第二十八話
読んで頂きありがとうごさいます。
話を終えた斗真達が馬車から降りて練兵場に向かうと、既にキース達がそれぞれの準備を整えて待ちかまえていた。
「おや?他の方々はまだの様ですな。この後は練兵場の二周走から始めますので、それまではお好きにお過ごし下さい」
「はい。分かりました」
キースに対して聖子が代表して答えると、四人はそれぞれ距離をとって軽くストレッチを始めた。マラソンが二周になった事には、誰も特別な反応を見せなかった。皆朝の状態から予想済みであったようだ。
暫くすると残りの救世主達も現れ始め、全員が揃った段階でキースは練兵場二周走を開始した。
やはり他の救世主達からも驚きの様子は見て取れず、各々が予想済みの既定路線でしかなかった様だ。
キースは、朝よりも更に速度を上げて走っていたが、一部の者達を除いてまだまだ余裕があると言った様子であった。
「よしっ!明日の朝からは三周する事とします。では本日もそれぞれ指導員の指示に従って訓練を開始して下さい。始めっ!」
救世主達の様子に、明日からの更なる周回を課したキースは、反論が出る前に次の指示を出すと、それに従った周囲の騎士達により、救世主達は練兵場の各所へと連れられていった。
斗真は一日振りのマイクとの再開に、訓練に向けて心を熱く滾らせていた。
「おはようございます、斗真君。まずは体を温める為に素振りから始めようか」
「おはようございます、マイクさん。分かりました。すぐに始めます」
挨拶もそこそこに斗真は素振りを始めると、マイクも少し離れた位置からその様子を眺め始めた。
斗真は素振りを始めて直ぐに、レベルアップによる体の変化を今まで以上に実感する事となる。
(やっぱり軽い。剣も鎧も、昨日とは大違いだ。でもレベルが上がったのは昨日なのに、なんで今日はこんなに違うんだろう?)
確かに斗真のレベルが上がったのは昨日の訓練中であったのだが、訓練中であるが故に斗真の体力は、レベルアップの効果で上昇する以上に疲労で下がっていたのだ。それが昨日から睡眠を挟み一日経過した事で、疲労で下がっていた体力は元に戻り、更にレベルアップによる上昇の恩恵を、完全な形で受ける事になっていたのである。
斗真は手にした剣を昨日以上に速く、そして力強く振れるようになった自身の体に、思わず笑みが零れそうになっていた。
(いかん!集中集中)
斗真は、一旦素振りをやめて深呼吸すると、頭の中の雑念を振り払い、また一心不乱に素振りを始めた。
八歳の頃より地道に鍛錬を積んできた斗真にとって、僅か一日の訓練でこれ程迄に、はっきりとした結果が出るという体験は、ある種の薬物使用時の効果に近しいまでの影響を斗真に与えていた。
暫くの間素振りを続けていた斗真に、マイクから模擬戦の開始を告げられた。
「斗真君、そろそろ模擬戦を始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
二人は自然と距離を取ると、お互いに向かい合い武器を構えた。
(マイクさんは昨日と同じ構えだな。まあ当然か。さて、昨日みたいに考えすぎて時間を無駄にしないようにしないとな。負けから逃げるなよ。今は勝てなくても何れ勝つ為の経験を今から積むんだからなッ!)
斗真は一度頭の中を空にすると、後は自身の経験と本能に従ってマイクへと挑んでいった。
「ハァッ!」
「……フッ!」
斗真は、あえて真正面からマイクに踏み込んだ。最短の距離を最速で踏破した斗真は、剣を振り上げると踏み込みの力を完璧に乗せたきった斬り降ろしを放った。
昨日とは比べ物にならない程の大きな音が辺りに響き渡り、その音に惹かれる様に、練兵場の各地で訓練をしていた他の救世主達が、斗真達の模擬戦に目を向け始めた。
斗真の斬り降ろしを左手の盾で受け止めたマイクは、昨日より確実に威力を増した一刀に僅かに微笑むと、一瞬盾に力を入れて斗真の剣諸共に下からかち上げた。
「フンッ!」
更にマイクはかち上げた時の勢いそのままに、斗真の胴体に右手の剣で突きを放つ。
「ハァッ!」
(ぐっ、何て力だっ!でも躱せるっ!)
斗真は、自身の体が剣諸共かち上げられた時、敢えて踏ん張る事無く、身に受けた勢いのままに数歩斜め後ろに下がり、更に体を回転させる事によって、マイクの追撃の突きを完璧に躱して見せた。
そして斗真は、体を回転させた勢いのまま踏み込むと、マイクに横薙の一閃を放った。
「ッッオラァ!」
斗真の剣が一瞬、マイクの体を捉えたかに見えたが、マイクは自身の突きが躱されたとみるや、斗真の横薙の一閃を迎え撃つ様にして、剣先を強引に突きから横薙に派生させた。
「フンッ!」
マイクの力任せな一撃は、しかし、斗真渾身の一閃を完全に受け止めて鍔競り合いの様相を呈していた。
しかしそれも実際は僅かな時間であっただろう。マイクは、斗真の一閃を防いだ瞬間更に体をひねり、その勢いのまま昨日と同様に斗真を盾で殴りつけたのだ。
「ッッハァッ!」
(ぐうっ!……っここだっ!)
斗真は迫り来る盾に気付くと、素早く後ろに跳び衝突の勢いを利用しマイクから距離を取った。
盾から受ける痛みは、後ろに跳んだ事により幾分か軽減する事に成功していた。
全身が宙に浮く程の衝撃を受けた斗真は、自身の片足が地面に着いた瞬間、マイクの右手側に素早く回り込むと突きを放った。
「ハァッ!」
マイクは、斗真の突きを盾で防ぐのを諦めると、斗真の突きの剣線に自身の剣を滑り込ませて、体を突きの切っ先からずらしながら、又しても腕の力のみで強引に受け流した。
「……フゥッ!」
(チッ!だがっ、まだまだぁッ!)
斗真は突きを受け流されても足を止めずに、ひたすらマイクの右手側に回り込むと幾度も剣を振り下ろした。
(……そうくるか。成る程。私の盾を殺す積もりか)
事ここに至っては、マイクも斗真の動きの意図に確信を持った。
斗真は、ひたすらマイクの右手側、つまり剣の持ち手に攻撃を仕掛け続けた。そうする事でマイクに剣での防御を強制する事により、突きを放たせないようにしていたのだ。それは何よりもマイクが得意とする、盾で防ぎ剣で突く、という一連の行動をなるべく出来ない様にしたかったからである。
(最初に盾でかち上げたのが失敗だったか)
マイクは、斗真の猛攻を剣で迎え撃ちながら、何がこの状況を生みだしたのかを考えその答えに辿り着いた。
飽くまでも結果論であるが、マイクが最初の斗真の振り下ろしを盾で受け止めた後、剣諸共かち上げたりせずに、素直に受け止めた上で突きを放っていれば、ここまで押し込まれる事も無かったであろう。
マイクの頭の中では、最初のかち上げからの突きを体勢を崩しながらも躱すであろう斗真を、じっくり追撃して安全に仕留める積もりであったのだ。
マイクとしては、最初の突きをああも見事に躱された上に、反撃までされるとは思ってもいなかったのだ。
(レベル5でこれか!それもジョブは剣士系ですらないというのに!これが救世主という者か!)
マイクは、斗真のレベルやジョブを思い出し、その実力のデタラメさに救世主という者の凄みを感じていた。
一方斗真の方は、予想外に攻める事が出来ていながらも、自身に決定打となるものが無い事を実感していた。
(くそっ全く押し切れねぇ!っていうか俺の全力が片手で受けられ続けてる。悪夢かよっ!)
マイクは、斗真の突きには力ずくの受け流しを、横薙には振り下ろしを、袈裟斬りには斬り上げを放ち、その全てを相殺し続けていた。その光景を見ている者達には、どちらかの体力が尽きるまで、この拮抗した状態が続くかと思われていたのだが、次の瞬間。
「フゥンッ!」
実にあっさりと二人の間にあった均衡が崩された。
今まで斗真の猛攻に対して、受け続けるだけであったマイクが一転、盾を使う事無く剣のみで斗真に対し攻勢を仕掛けたのである。
「ハァッ、グッ……ぐぁッ!?」
斗真はマイクに横薙を放った瞬間、それまでマイクから感じていた圧力が一気に重さを増した事に気付いた。
斗真の横薙に合わせるようにして、マイクから放たれた斬り降ろしは、これまでの両者の拮抗が幻であったかのような、圧倒的な重みを宿しており、激突の衝撃のみで斗真の体を数歩後退させるに至ったのだ。
そして斗真のこの数歩の後退が、その後の展開を一変させる事となる。
(なっ!?片手でこの力っ!化け物かよっ!)
マイクは、斗真が後退した事によって生まれた僅かな時間を、盾を構え直すのではなく、自らが踏み込む為に使用した。
「フッ!ハァッ!」
斗真は、両手から体の芯にまで到達した激烈な衝撃に、一瞬意識を奪い取られてしまっていたが故に、眼前に迫ったマイクの放つ袈裟斬りを十分な体勢で迎え撃つ事が出来ずに、更に数歩後退させられてしまった。
「ぐぅっ!……くそっ!」
マイクは、斗真が体勢を整える前にひたすら剣で攻め続けた。
斗真は、必死でマイクの猛攻を捌き続けるが、マイクの一撃一撃が先程とは隔絶した重さを宿しており、その一撃を受ける毎に斗真の体は、強烈な衝撃に耐えかねて大きく流されてしまっていた。
両者の剣からはその攻防の激しさを物語るように、金属が軋み叫ぶ様な耳障りな音と幾たびもの大輪の火花が周囲に散っており、遂に斗真の口からは、獣のような唸り声が発せられる様になった。
「フゥンッ!ハァッ!」
「ゥゥヴォラァッ!」
斗真はひたすら足腰に力を入れ、マイクの猛攻に耐えしのいでいた。衝撃に流される体を時に強引に引き戻し、時に流されるままに距離を取り、何とか紙一重の均衡を保っていた。
斗真は、己の全筋力全神経をマイクの剣に集中させて、何れ訪れるであろう反抗の機会を虎視眈々と窺っていた。
しかし、その時は来なかった。
斗真は、いっそ見事な程マイクの猛攻に耐え続けていたのだが、マイクの剛剣を受け続けていた肉体は既に限界に達しており。
(あっ……)
斗真がマイクの放った突きに対応しようと、突きの剣線から体の位置をずらす為に、半身の姿勢をとろうとした瞬間、足腰にうまく力が入らずに、思わず尻餅を着いてしまったのだ。
斗真は、自身の眼前を過ぎ去るマイクの剣を見ながら模擬戦の敗北を認識した。
「ハッ!だっせぇっ!ビビってケツ着きやがった」
斗真とマイクの激闘が終わり静まり返った練兵場に、大地の罵声は本人が意図した以上に大きく響いた。
その場の視線を一身に集めた大地であったが、その事には気付いて居ない様で、仏頂面のまま口内で何事か呟くと、そのまま自身の指導員に何かを伝え始めた。
「気にする必要は無いよ斗真君。君の健闘は皆が見ていた事だからな」
「えっ?はぁ、ありがとうございます」
斗真はマイクに声をかけられて、初めて自分達の模擬戦が周囲の注目を集めていた事に気付いた。大地の放った一言も音としては聴こえていたのだが、意味の有る言葉として認識出来ていなかったのである。
「さあ、一度休憩にしよう。随分と汗も掻いているようだし、水分補給も忘れないように。それと体を冷やし過ぎない為にもタオルで汗を拭き取っておくように」
マイクは、まだ座ったままの斗真に手を差し出して一気にその体を引き上げると、斗真の状態を目視で異常が無い事を確認すると、休憩を告げた。
「分かりました。ありがとうございます」
斗真はマイクに返事をすると、ゆっくりと壁際に向かい水とタオルを貰って、それを一気に飲み干してからタオルで汗を拭うと、そのまま地面に座り込んだ。
何度も深呼吸を繰り返しながら空を仰いだ斗真は、先程までの激闘を振り返っていた。
(やっぱどうにもならないな……ってかあの剣の重さ何?人間業じゃねぇよ。片手での剣を受けただけで何で俺の体が浮くの?流されるの?あんなの受け流せもしねぇよっ。まぁそれは俺の未熟だけどっ。くそっ!)
斗真は、先程の理不尽ともいえる両者の膂力の違いを嘆いていた。マイクの片手での剣の振り回しに、斗真は両手で剣を振るい体全体の力を使って受け止めていたのだ。にもかかわらず、受け止めた斗真の体はその衝撃に耐えかねて、体勢は浮くわ流されるわで、その度に体勢を戻す為にも体力を使わねばならず、マイクの猛攻のみならず、ひたすら自身の体力の消耗とも戦わねばならなかったのだ。
(これどうするよ。技術の問題じゃねぇもんな。いや、受け流せればいいのか?出来るのかよ俺に、あの剛剣を……でもやるしかねぇよな。その為の模擬戦だもんな。よしっ!それじゃあ次の模擬戦でやるべき事は決まったな!)
斗真は、静かに自身がやるべき事を見定めた。頭の中には、レベルが上がれば解決するのでは?という考えが浮かんでいたが、斗真は敢えてその考えを捨てた。
レベルが上がり、それに併せて膂力が上がれば確かにマイクと真正面から互角に戦う事が出来るかもしれない。しかし。
(そんな事はレベルが上がってからやれば良い事だ。レベルが低い今だからこそ、足りない力を技術で補うんだ!これはきっとレベルが上がった後じゃ難しくなる筈だ。あれだけの膂力が身に付いた後じゃあ、技術を磨くよりもその力を生かした戦い方を身につけた方が早いだろうからな。そうだ、今だっ。今しかないんだ!俺が技術を磨けるのは今しかっ!)
斗真は、目を閉じ心の中で熱く決意を新たにすると、次の模擬戦に向けて体を休めた。
未だ追放には至ってませんが、気に入って貰えていると嬉しいです。




