは、身長170センチ弱で黒髪の眼鏡をかけた少年だった。
どことなく神経質そうな顔立ちの彼は、眼鏡のブリッジを左手の中指で一度上げ直してから喋り出した。
「ステータス、名前:川上・賢治、種族:人間、性別:男、レベル:0、ジョブ:賢者、ジョブスキル:破壊魔法 マジックブースト、パッシブスキル:異世界言語 魔力量極大、アクティブスキル:生活魔法 火魔法 水魔法 風魔法 土魔法 。まぁこれが僕のステータスですよ。如何ですか?」
川上賢治は、胸を張り顎を上向かせた状態で周囲に視線を送りながら問いかけた。
「ここにきて更に賢者とな……うぅむ。流石は救世主殿だ。破壊魔法など聞いたことがないぞ」
アレキサンダー王の言葉に同意するかのように、周囲の異世界人達は、にわかに騒がしくなった。
特に魔導師たちの騒めきは顕著で、困惑をその身に纏いながらも頻りに周囲の者達と声を交わしあっていた。
その様子からアレキサンダー王は、ジョブの情報の有無を問う必要性を感じられず、結局問わぬまま先を促すことにした。
「うむ。では最後は残ったそなたに聞かせてもらおうか」
そうして最後に残った少年は、身長175センチ弱で髪を茶色に染めた爽やかで優しげな表情を浮かべた、端的に言ってイケメンと呼ぶべき少年であった。
彼は、その表情に僅かな苦笑を浮かべると、戸惑いを声に滲ませながら喋り出した。
「え~と、自分でこんなこと言うのもアレなんだけど……まぁ仕方ないか。それでは聞いてください。コレが僕のステータスです。名前:大空・勇人、種族:人間、性別:男、レベル:0、ジョブ:勇者、ジョブスキル:神装召喚 ブレイブハート、パッシブスキル:異世界言語 装備重量無効、アクティブスキル:生活魔法 光魔法です」
恥ずかしげな表情で語られた大空勇人のステータスは、コレまで以上の衝撃を持って異世界人達に伝わった。
騒めきはこれまでで一番大きく、騎士も魔導師も関係なく頻繁に言葉を交わし合っていた。
そんな中にあって、アレキサンダー王だけは、表情に納得を浮かべながら頻りに頷いていた。
「うむ、うむ。これまでの話で予想はしておったのだが、まさか本当に勇者が現れるとは。神はこれほどまでの者達を我らの危機に遣わしてくださったのか」
アレキサンダー王は、有り余る感激をその言葉に乗せて呟いた。
その言葉を聞いた異世界の者達は、皆既に100日後に起こる【ハルマゲドン】を乗り切ったかのような顔つきで歓声を上げた。
頻りに神への祈りを捧げる者達が現れる中、救世主達はその空気に馴染む事が出来ずに、完全に取り残されていた。
そんななか斗真は、未だに御剣乙女のステータスを飲み込めないでいた。
(剣……聖?御剣乙女が剣聖で、俺はゴーレムマスター?ハハッなんで?何で俺が剣聖じゃないの?いやっいいよ別に御剣乙女が剣聖でもさぁ……ただそれならせめて俺にも剣士的なジョブくれたっていいだろうがっ!何だよゴーレムマスターって!何で俺のジョブだけカタカナなんだよっ!こんなのおかしいだろっ!俺の今までの鍛練は何だったんだよっ!こんな訳の分からねぇ世界で、訳の分からねぇジョブになるためにやってきたんじゃねぇんだよっ!剣士よこせよっ!何だよゴーレムマスターって!何すりゃいいんだよゴーレムマスターって!どうやって戦うんだよゴーレムマスターって!俺の人生の何がこんな訳の分らねぇジョブを引き寄せたんだよっ!ふざけんじゃねぇぞマジでっ!ハァーッ!ほんっとハァーッ!)
救世主達と異世界人達の間を神への感謝と祈りとボッチの心の中の発狂が包む中、ようやく我に返ったアレキサンダー王が、僅かに気まずげな表情を浮かべながら話し始めた。
「おぉ、すまぬ。すまぬな。少しばかり物思いに耽ってしまったわい」
「いえ、どうかお気になさらずに。私達も自分自身のステータスについて考える時間がほしかったので丁度良かったのです」
軽い謝罪を述べたアレキサンダー王に、天宮聖子が直ぐ様対応した。
聖子の明らかに気遣いと分かる言葉を、アレキサンダー王は理解していながらも、この場ではその言葉に乗り話を進める事にした。
「そうか。で在れば良かった。では一通り皆のステータスについて話して貰った事であるし、スキルについての説明をしようかの」
ようやく斗真の知りたかった事について話を聞けるようになり、斗真は直ぐ様意識を心の中から外へと向けた。
(ようやくスキルの話かよ。テキパキ話せよ絵本ヒゲ!また後回しにしようもんなら、マジでてめぇをゴーレムマスターしてやるからなっ!)
ゴーレムマスターが名詞か動詞かも分からなくなってしまっていた斗真は、内心の苛立ちを顔に出さないように気をつけながら、アレキサンダー王の話に耳を傾けた。
「うむ。では最初に伝えておくが、ジョブスキルというものは我らの中には存在しない故、それを使いこなすにはそなたら自身が努力をするより他にないということじゃ。おそらくは、神により与えられたそなた達専用の特別なスキルなのじゃろう。無論、助言程度ならば可能であるとは思うが、何分儂達にとっても未知のスキルである故、どこまで効果的な助言になるかは分からんと言うより他あるまい」
アレキサンダー王の余りの爆弾発言に一人を除いた救世主達は、しかしそれ程動揺を見せることなく只頷くのみであった。
(はぁ?何で今のをスルー出来んの?めっちゃ無責任じゃん!結局はお手上げって言っただけじゃん!散々コッチの話を聞いておいてさぁ!何にも分かりませんなんてさぁ!……ハァーッもうハァーッ!)
「うむ。では次にパッシブスキルとアクティブスキルの事じゃな」
アレキサンダー王は救世主達の反応を見て、僅かに表情に安堵を滲ませると続きを話した。
「パッシブスキルとは、そのスキルを所持した段階から効果を及ぼすスキルの事じゃ。発動条件などは特に無かった筈じゃ。儂達とそなた達が何の違和感もなく会話が出来ておるのも、そなた達の持つ異世界言語のパッシブスキルが効果を齎しているからであろう」
(っ!確かに。何で今まで気が付かなかったんだろ?そういや絵本ヒゲは何語を喋ってんだろ?っていうか今の説明だと俺は今も誰かと【感覚共有】してるって事か?全然そんな感じはしないんだけど)
アレキサンダー王の説明を聞いた斗真は、今更ながら異世界人と普通に会話していた事実に気が付き、内心だけで驚いていた。
しかし同時に、今の説明と自身の状況が微妙に異なっているようにも感じていた。
斗真が一人内心で唸っている間にも、アレキサンダー王は説明を続けた。
「次にアクティブスキルの方じゃが、これは、所持しているだけでは、何の効果も現さん。故に、そのスキルに適した言葉を発して使用する事で初めてそのスキルが効果を現すのじゃ」
(なるほどなぁ。当然そのスキルに適した言葉とやらは教えて貰えるんでしょうなぁ!)
この説明には、斗真も含めた救世主達の全員がその顔に納得の色を浮かべていた。
「そうじゃな……うむ。そなた確か斗真と申したな。今から儂を見ながら【鑑定】と唱えてみるのじゃ」
「へっ陛下っ!一体何を申されますかっ!」
斗真がアレキサンダー王からの突然の指名に面食らっていると、アレキサンダー王の傍にいた近衛騎士団長から待ったの声が掛かった。
「斗真構わぬ。そなた自身の力の確認にもなる事じゃ。遠慮はいらぬ」
「へっ陛下っ!?」
(良い覚悟じゃねぇか絵本ヒゲ。お望み通りやってやるよ。くらえぇっ!)
「【鑑定】」
その言葉を呟いた瞬間斗真の頭の中に、アレキサンダー王のステータスが流れ込んできた。
(うわっ急に頭の中に!……気持ち悪ッ)
慣れない感覚に少しばかりの呻きを漏らした斗真であったが、直ぐ様自身のスキルが発動したことを理解して喜んだ。
(うおぉぉぉぉっ発動したぞっ!発動したぞ俺の鑑定がっ!これがスキルの力か!これで魔王とやり合えるのか!)
斗真が【鑑定】で魔王と何をやり合う積もりなのかは定かではなかったが、ようやく斗真は異世界に召喚され、神により特別な力を与えられたという事を真実理解した。
「どうじゃ斗真よ。【鑑定】を使ってみて何か分かったかの?」
アレキサンダー王にそう問われた斗真は、一度心を落ち着けると、今一度アレキサンダー王のステータスを思い浮かべた。
(うん?なんだコレ?コレってスキルは発動したんだよな?してないって事はないよな?体から何かが抜けていくような感覚が合ったけどあれが原因か?……分からねぇな。一人で考えても答えは出なさそうだし見たまんまを言えばいいか)
「あぁ~、分かったというか何というか。とりあえずスキルは発動しました」
「ふむ、そうか。であれば今、斗真が見た儂のステータスを述べてみよ」
「陛下っ!幾ら何でもお戯れが過ぎますっ!」
アレキサンダー王の言葉に、その場は一気に騒めき出した。
特に近衛騎士団長などの狼狽え振りは凄まじく、流石の斗真もこのまま言っても良いのか判断に迷った。
「斗真構わぬ。見たままを申せ。そなた以外の救世主殿達にもスキルの発動を確認して貰う為じゃ。遠慮はいらぬ」
アレキサンダー王の言葉に背中を押された斗真は、躊躇いがちに見たままの内容を周囲に伝えた。
「ステータス、名前:アレキサンダー・フォン・アレスヒーロ、種族:人間、性別:男、
レベル:???、ジョブ:???、パッシブスキル:???、アクティブスキル:???。
これが俺に見えた王様のステータスです」
「はぁ?」
「えっ?ちょっと待って?どう言うこと?」
「殆ど何も分かってねぇじゃねぇか!使えねぇな、くそかよっ」
斗真のほぼ何も分かりませんでした、と言うような報告を聞いて、何人かの救世主達が騒ぎ出したが、他の幾人かの救世主は、まるで斗真の報告を予想していたかのように静かに頷くだけであった。
(あん?何を騒いでんだこいつら?今初めて使ったんだからこんなもんだろ)
そんな中斗真は、特に騒ぎを気にした様子もなく、一歩引いた位置からただ騒ぎが治まるのを眺めていた。
読んで頂きありがとうございます。