第五話
取り敢えず書けました。プロローグの続きになります。
「質問しても宜しいでしょうか?」
推定オッサンから衝撃的な言葉を聞かされた斗真達は、未だ戸惑いの中にありながらも、それぞれが懸命にこれからの身の振り方について考えを巡らせていた時、一人の女生徒が推定オッサンに話しかけた。
「うむ。そなた達にとっても突然の事の様だ。聞きたいこともあるのであろう。遠慮せず何なりと聞くがよい。儂に答えられるものであれば何なりと答えよう」
そう言って鷹揚に頷いてみせた推定オッサンが一歩後ろに下がると、そこには、鈍い金色でできた大きな椅子があった。
堂々たる振る舞いでその椅子に座った推定オッサンからは、得も言われぬ覇気のようなものが漂っていた。
(なんか、王様っぽいな。ヒゲの感じとか。ガキの頃に読んだ絵本のやつみたいだ)
おそらく生徒全員が初めから考えていたであろうことに、ようやく斗真は思い至った。
「ありがとうございます。では初めに自己紹介から。私の名前は、天宮聖子と申します。天宮が姓、聖子が名で御座います。お呼びの際は、聖子とお呼び下さいますようお願い申し上げます。それでは、いくつか質問させて頂きます」
(うわっ、よくあんなスラスラと言葉が出てくるなぁ。俺絶対無理だわ。このまま黙っていた方が良さそうだな)
殊更に丁寧さを滲ませて推定オッサンに質問したのは、天宮聖子という斗真のクラスでも、否、一年生全体で見ても、一二を争う程の有名な美少女で、その上学業においても優秀な成績を納めているという才媛であった。
基本的に他人に興味がない斗真が、顔と名前を一致させることができる数少ない生徒の一人だった。
そんな彼女がわざわざ目立つのを覚悟の上で、推定オッサンに質問した内容は次の通りであった。
一つ、召喚されたという自分達は、元の世界に帰れるのか。
二つ、元の世界での私たちは単なる学生でしかなく、戦闘経験の類は全くない上に、魔王と戦うための力や、救世主と呼ばれるような特別な力の類は一切持ち合わせていないのだが如何するのか。
三つ、この世界での私達の立場は、特別な力の有無に関わらずどの様なものになるのか。
四つ、最後に、このような場を設けてくださったあなたは、この世界においてどのような立場に在らせられるのか。
彼女は一息に質問をすると、最後に頭を下げてこう付け加えた。
「今のところは、これらの質問に答えていただければ幸いです」
斗真は、思わず拍手してしまいそうになるのを必死で堪えた。
彼女が質問した内容は、概ね斗真が聞きたいと思っていた事と一致していたからだ。
(まぁ四つ目の質問には、俺でも答えられるけどな。だって王様だろアレ。どっからどう見てもよう。絵本のまんまだもんな)
黙って事の成り行きを見守っていた他のクラスメイト達は、皆一様に顔に驚愕の色を浮かべて天宮聖子を見つめていた。
「ふむ。救世主殿の随分と丁寧な対応痛み入る。もちろん質問には答えさせて頂こう。ではまずは一つ目からか」
天宮聖子の丁寧な対応が効いたのか、最初と比べて幾分と穏やかな表情で推定オッサンは彼女の質問に答えていった。
一つ目の問いに対しては、曰く、魔王を倒して魔王核というアイテムを手に入れれば、問題なく元の世界に帰還できるということであった。
それを聞いた救世主達からは、元の世界に帰ることができると分かった事による安堵のような感覚と、そもそも魔王なんて倒せんのかよ、というどこか諦めのような感覚が入り混じった複雑な溜め息が漏れだしていた。
その様な救世主達の空気を察したであろう推定オッサンは、しかし穏やかな表情を崩すことなく二つ目の質問に答えた。
「二つ目質問じゃが、そなた達は自身を無力な学生と申しておったが、それは勘違いじゃ。いや、より正確には、この場に遣わされた時点でそうではなくなったと言うべきかのう」
(はぁ?どう言うこと?つか、ハッキリと分かるように言って貰えませんかねぇ。……ってあれっ?なんか納得してる奴いるっぽくね?……えっ!今の話で何か納得できる様な事ってあったか?もしかして俺だけが聞き逃しちゃったのか!?うっそだろオイッ!?)
斗真には、推定オッサンの発した言葉の意味が分からなかったが、クラスメイトの中には何かを確信した様子で、期待に胸を膨らませている者達がいた。
ただ、斗真を含めてまだ顔に不安を貼り付けたままの生徒も多く、それを見て取った推定オッサンは、更に詳しく話し始めた。
「救世主殿達はこの世界に召喚された際に、神から特別な力を与えられておるんじゃよ。今はまだ与えられたばかりでその力もそれ程強くはないじゃろうが、鍛える方法は既にこちらで用意しておるが故に、安心するとよいぞ。勿論そなた達がどの様な力を授かったかの確認方法は教えるのじゃが、まずは先の質問に答えてからの方が良いかのう」
(焦らすんじゃねぇよオッサン!その神に与えられたとかいう胡散臭い力次第で元の世界に帰れるかどうかが決まるんだぞ!一番大事なとこだろうが!確認方法から先に言えや!コラァ!)
「焦らしてんじゃねぇぞオッサン!ぶっ飛ばすぞ!」
「おい馬鹿止めろっ!失礼だろうがっ!言葉を慎め!」
「そっそうだよ。さすがに今のはまずいよ。謝った方がいいよ」
「なんだよっ!お前等だって早く知りたい癖に、良い子ぶってんじゃねぇよっ!」
「そういう問題じゃないだろ!待っていれば話して貰えるんだ!わざわざ事を荒立てるような真似をすべきじゃない事ぐらい分かるだろ!一々騒ぎ立てるな!」
にわかに騒がしくなった救世主達を、しかし異世界側の者達は、推定オッサンのみならず周囲の者達も含めて、特に咎めたりはしなかった。
ただ興味深そうに、あるいは注意深く救世主達の様子を見つめているだけであった。
その視線を感じとり我に返ったのか、騒いでいた生徒達は皆一様に黙り込み、辺りには気まずげな空気が流れていた。
その空気を払うように、またしても天宮聖子が声をあげた。
「発言を遮ってしまい誠に申し訳ございません。お許し頂けるのでしたら、先ほどの話の続きを聞かせて貰えませんか?」
「うむ。それぐらいお安いご用じゃよ救世主殿」
今にも平伏してしまいそうな雰囲気を醸し出しながら懇願する天宮聖子に、推定オッサンはどこか茶目っ気を感じさせる声音で返答をする事でその場の空気を和ませていた。
(うわぁ~。あの空気の中で謝罪とお願いの両方をこなす天宮さんも凄いけど、それに対してあの茶目っ気で答えるオッサンもオッサンだなぁ。住む世界が違うってこういう事なんだろうなぁ。俺は絶対黙っとこ)
斗真はこの場での無言を心の中で固く誓うと、推定オッサンの話に耳を傾けた。
「確か、そなた達のこの世界での立場であったな。それに関してはわしが全面的な支援を約束しよう。そうじゃなぁ具体的に言うと、魔王討伐における資金や人的支援は最大限行う上、必要な便宜もできるだけ図ろう。更にこの国においてそなた達に命令できるものはおらず、精々が頼みを聞いてもらうために、何らかの対価と引き替えにお願いをするぐらいであろう。勿論それを受けるかどうかはそなた達次第じゃ。故にその立場は、王族に匹敵するといってもよかろう。もちろんそなた達の中に戦う力が得られなかった者がいたとしても、他の者と同様の立場を約束しよう」
(おいおいマジかよっ!最悪魔王とやらとは戦わずに済むのか。問答無用の召喚かました割には中々人道的じゃないか。さっきの茶目っ気といい話せば分かるタイプのオッサンだったのかよ!見直したぜっ!)
それは、救世主達からしても、破格といってもいいほどの良い話であった。
これにより、又しても騒がしくなりそうな気配を帯び始めた救世主達より先んじて、推定オッサンは更なる言葉を放った。
「まぁこの様な事を氏素性の知れぬ儂が言った所で、そなた達も中々信じることは出来まい。故に、少々遅くなってしまったが儂も自己紹介をしようではないか」
そう言って徐に救世主達の顔を見回した推定オッサンは、今までで最も声に威厳を纏わせて名乗りを上げた。
「我こそはアレスヒーロ王国国王、アレキサンダー・フォン・アレスヒーロであるっ!」
(あぁやっぱりな。っていうかいくら俺達が救世主だからって、どこの馬の骨とも知れん連中を前に国王自ら出迎えるってヤバくね?しかもわざわさこんな運動場みたいなところに値段の高そうな椅子を持ち出してまで出てくるとかヤバくね?危機感足りなくね?)
威厳に満ちた名乗りを上げた推定オッサン、もといアレキサンダー王はしかし、少しばかり意気消沈してしまっていた。と言うのも、救世主達がもっと驚いたり、騒いだりするのを期待していたからであった。
しかし斗真達からすれば、最初から在る程度予想できていた事であったが故に、今更国王だと名乗られても『そうっすよね』としか思えなかったのである。
僅かばかりの気落ちを声に滲ませながらも、アレキサンダー王は話を続けた。
「うぅむ…まぁよい。後はそなた達の力の確認方法であったな。何これは簡単な事じゃよ。己の体を見つめながら【ステータス】と唱えてみよ」
「ステータス!」
「…ス、ステータス?」
「status」
(ステータス。……あっやべっ、緊張して声出なかった)
アレキサンダー王に促されるままに、ある者は真剣に、またある者は半信半疑のままに、更にある者は、ほぼ完璧な発音で【ステータス】と唱えた。
この時斗真も声に出して唱えようとしたのだが、うまく声が出せなかったため、心の中だけで唱えることになってしまった。
これは斗真がこれまでの話し合いの中で、万が一にも口下手な自分が声を挟み込んでしまい場を混乱させてしまったり、相手に不快な思いをさせたりして、不要な諍いの原因になったりしないように、自らに沈黙を固く誓わせてしまっていたからであった。
「うわっ!なんだこれっ?」
「えっ?なにこれ?これが私の力なの?」
「みえるっ!見えるぞっ!これが目覚めし我が真なる力かっ!」
(あっ、俺も見えるな。……なんだよっ!声に出さなくてもいいんじゃねぇか。焦らせやがって絵本ヒゲ王がっ!)
どうやら【ステータス】と唱えた者達には、それぞれの頭の中に自身の名前や、おそらく神から与えられた特別な力に関係するであろう情報などが見えるようになっていた。
(これって強いのか?魔王殺せそうなのか?ってか個人情報筒抜けだな。まぁ知られて困るような事は載ってねぇけど。そもそもコレって全員同じ様な感じで載ってんのか?俺だけこんなんとかじゃねぇよな?……だっ誰か見せてくんねぇかな。ってか見せ合いっことかしたいんだけど。そんなんできるほど親しい奴がココにはいねぇっ!つうか学校中探したってそんな奴居なかったわっ!ホントコレだからぼっちはよぉ!)
そんな発狂寸前の斗真の頭の中に浮かんでいたステータスは、このような形であった。
〔ステータス〕
名前:地井・斗真
種族:人間
性別:男
レベル:0
ジョブ:ゴーレムマスター
ジョブスキル:クリエイトゴーレム 合成
パッシブスキル:異世界言語 感覚共有
アクティブスキル:生活魔法 鑑定
(ゴーレムマスターってなにっ?ジョブスキルってどういうこと?ジョブって職業だよな?ゴーレムマスターってどんな仕事すんのっ?魔王ヤレそう仕事なのっ?ってかパッシブスキルとアクティブスキルって何が違うの?ねぇなんで神様はこんな分かり難い事すんの!?魔王殺せるかどうかだけステータスに載せてくれればいいんだよっ!それだけが知りたいんだよぉっ!)
心の中でだけは誰よりも雄弁なぼっちは、ステータスを見てもあまり理解できず然りとて、周りに聞くことも出来ずに信じてもいない神に悪態を吐いていた。
「どうやらそなた達全員、問題なくステータスを確認できたようじゃな。」
アレキサンダー王の呼びかけで我に返った斗真達は、一様に気まずげな表情を浮かべながら頷いた。
「うむ。ではそなた達の中から一人ずつ自身のジョブやスキルについて聞かせて貰えるかな?」
アレキサンダー王の問いかけに救世主達は、一瞬それぞれで視線を交わし合うも特に何かが伝わり合うことはなく、気まずげな沈黙だけがその場を支配した。
(あん?なんだこの空気?まあ誰も言わないなら俺からいくかぁ。聞きたいこともあるしな。よしっ……っちょっと待ってなんか声出ない!緊張しすぎて声が出ないっ!誰かっ!誰か俺の背中叩いてくんない?……誰かっ!俺の心の中覗いてくんないっ!?)
俯き加減で口をパクパクしているだけのぼっちは、割とマジで焦りながらこの場の誰かが、自身の心の中を覗くように願った。
そんな斗真の願いを叶えられる者は、救世主達の中には勿論の事、異世界側にさえ誰一人存在しなかった。
読んで頂きありがとうございます。