第七話
その部屋の中心には半径1m程の球体が存在し、その球体が発する光によって他のダンジョン内より明るく照らされた場所だった。それこそがダンジョンの核。これが存在している限りダンジョン内では魔獣が生み出され続ける。逆に言えばこれを破壊すれば魔獣は生み出されずただの洞窟に戻る。
そんなダンジョンで最も重要な部屋の中でアキラとスウは黙ったまま核ではなく目の前に二つ存在するカプセルに意識をとられていた。
二つのカプセルにはそれぞれ一人ずつ8歳ほどの子供が入っている。生きているのはその胸が呼吸で上下しているので分かるがどうすればいいのかが全くわからなかった。
ただ何もしないで突っ立っているだけというのもどうかと思ったのかアキラはカプセルをベタベタ触り始めた。
「よくそんなのに躊躇せずに触れるわね……」
「ここで見てたってどうにかなるわけじゃないしな。どのみち連れて帰るんだったらこんなデカいカプセルより子供だけの方が楽だし」
「連れて帰るのは確定なの」
「ガキ二人置いて帰る程情を捨てきってねぇよ、俺は」
そう言いながらどうにかカプセル内から外に出すために弄りまくるが一向に開けることが出来ない。面倒だと判断したアキラはその腰に納めていたカタナを抜こうとし脳天にチョップを喰らう。
「……何すんだよ」
「この子たちにトラウマ植え付ける気?もし意識あったらその剣恐怖の対象になるわよ。ソースは私」
「お前こいつ怖いのか」
「斬り殺されて怖がらないわけないでしょ!!」
そんな当たり前の事を言いながらアキラを押しのけカプセルを調べ始める。カプセルの技術は『龍』であったスウですら唸らせるほど高度な物だったが理解できない程の物でもなかった。魔法によってつくられたカプセルの術式を一つ一つ解いていくという方法でスウは5分もしないうちにカプセルを開けることに成功した。
開いたカプセルの中にはよく似た、恐らく双子だと思われる子供たちがいた。煌めく黒髪の少年と少女。よく似た二人の違いは若干の顔つきと髪の長さか。
「そんじゃさっさと帰るか。核もぶった斬ったし」
「私が頑張ってる間に済ませたのね」
頬を膨らませて面倒な仕事を任せたな、とばかりに仕事を済ませて来たアキラを睨む。その彼女の腕の中には双子の少年少女が抱かれている。規則正しく胸を上下させていることからどうやら無事に生きているようだ。
実家の稼業及び、十年にわたる冒険者生活で命が奪われる事が珍しくない生活を送っていたアキラも流石に子供の命が無為に消えることがなくて胸をなでおろした。
「そんな風に言うなよ。終わり次第さっさと帰りたいと思ったんだし、核壊すのなんて斬るだけだから一瞬で済む上つまらないぞ」
「私の知らない所でやらないのが嫌なの。というか難しい仕事やってる間に簡単なこと済ませられるとか私の性質的に一番嫌いなことだし。もっと怠惰に生きたいわ」
「労働は尊いもんだって認識しとけ」
「残念ながら弱者の言い分は聞かないことにしてるの」
「……俺に斬られたお前の言ってることの方が弱者の言い分ってやつじゃねぇのか」
「あーあー、聞こえない聞こえない」
耳を抑えて聞こえないふりをするスウに呆れながら二人の子供をゆっくり手渡されたアキラは、子供たちを起こさないよう背負って立ち上がり来た道を戻り始める。既にダンジョンの核を破壊した以上この場はただの洞窟に戻り、魔獣を生み出す機能を失った。それでも既に生み出された魔獣は残っているため、来た道を戻りながら襲ってくる魔獣達を殲滅していく。
「ん……うんん……」
「あさ……?」
「おっ、起きたか」
「あら、起きたのね。目の機能は大丈夫かしら。この指何本か分かるー?」
ダンジョンだった洞窟を抜けた頃にアキラが背負っていた二人の子供が起きた。寝起きのせいかぼんやりと薄目を開けうめき声を上げているのに気づいたスウは二人の子供に見えるよう指を二本立てて手を振る。 スウに似たエメラルドのような翡翠色の目でスウを確認した子供たちは、手を振る動作に気付いきゆっくりとスウを見てただ一言だけ言った。
「「(お)母さん……?」」
「…………………………………………………………………………………………………………え」
「プッ」
同時に呟かれたその言葉に長い沈黙の後に一文字のみ出し口を開けたまま突っ立っているスウの様子に思わず吹き出すアキラ。いつもならば笑ったことに対して頭を叩くなどして抗議してくるスウも流石にどうすればいいのか分からず固まったままになる。
これ以上笑うのもどうかと思うアキラはスウの様子を見ることをやめたアキラは意識を取り戻した二人の子供をゆっくりと背から下ろす。座らせた双子の頭や体に触れ怪我がないか軽く調べ何もないことを確認した。ひとまずは安心したアキラは双子に何故あそこにいたかを聞こうと口を開いた瞬間、アキラの顔を見た双子は再び一言だけ言った。
「(お)父さん……?」
「…………………………………………………………………………………………………………は」
その後約十分、その場にいた全員が動くことはなかった。
※※※
「という訳でこの子たち引き取りたいんだけど」
「ど~いうわけかわからな~い~……」
ダンジョンの核を破壊した後、双子を背負ったアキラとスウはすぐにギルドに戻った。ギルドの扉を蹴り開けスウに双子を預けたアキラは、建物の奥からサブマスターのサーラが対応しようと瞬間に自分の要望をそのまま伝えた。
しかし「という訳で」も何も、なに一つ聞かされていないサーラは困惑しながら話を聞き出そうとする。
「それで~、なんでダンジョンの核を破壊しに行ったら子供二人も連れてくるのかな~?」
「……核のある部屋にあの二人の入ったカプセルが置いてあった。一応現物も持って帰ってきてるから後で提出する」
周りに聞かれたくない為声を小さくしてサーラにのみ聞こえるように話すアキラ。その話し方から何かあったと察したサーラは奥の部屋に誘導しようとするが、その前にスウが小声で唱えていた消音魔法が完成し、アキラ達の声が外に届かないように環境が整えられた。
「随分と警戒するね~。話の初めの部分だけでそうする理由はなんとなくわかったけど~」
「そりゃ助かる、俺もあんまり上手く話せないから出来れば質問しながら聞いてくれ。答えれることは答えるから」
それから椅子に座って話し始める二人。そのうちサーラが戻ってこないことを不思議に思ったのかギルドマスターである「ライガ」も加わった上で詳しく分かってることを話す。
カプセルの中に保存されるようにしまわれていた二人の子供は始めて会うはずのアキラとスウを父と母と呼んだ。その理由を聞くとなぜかは分からないがそう思うと二人は答えた。まるで生まれたばかりの鳥に刷り込みをするように自然と。スウの考えによるとその原因はカプセルの中の二人の事を託してきたゴーレムの創造主がそうするように仕向けたらしい。
らしいというのは『龍』であり魔法の知識においては人知を超えているスウですらその程度しかわからない程高度だったのだからだ。魔法の知識などほとんどない、経験則と勘だけでそれらと渡り歩いてきたアキラにはまったく分からない世界の事。この部分だけを説明するだけで大分時間をかけてしまった。
そんなアキラの要領の得ない話し方に相当困惑しているんだなと思いつつ何とか全ての話を聞きだしたサーラとライガは溜息をついてアキラの要望に対して答えた。
「ん~、私としてもギルドの規則としても特に問題はないけど~。アキラちゃんはまだ二十四歳だっけ~?子供二人とかいいのかな~?」
「俺の故郷じゃ15歳には結婚して一年後にはガキ産むのがそこそこいるから俺の感覚としては問題ない。教育的な意味じゃ度々他の連中頼ろうと思うけど」
「まぁそうだな。そんじゃああの二人の子供は学校に通わせるってことでいいのか?ギルドの依頼料からまた引かれることになるが……」
「ああ、そこは先払いで済ませれる奴は先払いする。家を買ったはいいがそれでもまだ余りまくってるからな。子供の教育に仕えるならいい使い道だ」
それに、と言葉をそこで区切り顔を前に向けたまま後ろを親指でさす。サーラとライガはアキラの身体から顔を出して覗き見る。二人が視線を向けたその先にはスウと二人の子供が一緒の机に座って料理が来るのを仲が良さそうに待っていた。
「お母さん!こんなに頼んでいいの!?」
「高いんじゃないの?父さん怒らない?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。夕食はここで食べるってもう言ってあるし!それに朝食べ損なったイチゴパフェ、三人で食べるなら丁度いいでしょ!!」
「……と、まぁあんな感じで。今更放りだすなんて俺もアイツも嫌がるし、何より子供が泣きそうだ。子供の涙に勝てる奴はいねぇだろ。父さんなんて慣れない呼ばれ方してるんだし。だから協力してください、お願いします」
そう言って机に当たる程頭を深く下げるアキラを少しの間呆然と見ていたサーラは軽く噴き出した後青年にここまでさせた二人の子供と、一人の女子を見てその目を薄めて嬉しそうに笑った。
「あ~、うん。よ~く分かったよ~。それじゃあちょ~っと書類持ってくるから待っててね~」
そう言って奥に駆け足で戻るサーラ。それを見送ったライガはアキラの肩をバシバシと音が出るほどに叩いて笑い顔を見せる。Aランクの冒険者であり日々強くなることと魔獣を倒すことだけを考えていた青年が拾って来た子供にここまで誠意を見せようとする姿に、人間としての成長を感じたのだから。
ギルドマスターにとって冒険者と言うのは毎日接することになる仲間という印象が強い。特にこの街は未だに開拓しきれてるとは言えない土地柄協力関係が強くなる。荒々しい者も多いが悪人と言える物は本当に少なく、新人や引っ越してきた者も時期にこの街に染まっていく。中にはアキラのように強さだけを求める者もいた。そしてその末路は大抵が見送る者もいない戦死だった。
アキラの近くにはスウと言う少女がいたがそれでもその危うさは消えていなかったが、あの二人の子供を心配する青年の姿にライガは思わず安心してしまった。
ギルドマスターとしてこのギルドを管理してきた者として、ここに所属する若者を自身の子供のように思う彼にとって、その成長は本当に嬉しかったのだろう。
そんなギルドマスター内心も知らないアキラは苦々しい顔で反応を返した何も言わずその席を立ち、三人が座ってる料理の置かれたテーブルの椅子に座る。双子はアキラが来るのに気づくとそちらに顔を向けるがスウは気にせず食べ続けていた。
この辺りに性格が出るよなぁと思いつつアキラは今更のように二人の子供に聞きたいことを質問する。
「それでなんで二人は俺とこいつを父母だと思ったんだ?」
「わかんない、でもお父さんはお父さんで」
「お母さんはお母さんでしょ」
「本で読んだ鳥の刷込みみたいなものかしらね。それでもまぁ慕われるのは悪い気分じゃないわ。よし!私がこの子たちに魔法を教えて一人前にしてあげるわ!!」
「いきなり一人で子供の教育方針決めるな馬鹿」
先程ギルドのトップ二人に話したことを再び確認しつつ食堂の店員が持ってきた料理に手を付ける。一方スウは運ばれてきたハンバーグを食べながら双子のこれからの教育の事をアキラのツッコミを無視するように思考を深く沈めて考える。
これは今は何も言っても無駄だと悟ったアキラは事前チェックだけは欠かさないようにしようと心に決める。人間相手の手加減など恐らく知らないだろうから。
そこまで考えて本当に今更なことを思い出したアキラは双子に対して今一番大切なことを聞く。
「……ここに来る前に聞いておくべきだったんだがお前ら名前はあるのか?」
「ううん」
「覚えてないんだ。ごめんなさい」
「あー、怖がらせたー。子供怖がらせる男は最低ってジョディが言ってたわよ」
「お前は黙ってろ」
顔を俯かせて謝る子供達の反応にアキラを煽るように騒ぐスウ。そんな彼女の脳天にチョップを喰らわせて黙らせたアキラはどんな顔をすればいいのか分からなかったが、出来るだけ怖がらせないように不器用に笑いながら双子の頭を乱暴に撫でた。
「気にすんな。名前がないなら付けりゃいいだけの話だ」
「そうね、その通りだわ。とりあえず女の子の方はチョイ吉で男の子の方はムーラにしましょう!!」
「……嫌なことは嫌って言えよ。こいつは調子に乗ると際限なく行くからな。最近はそれが顕著になってきてる」
「お母さん、流石にそれは嫌」
「僕ももっとカッコいいのが良い」
「なんで!?」
「お前自分の名前もそんなノリで考えたんだろうな……」
スウの意外でもない弱点を確認し、頼れる者は自分だけだと思い直すアキラ。子供たちに自分の名前を考えさせるのもありか……?と一瞬考えるもそれもどうかと首を振りその考えを一蹴する。
(名前、っていうのは親から贈られる子供に対する初めてのプレゼントみたいなもんだしな。こういうのは
真面目に考えねぇと……)
かと言って今までに子供の名前を考えたことのないアキラは顎に手を当てて考え込む。唸りながら考える所をジーっと見る二人の子供の視線が刺さりさらに考え込む。こんな経験はない上にいきなり二人分の名前を考えることになってしまったが、元来真面目なところのあるアキラは真剣に悩み続ける。
「そうだな……。そっちは「フジヒノカグラ」でそっちは「フジヒノアズマ」はどうだ!」
「僕がカグラ?」
「私アズマなの?」
「逆だ逆。と、そういやこのままだと名前と髪の長さ以外で二人が分かりにくな」
「それじゃあ髪を結びましょ。男の子なら髪は短いままの方が動きやすいってジョディが言ってたしカグラの方の髪を結ぶわ!」
いつものように手を謎の空間に突っ込み、その中から長いリボンを取り出したスウはカグラの後ろに回り髪を結ぼうとする。しかし初めて経験する事に難儀し、新たに取り出した古びた本を眺めながら何度も挑戦する。
苦戦するスウを見ながらアキラは少しショックを受けたように一言呟いた。
「……なぁ、俺の髪型って変なのか?」
「そ、そんなことない!お父さんと一緒の髪型っておそろいみたいだし私好きよ!!」
「変なところでショック受けるわね。まぁ見慣れれば似合ってると思うわよ」
「でも逆に言えば初見だと変だと思われるってことだよね」
「アズマ、お前口悪いな……」
「えっ!?」
何気ない子供の一言に傷つき額に手を当てて嘆くアキラに慌てる双子、それを見て大笑いするスウ。そこには、歪ながら家族のような雰囲気があった。
やがていくらやっても髪を結べないスウに変わりアキラが手慣れたようにカグラの髪を結びつける。父と慕う青年と同じ髪型にしてもらったカグラは髪を振る様に歩き喜びを表し煽る様に片割れを見る。それを羨ましそうに見ていたアズマは母と慕う少女に抱き着いて片割れを煽る。互いに言い争いを始めそうになる双子の頭に拳骨を落とし軽く叱るアキラ。その行為にやりすぎだと怒るスウ。
事情を知るものからは馴れ合いだと言う者もいるのだろう。なんの繋がりもない彼らの事を嘲るように笑う者もいるのだろう。家族を知らない彼らが、まともな家族になれるわけがないと予想するものも、またいるだろう。
『日の国』に生まれ、最強の一族の血と技を受け継ぐことを決められていた青年アキラ。
生まれた時から完成された一体として与えられた怠惰という特性のまま生きて来た『龍』スウ。
どこで生まれたかも分からず、何の関係もない二人を親として慕うカグラとアズマ。
それでも彼らは家族と呼べる関係性になっていく。初めは違っても、始まりが歪であっても、その結果が間違いだとは限らないのだから。