第三十五話 (御剣乙女)
読んで頂きありがとうごさいます。
私にとって地井斗真という存在は、決して愉快なものではなかった。
彼の名前を初めて聞いたのは、私が小学生の頃だった。
いつもの様に学校から帰り、居間の家族に声を掛けたところ、父も母もそして祖父も、皆一様に険しい表情を浮かべながらテレビを見ていたのだ。
「どうしたの?そんなに怖い顔をして?」
私が家族に問いかけると、皆が一斉に驚いた表情を浮かべていた。私が帰宅した事にも気付かない程、テレビに夢中になっていたのだろう。
当然私も気になってテレビに目を向けると、そこには『鍛練!?虐待!?武術の名を借りた暴力!』というテロップと共に、コメンテーター達が厳しい口調で誰かを責めている光景が映し出されていた。
「これ何?どう言う事なの?」
私はテレビに映る武術の文字に、背筋が凍る様な思いを抱きながら家族に問い掛けた。
すると、家族は私の勘違いに気付いたのか、しきりに大丈夫と言いながら、テレビの内容について話してくれた。
そして語られた内容は、まだ幼くとも武術の世界に身をおく私にとっても、非常に腹立たしい話であった。
「武術を虐待に利用するなんて許せないっ!」
テレビのコメンテーター以上に怒りを見せる私に、しかし家族は、『まだそうと決まった訳じゃない』と言い落ち着くようにと諭された。
それでも憤懣やるかたないといった私の様子に、祖父は苦笑を漏らすと、私を道場に誘い訓練を始める事にした。
「やぁっ!」
その日は、祖父に怒りの篭もった一刀を振るい、感情任せにするなっ!と怒られながら厳しくしごかれた。
それでも適度に感情を発散出来たおかげか、話を聞いた時に感じた怒りは、いつの間にか私の中から消え去っていた。
しかし、翌日から私の学校生活は一変した。
どうやら虐待騒動があった家というのが、私の通う小学校と学区こそ違うものの、距離としてはそれ程離れているわけでは無かったようで、次の日私が学校へ行くと、途端にクラスメイト達に囲まれ、件の虐待道場とは家の事なのかと聞いてきたのだ。
「そんなわけ無いだろうっ!ふざけた事を言うなっ!」
思わず激怒した私に、多くの生徒は怖がって離れたが幾人かの生徒は、それでもしつこく私に質問を浴びせてきた。
曰わく、『この辺で武術道場なんてお前ん家ぐらいだろう』とか、『お前の道場滅茶苦茶厳しいらしいじゃん』とか、『そもそも今時武術とか怪しい』等といった風評被害も甚だしいものであった。
いよいよ私がブチ切れる寸前に、幼なじみであり、私の家の道場に通う聖子が間に入り、場を収めてくれたのだ。
しかし、その場は収まったものの、その日から私を見るクラスメイトや学校の者達の視線は、好奇や懐疑といった様な大凡愉快とは言い難いものに変わっていった。
更に最悪な事に、幾つかのメディアの者達が私の家に取材に来るようになったのだ。
曰わく、『専門家の目から見て彼の家で行われている事は虐待か否か』であるとか、『鍛練と虐待の違いをどう見極めているのか』であるとか、『そもそもこの道場では虐待に類する行為は行われていないと言えるのか』等といった、私達家族に対する侮辱とも受け取れる様な質問すらあった。
更に日を増すごとに取材は熱を帯びていき、学校から帰ってきた私や聖子にまで、取材を仕掛けてくる者達が出始めたのだ。
当然家族は激怒し、家に来る取材陣を追い返し始めたものの、私の家に限らず、色んな道場で同様の取材が為されているのだと、家族は話していた。
幸いな事に、私達の家の取材がテレビや新聞などで、映像や画像という形で報道される事は無く、文面のみの専門家の知見という形であったのは、不幸中の幸いと言えた。
しかし、学校ではそうはいかなかった。家の周りに取材陣がいた事は学校中に知れ渡っていて、虐待道場疑惑が再燃する事になったのだ。
私を心配してくれるクラスメイトも居たが、多くはおもしろ半分といった様子で、くだらない噂を流したり、聞こえよがしにテレビでの内容を話したりと、鬱陶しい事この上なかった。
結局いつの間にかテレビで虐待道場の報道がなくなった後も、小学校を卒業するまでは、私にとって鬱陶しい日々が続く事になった。
しかし中学校に入学すると、僅かな例外を除いてこれまでの日々が、夢であったかの様な平穏な学生生活を送る事が出来たのは、私にとって今でも良い思い出である。
中学校を卒業し聖子と共に同じ高校に入学すると、クラス表の中に、あの日から頭の中にこびり付く様にして残っていた者と同じ名前が記されていた。
(まさかっ!いや、ただの同姓同名かも知れないか。聖子はどう思ってるんだろう?)
幼なじみの聖子は、その名前を見ても特に何も思わなかった様で、彼女にとっては中学時代の件もあり、この名前は既に過ぎ去った過去の出来事となっているようであった。
それから私は聖子と連れ立って教室に入ると、彼の生徒を視線のみで探してみた。
(あれか、想像していたより普通だな。少し目つきが悪いがそれだけか……やはり同姓同名なだけか)
私はその時の斗真の姿から只の同姓同名だと決めつけた。その方が私の精神衛生上好ましいと感じたからだ。
彼に直接何かをされたわけではないが、彼のせいで、より正確には彼の祖父のせいで、私の最後の小学生生活は最悪なものとなったし、何よりあの日々は、私の愛する家族と誇りに思う武術の両方を、一遍にそれも一方的に踏み躙られたも同然の出来事であったからだ。
私は彼を同姓同名の他人であると考えながらも、出来るだけ視界に入れないようにして過ごした。会話や挨拶など以ての外であった。
そうやって高校生活を過ごしていると、ある噂が流れ始めたのだ。
曰わく、『このクラスの地井斗真は、昔話題になった虐待道場の子供である』とか、『彼は幼い頃に両親を殺したが故に、祖父から疎まれ虐待を受けている』とか、『彼は家での鬱憤を晴らす様に、小中学校では暴れに暴れていた』といった内容の噂であった。
当然噂の真偽を確かめようとした生徒達は居たが、斗真は入学当初から、誰ともまともに口を利かず、纏う雰囲気もどこか異様であった上に、いつの間に登校していたのかと思えば、いつの間にか下校してしまっていた為、積極的に話しかける者は居らず、どこか居心地の悪い空気だけが流れ始めていた。
(噂なんてどうでも良い。関わらなければ良いだけなんだから)
私は噂の真偽等に興味はなく、引き続き斗真に関わらない事にだけ気をつけて高校生活を過ごしていた。
そんな幾つかの騒動が起こる日々の中で、私達九人は異世界に召喚されたのだ。
(なんだコレはっ!聖子はっ!?優美はっ!?二人は無事なのか!?)
私は突然の閃光と立ち眩みにも似たある種の浮遊感に包まれながら、傍にいた聖子や、直前に教室に戻ってきた優美の安否が気になった。
私達を襲っていたそれらの感覚が消え去った後、そこには見知らぬ人々が私達を取り囲んでいた。
(コイツらいつの間に!聖子と優美は!?うわぁ近っ!)
私は素早く周囲に視線を巡らせると、教室で隣にいた聖子が近くに居るのはともかく、教室の入り口付近にいた筈の優美迄もが、私の直ぐ傍にいた事に驚いた。
そこからは王様と聖子が話をして、私達の身に起こった事が異世界召喚と呼ばれるものであり、日本に帰るには100日後の【ハルマゲドン】を乗り越えて、魔王を倒さねばならないという事であった。
(自分達に出来ないからと他人にっ、しかも異世界の人間を強制的に呼び出して戦わせるなど正気じゃない!聖子と優美だけは私が護らないと!)
それからの私は、聖子と優美の身を護る事だけを考えていた。男子達の言い争いなどには一切関わらずに、止めようとする聖子をこっそり押し止めてまで不介入を貫いた。
(ここは日本じゃ無いんだ。これからは何が起こるか分からない。聖子も優美も美少女なんだから、用心をし過ぎても損はない筈だ)
私は異世界人のみならず、共に召喚されたクラスメイトにも警戒をしていた。
そうしている中、私達は神に与えられたというジョブやジョブスキルの効果を試していた。
(聖剣……何と美しい刀なんだっ。しかし名は無いみたいだな。う~ん、只の聖剣では味気ないなぁ……そうだっ。天叢雲剣と呼ぼうっ!心の中だけで)
私は天叢雲剣に満足すると、次のジョブスキルを使ってみた。
(うっ、周囲の景色がっ!ぐっ!こういうスキルという事か)
私は縮地の余りの急加速に、肉体よりも感覚の方が中々追いつかずに戸惑ってしまった。
(だけどこのスキルを使いこなせば、聖子や優美を護る時にかなり役立つ筈だ!)
私は決意を新たに異世界生活を始めた。
そして日本にいては、決して見る事の無かったであろう光景を目の当たりにする事となった。
それは、訓練初日の午後の事であった。私達はこれからダンジョン攻略において使用する武器を選ぶ事となったのだが。
(私には天叢雲剣があるから、必要無いんだけど。まぁ訓練用の木刀を選ぶ様なものか)
私は用意されていた剣の中から、手早く細く反りの入った剣を選ぶと、聖子や優美の武器選びに付き合っていたその時。
「あのっ!刀って無いんですか?」
私はその言葉、というよりその声を聞いた瞬間、思わず声を出してしまいそうになった。
(刀を持ってどうするつもりだ。自分の足でも切り落とすのか)
私は無関心を装いながら心の中で毒づいた。
しかしどうやらこの世界には刀は存在していない様で、それを聞いたクラスメイト達は、驚く程落胆している様子であった。
結局クラスメイト達は気を取り直すようにして、他の武器を選び直し始めた様だった。
私はそんな様子を見るともなく見つめていると、視界の端で何かが煌めくのを捉えた。
自然とその場所に目を向けると、そこには私と同じ剣を選んだ斗真が、素振りをしているところだった。
(なっ!これは……)
私は一目見て理解した。彼は間違い無く剣術の経験者だと。何故なら彼の素振りは、とても自然な動作で行われていたからだ。
それは運動神経が優れているだとか、見た者の動きを完璧に模倣出来る等とは違う、まさしく彼自身が剣術に捧げてきた時間そのものの様な素振りであったのだ。
おそらく初めて手にした剣の握りや重心、間合い等を確認するように、一振り一振りに神経を研ぎ澄ませて行ってる様だった。
(彼は剣術を……ではあの噂は、報道は、私の彼に対する振る舞いは……)
私の頭の中は、斗真の素振り一つでぐちゃぐちゃにかき乱されていた。
私が答えの出ない自問自答を繰り返している間に、彼は素振りを止めて自らの剣を選び終えていた。
私は混乱したまま自らの指導員と共に、練兵場の空きスペースに行くと、まずは素振りを見て貰い、その後は私のジョブスキルの主に縮地について話をした。
指導員は、私の話を聞き終わるとスキルの大凡の効果を理解し、取り合えずはスキルを使わない状態で立ち合ってみようという事になった。
そうしていると、またしても視界の端に驚愕の光景を捉えた。
(やはりっ!彼には剣術の経験があったんだ!ではあの虐待報道は誤報か!?彼も被害者だったのか!?)
そこには、斗真が指導員に向かっていっては、弾き飛ばされている光景があった。
しかし私が驚愕したのは、弾き飛ばされている事では無く、そこに至るまでの彼の動きその物であった。
(あの動き、間違い無く立ち合い稽古に慣れているな。普通は幾ら訓練と分かっていても、打ち据えられる痛みに対する恐怖心が勝って、あそこまで愚直に向かっては行けないものだからな。それに弾き飛ばされてはいるが、受け身は取れているようだし、あれなら大した怪我にもならないだろう。彼があれだけ立ち回れるのは、普段から同様の事を行い、剣で打ち合う事に慣れているからとしか考えられん)
私の中で、斗真に対する一方的な蟠りが無くなっていくのを感じた。
そして、まるで今まで抱いていた悪感情が反転するかの様に、彼に対する感情は、同じ苦汁を嘗めた者同士が持つ絆か、未だ未熟な弟弟子に対する様な親愛へと変わっていった。
(それにしても愚直過ぎるな。真正面から打ち込む事に拘りでもあるのだろうか?……話してみたいな。思えば同級生で武術をやっている友達なんて、聖子ぐらいしか居なかったもんなぁ)
今まで私や聖子の気を引こうと、家の道場へ通おうとした男子の数は、手足の指の数では足りない程居たが、一月すら持たずに皆辞めていったのだ。
挙げ句その中には、陰で家の道場の事を、暴力道場なんて呼ぶ軟弱者すら居たのだ。
それを思い出せば、幾度弾き飛ばされようとも、怯む事無く指導員に向かっていく斗真の姿は非常に好ましく映ったのだ。
私はその日の訓練を終えると、聖子と優美に城に戻ってから詳しく話すからと伝え、先に二人で戻るように頼んだ。
二人は非常に訝しみながらも、絶対に話すからと再度念を押す事で、ようやく了承してくれた。
他のクラスメイト達にバレないように、斗真の乗ってきた馬車に乗り込むと、今までの人生で味わった事が無い程の緊張感に襲われた。
(おっ遅いな、一体何をしてるんだ?練兵場を出たら馬車に乗るだけだろうに。全く、行動が遅いのは減点だな)
私が取り留めも無い事を考えていると、斗真がようやく馬車に戻ってきた。
「やあ、やっと終わったのか。勝手に待たせて貰っていたよ。少し私と話をしてくれないか?地井斗真君」
私の言葉に斗真は、僅かに戸惑ったような表情を浮かべたが、彼も私に聞きたい事があったようで、快く了承してくれた。
それから私達は城へと戻るまでに色々な話をした。
それは彼の幼少期からこれまでの間に受けてきた鍛練の内容であったりしたのだが、私が特に驚いたのは、彼は私の名前以外何も知らなかったのだ。
私の家の道場の事や、私や聖子が武術を嗜んでいる事などは、既にクラス中はおろか、学校中に知られている事だと思っていたからだ。
(はっ恥ずかしい!自意識過剰な女と思われただろうか?思われただろうな。私なら絶対そう思った筈だもの)
私はそんな自分の照れ隠しの為ではないが、彼自身の噂に対する異様なまでの無防備さに怒りを覚えた。
斗真は自らが被っている風評被害を、まるで他人事のように話すのだ。
(君が強く否定していたらっ!私はっ……)
斗真と話している内に、私は何にこれほど腹が立っているのかを理解した。
それは私自身にだ。
もっと早くに話していれば良かったのだ。異世界に召喚などされずとも、クラスメイトなのだから。
私が彼にしていた事は、結局小学生時代にクラスメイトが私にしていた事と大差無いではないか。
偏見の目で見て、勝手に決めつけて、彼自身には何も問わず、見切りをつけた。そんな自分に腹が立ったのだ。そして同時に恐れた。
斗真は、私の事を蛇蝎のごとく嫌っているのではないかと。同じく剣術の世界に身を置きながら、僅かも理解しようとせず、一切視界にすら入れようとせず、声の一つも掛けなかったのだ。
(でもこれからは違う!私は彼の真実を知ったんだ。これからはきっと剣術に身を捧げる者同士、分かり合える事も増える筈だ。くだらない噂など、直ぐにでも無くなってしまうさ。その為にもまずは、魔王を倒しこの世界から日本へと帰らないと!)
私は新たな決意を胸に抱き城へと戻ると、三人で過ごす事に決めた部屋へと入り、先程までの斗真とのやり取りや、私の決意について話した。
聖子は無邪気にはしゃいでいたが、優美は斗真に対して私と近い印象を抱いていたのか、表情を僅かに曇らせていた。
そうだ。私が斗真を毛嫌いし、この日まで無視してきた事実は変わらないのだ。学校で流れている噂についても、私自身が吹聴する事は無かったが、止める事もしなかった。見て見ぬ振りをし続けたのだ。
そんな私が今更彼の味方面するのは、どうなのかという思いが無い訳ではないが、私はもう決めたのだ。彼に関わろうと。見て見ぬ振りは辞めようと。
斗真と私は近いのだ。一方的な決めつけで傷付けられ、下らない噂に傷付けられ、それを事実のように認識された。私には家族も居たし、聖子も居た。だがどうやら斗真にはもう誰も居ないようなのだ。であれば私が多少手助けをしてやる事に何の否があるだろうか。
斗真は、唯一の家族であったお祖父さんを亡くしてからも、毎日一人で鍛錬を続けているのだそうだ。これからも剣術を学び続けていくと決めているのだそうだ。であれば私の家の道場で学んでも問題ないだろう。
一人で素振りを続けるよりも、私の父や祖父に鍛えて貰った方がより強くなれるに決まっているのだから。
そうだ。早速明日斗真に聞いてみよう。善は急げと言うのだし。
私は二人と話しながら、明日斗真と話す内容について考えていた。
翌日、私は斗真の更なる一面を垣間見る事になった。
それは昼食時の事だ。あいつは男子から散々貶められる様な事を言われておきながら、強く反論しなかったのだ。
私は思わず口を出したが、当事者である斗真が矛を収めてしまったら、外野の私がそれ以上騒ぎ立てる訳にもいかず、引き下がらなければならなかったのだ。
当然その後斗真の馬車に赴き、事の次第を問いただしたのだが、斗真から返ってきたのは、どこまでも他人事といった様なものでしかなかった。
そこから話は更に転がり、斗真のこの二日間の部屋での過ごし方について私は問い質した。
これは是非とも聞いておかねばならないと思っていた事だ。
何故なら既に、部屋付きのメイドと怪しい関係になっている男子がいるからだ。恥知らずにも、その事を匂わすような言動をとる者すら出始めているのだ。
斗真はどうなんだろうか?場合によっては喝を入れるべきだろうか。そんな考えを僅かも覗かせる事無く、私は斗真に聞く事が出来た筈だ。
そして斗真が話した部屋での過ごし方は、必要最低限といったものであった。
この時私は理解した。地井斗真という人間は、興味の無い事には、真実無頓着なのだ。故に彼は、クラスメイトからどんな言葉を浴びせかけられても表情一つ変えないし、声を荒げて反論する事も無いのだろう。
聖子や優美は、斗真を変わっているとか普通ではない、と表現していたが、私からするとはっきり言って異常としか言い様が無かった。
私も他人からの評価などには大して興味はないが、それでも悪意を向けられたら腹が立つし、気に障れば声を荒げてでも反論するのだ。興味が無いという事と、感情が波立つかどうかは関係が無い筈なのだ。
だけど斗真は腹を立てない。それが根も葉もない噂であっても、真正面からぶつけられる悪意であっても、斗真がそれに興味を持てなかったら、それに感情を向ける事さえしないのだ。
私は斗真とどう接するべきか悩んだ。しかし結局の所、私に出来るコミュニケーションなど一つしかないのだ。
私はその日の訓練終わりに、斗真を立ち合い稽古に誘った。斗真は、家族を亡くし一人になっても鍛練を続けていると言っていた。それだけ剣術に強い興味を抱いているという事なのだろう。ならば必ず乗ってくると思ったが、結果はまさしく予想通りであった。
元々私も斗真の実力に興味があったのだ。せっかくの機会だ。しっかり見定めさせて貰おうか。
私が斗真と立ち合って受けた印象は、経験不足の一言だろう。やはり対戦相手が少なかったせいか、彼の視野は少し狭すぎるのだ。私に対して彼の指導員の姿を重ねるなど、柔軟性も皆無と言えるだろう。それでも迷いの無い踏み込みからの一刀は、流石というべき物だろう。これから私と稽古を続けていけば、欠点を無くし長所を伸ばす事も出来る筈だ。
私は斗真にその旨を伝え、明日以降の稽古の了承を取り付けた。
城に戻り明日からの斗真との稽古について二人に話すと、きゃっきゃと茶化してきた聖子を無視して優美と話を進めた結果、彼女達の見学という条件のみが出された。
(まぁ地井君の性格なら、二人の見学ぐらい気にもしないだろうから、これは決まったも同然だな)
案の定夕食に向かう途中でバッタリ出くわした斗真に、先程の条件について確認すると即答で了承してくれた。
しかしその後の夕食会は、最悪と言っていいものだった。
またしても斗真のジョブスキルが槍玉に上げられ、斗真も大して強く言い返さない為に、傍で聞いていた私は、話の内容にイラつくやら、斗真自身にイラつくやらで、本当に大変だった。主に叫び出して斗真の頭を叩きそうで。
しかし最後には、私の圧倒的正論で片っ端から論破した事により、その場の追及は収まった。
食後の廊下で斗真とその事について話すと、それに対する彼の態度にはもう呆れるしか無いといったところだった。
しかし悪い事だけではなかった。彼と名前で呼び合う事を了承させる事に成功したのだ。更に斗真が部屋へ戻る直前に、日本に帰った後の約束を取り付ける事も出来たのだ。
(日本に帰ったら斗真を道場へ連れて行こう。父も祖父もきっと喜ぶ。待ちに待った活きの良い新弟子だからな)
私の頭の中は、日本に帰った後の事ばかりを想像し続け、異世界に召喚されてから最も浮かれた夜を過ごす事になった。
翌朝、私達はいつもの時間に起き、いつもの様に支度をし、いつもの時間に馬車に乗り練兵場へと向かった。
(うん?斗真は未だか。今日は少し遅いみたいだな)
私達は練兵場に到着し、暫く三人で話していたのだが、いつもならもう着いている筈の斗真が、今日はまだ来ていないのだ。
(寝坊か?いやしかしメイドが起こすだろうし……)
そうこうしている間に、他のクラスメイト達も全員揃い、騎士団の人達も揃った事で、後は斗真の到着を待つのみとなったのだが、驚いた事に騎士団長は、先に訓練を開始する事にしたのだ。
(もしかして体調を崩したのか?異世界にきて四日目か。疲労や心労が重なったのかも知れないな。男子の戯言にも随分煩わされている様だし。騎士団長もその辺りの事を聞いているのかも知れないな。後で見舞いに行ってやるか。全く仕方のない奴だな)
結局その日の訓練に、斗真は最後まで姿を現さなかった。そして城に戻り夕食の時間となった時、驚くべき事実を知らされた。
地井斗真は、自身の力と向き合う為に、新たな旅路へと向かったのだと。
私は驚きの余り、意味のある言葉を口に出す事が出来なかった。私に出来た事は、ただ目を見開き口を何度も開閉させ続ける事だけであった。
(何故なんだ斗真。何故今、何故一人で、何故私に何も言わず)
私は周囲の会話も聞き取る事が出来ないままに、ただ届く筈も無い疑問を、何処かを旅する斗真に投げ掛け続けた。
もしかしたら他の人物の話は、文字数が多くなってしまうかも知れません。




