第五話
アキラ達がこの国境近くの街に住み始め一週間が経った。訪れた次の日に叫び声と一緒に振られた手によって頬に立派な紅葉をつくったアキラはその犯人を10分ほど頭に拳を当てぐりぐりとひねり続けスウが心から謝罪させた。その後朝食を食べ後片付けと洗濯を手伝い妖精達に任せてギルドに向かった。なお手伝い妖精達には一日に一回甘いものを必ず渡すと約束した結果物凄く気合の入った顔で仕事をし始めた。ダンジョン内では甘い物など滅多に手に入らなかったのだろう、あとペットは飼い主と似ると言うし、甘い物でつられるのも一緒だなとアキラは納得した。
ギルドについた後は手っ取り早くスウの登録を済ませ仕事に同行させた。冒険者ランクというものが存在する以上高ランクのアキラに新人のスウがついていくのに職員は不安そうな顔をしたが帰ってきたアキラ達の持ちこんだ素材の質と量を見て掌をひっくり返した。大抵のことは実績が覆してくれる。
絡んでくる冒険者もいないこともなかったがアキラと手合せした結果その実力を体感して認めた。その後ギルド内で酒を飲みながら話を聞くと子供が殺伐とした仕事をしてるのがどうにも気に入らなかったらしい。スウは言うまでもなく実年齢と外見が剥離して若く見えているが、アキラもまた顔立ちが幼く見え実年齢より低く見られがちだったので納得し笑いあい、互いに酒を奢り合いながら飲みつづけた。
ちなみにその後アキラとその中年の冒険者はそれぞれスウと嫁に肩を借りて家に帰り飲み過ぎについて厳しく叱られた。
そんな濃い生活を続けながら一週間経って人間の家での生活に慣れたスウは朝食を食べながらアキラに問いかける。
「いい加減に毎日討伐しに行くの面倒くさいんだけど。四時間程度とはいえ動き続けるの嫌なんだけど。というかなんでこんなに毎日討伐依頼あるのよふざけるなダンジョン!!!」
「二週間程度までそこに住んでた奴がいう事じゃないよなぁ」
ちなみに彼らが食べているのはアキラが必死になって探してきた白米と味噌汁だった。流通の発達している街ならば他国の主食もあるのではと考えようやくの思いで見つけて来た。割高だったがそこは仕方ないと納得しながら大量に買いこれからも定期的に購入することを約束できたことがここ最近一番のせいかだと彼は言って憚らない。炊き立ての白米は白い湯気とほのかに甘いにおいを出し食欲を掻き立てる。味噌汁と焼き魚がサポートした白米を味わいながらアキラはスウに反論した。
「それに貯金はあるとはいえ遊んで暮らせるほどじゃないしな。この家買うのに結構使ったし」
「そもそもこんな広い家を一人で使おうと思ってたのが理解できないわ。手伝い妖精いなかったら掃除も大変なくらいじゃない」
「中心街から離れたところに家を建てるとこういう風に広い方がお得なんだって聞いてたからな。実家と比べたらまだ広くないからいいかと思ってたんだよ。掃除もここまで面倒だとは思わんかった」
「うわぁ……。この数日で分かってきたけど行き当たりばったりの生き方してるわね……。お金の使い方も雑だし。あっ、この漬物美味しい」
ポリポリときゅうりの漬物を食べながら呆れたように彼女はアキラを眺めた。この数日の同居生活で料理とその片付けは出来てもそれ以外がほとんど出来ないレベルだと判明したアキラは、結果衣食住の食関係以外では手伝い妖精の力を借り続けている。スウも最早一々しまい込むのが面倒になりずっと出しっぱなし。彼らは一室をアキラから貰いそこで自ら家具を作ったりしながら過ごしてる。
創造主のスウと違い勤勉に働く彼らは毎日の仕事を喜びながらこなしていった。片付けなどをするために生まれた魔法生物なので働くことが幸せなのだろう。その上報酬として毎日甘いデザートや食事を用意されるので以前の環境に比べて天国だという意識があるのかもしれない。
そんな働き続ける手伝い妖精にここ最近家事を手伝わされてるスウは嫌な成長してるなコイツらと思いながらここでの生活に慣れていった。
「というか今日は近場のダンジョンに挑むから。奥までは誰も行ったことないって話だし色んなもの拾えるだろ」
「ダンジョンとか行きたくない……。なんであんな暗い場所にわざわざ行きたがるの貴方、馬鹿なの?」
「そんなところで長年暮らしてたの他の誰でもないお前だろ。自分の事棚上げすんな」
「はぁ……。まぁ行くのは百歩譲っていいとして帰ってきたら数日は休ませて。怠惰な睡眠が足りない、読書時間が足りないわ」
「はいはい分かった分かった。一週間は休みにしてやるよ」
怠惰を深く愛する自分がこんなに働くなんてありえないとばかりに大げさに嘆くスウに慣れたような返事を返しながら手を合わせ食事を終える。確かにここ最近は働きすぎたと思わないでもないので彼女の言いたいことは分からないでもない。
それでも剣を振り続けたい、実戦を多くこなし強くなりたいと思うのを止められないのを我がことながらアキラは呆れたながら強く掌を握るのだった。
※※※
「ダンジョンに挑むの~?別にいいけどね~」
その後準備を終えた二人は冒険者ギルドに向かい今日とあるダンジョンに挑むことを説明しに行った。6種類ある冒険者ランクの中でも二番目に高いAという立場のアキラに対応するのはこのギルドのサブマスターの「サーラ」だった。
彼女は頭から獣人の証である兎の耳を動かしながら語尾を伸ばす独特な口調でアキラ達の向かおうとしているダンジョンについて説明し始める。
「といってもあそこはあんまり実りがいいとは思えないけどね~。この街が建設される前、つまり50年以上前からあるし~」
ダンジョンは突如増えることがある。スウの説明によれば裏の世界と表の世界を繋ぐ存在であるダンジョンは魔力によって作られるらしい。らしいというのは『龍』であるスウでもそのメカニズムを完璧には理解していないからだ。というか知る気がないしそんなことを調べる時間があったら寝ていたらしい。
スウを始めとした龍の居座る『七つの迷宮』は数ある中でも最古のダンジョン。古ければ古い程その内部は複雑になり住む魔獣もまた強大になるというのが定説だった。50年以上存在し続けるダンジョンといえば上級には届かなくても中級に達する。CやBランクの冒険者が丹念な準備を重ねてようやく挑める場所になっているはずだが、サーラはそうではないと言う。
「そりゃどういう事だ?というかそんな実りのない場所はさっさと奥の核を破壊しちまえばいいじゃねぇのか?」
「う~ん~、君の言いたいことももっともなんだけどね~。鉱石とか目ぼしい物は回収済みだしあそこはもう魔獣が出てくるだけの場所だから潰しておきたいんだけどね~」
「生憎一番奥のコアがある部屋、そこを守護する馬鹿強いゴーレムがいるらしくてな。手を出しするのが馬鹿らしいって誰も行きたがらねぇんだ」
サーラの言葉を引き継いだのはギルドの二階から降りて来たこのギルドのトップ、ギルドマスターだった。貴族の相手をすることもあるためスーツを着こなす体はしかしこのギルドで屯っている冒険者たちに負けないほどに鍛え上げられている。一度は手合せしたいと思いながらアキラは話の続きを聞こうとする。なおスウは既に話から興味を失い近くの机に座り食堂でスイーツを頼んでいた。
「鉱石とか拾えるんだったらまだよかったんだけどな。奥に行こうと挑んだ連中は大抵叩きのめされて追い出された。幸い奥からは出てこない守護者みたいなもんらしくて被害は挑んだ連中ばかりだが、もし奥にお宝でもなければ大抵は赤字だからな。もう誰も挑みたがらねぇ」
「まぁしょうがないよね~。冒険者といっても自分の生活だってあるんだし~。冒険者が死亡した場合はギルドが家族とか世話するってシステムだけど~、それでも生きれるものなら生きたいはずだしね~」
「……つまりその守護者ってのは強いんだな?」
「戦ったBランクの奴曰くAランクに匹敵しうるって話だ」
ギルドマスターのその言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。ここ最近、それこそ『龍』だったスウと戦った時以来の強敵かもしれない。それならば随分斬り応えがあるのだろう。また一歩、自身が到達したいと願う場所に近づけるかもしれないという興奮がアキラに武者震いさせた。
それを横目に眺めながら店員が持ってきたパフェを食べていたスウはもはや諦観した遠い目で現実逃避のように甘味を味わう。この男の強さに対する姿勢はいつもかわらず貪欲だ。何か理由があるようだがそこまで踏み込んで聞くのもどうかと思い尋ねることはない。
少し前までならそんなこと気にせず気になったならすぐさま聞いていただろうがこの半月の生活で妙に人間染みた生活をしたせいかスウはかなり影響されていた。もっともその事実に彼女自身は気付いてないだろうが。
「そんじゃそのダンジョンに行ってくる。許可はくれるんだろ?」
「Aランク冒険者が行ってくれるならこっちも助かるが……。ダンジョン破壊できなければ報酬は魔獣討伐と討伐した際に得られる素材料になるから気をつけろよ。破壊できたならそれなりの報酬が出るが」
「まだ蓄えはあるから大丈夫だ。ここ数日での魔獣討伐でも結構稼げてるしな」
「……お前達が一日で討伐してくるのは並の冒険者の一週間分くらいなんだが、それでも結構か……」
この一週間スウとコンビを組み近くの森や山に存在する魔獣の討伐依頼をアキラはこなしていた。魔法に精通するスウの魔獣を探知する魔法によってロスの少ない動きで斬り続けた為、一日の討伐数はかつて仲間たちがいた時と同じかそれ以上に上る。それでいて彼女は『龍』故にその身体能力もまた高い。護衛などする必要もないので一人の戦いに集中出来る為この二人の相性は想像以上に良かったと言える。
スウ自身も出来るだけ動きたくないので数度探知魔法を使用した後はその場に座って家から持ってきた本を読んでゆっくりしている。なにせ場所さえ教えれば相方が勝手に蹂躙してその日の糧を得られるのだから楽なことこの上ないだろう。
たまに魔法による援護をするが何も考えず敵に打ち込んでもアキラは必ず避ける為楽でいいと思っている。誤射しかけた日のスウの夕食は非常に質素なものになった。食に悦びを見出し始めた彼女には辛い罰になったのか二度としないと涙目になり謝った。その非常に情けない姿に呆れた顔をしておかずを出していい笑顔で食べていたのは余談だ。
「そんじゃ行くぞー」
「ちょっ待ってよ!!私まだ食べてるんだけど!!!」
「……何考えて討伐前にそんな値段もデカさも普通以上にあるパフェ食ってんだ」
「いいじゃない!なんか新作で材料も少ないからあんまりないから作れる数決まってるってなってたんだし帰ってきてからじゃ食べれないかもしれないじゃない!!」
「帰ってきたら三日くらい休みにする予定だったんだからその時食いに来ればいいじゃねぇか!!」
「その休みは三日とも家でゴロゴロする予定なのよ!!!」
「お前本当に自堕落だな!?」
ギルドのど真ん中で言い争ってる二人を微笑ましいとばかりに見る周りの冒険者たち。この二人のうち一人はAランク、もう一人は新人のEランクでありながらコンビを組み成果を上げ続ける化け物と言える実力を持つ存在。それでもこういった言い争いをする場面は見た目通りの年齢特有のやりとりに見え二人に対する態度は自然と柔らかくなる。
この大陸において冒険者の存在は必須だ。ダンジョンが多く、そこから出てくる魔獣を減らすためにいちいち軍隊を出動していては資金がいくらあっても足りない。その為この大陸では冒険者という職業の需要が増え続けている。さらにダンジョン内に存在する貴重な鉱石や魔石と言った資源、魔獣の素材などは国や人の暮らしを発展させるのに必要不可欠になっている。
だから大陸に存在する国は資金を出し合い全国にギルド協会を設け、Cランク以上の冒険者からは税を取り、そこから得た資金で彼等全体のサポートをする。新人の為の武器や講習などを用意し質のいい戦士を育成。それだけでなく人口増加を促進するための子育て用の施設も存在する。Cランク以上の冒険者は本人が死んだ際にギルドが残された家族を一定期間援助するという規則もある。
「そもそも朝飯あんだけ食っておきながらたった一時間程度で良くもまぁそこまでデカいパフェ食えるよな。お前の胃袋ってゴムか何かで出来てるの?食えば食った分だけ広がるの?」
「甘い物は別腹って言葉は貴方の故郷の言葉だったわよね?素敵な女性には秘密が多いってジョディも言ってたわ。だから私がどんな方法を使って食べ続けているかは秘密ね。ま、諦めてもう少し待ってるのね。何言われても私は食べるのをやめません」
「お前そのうち太るぞ」
「なんでそんなこと言うのよ!太るわけないじゃないやめてよそういう事言うの!!!」
「カロリーとり続けて動かなかったら太るに決まってんだろうが!!さっさと尊い労働しに行くぞ!!!」
「ああ!また出た尊い労働!!そんなものはないわ!!この世に存在する労働に尊い事なんてない!!というか疲れるという一点だけで尊さなんて消えるもん!!!」
冒険者は強ければ強い程名誉とそれにそれだけに成り上がりを目指して冒険者を志す者も多い。そしてその中で一流と言えるBランクに手が届くまで生き残る者は多くはない。ランクが高くなればそれ相応の無茶をしようとするものも出てくるからだ。
Aランク冒険者になんてなれる者はさらに少ない。才能だけでも努力だけでも届かない、高次元でその両方を成立させなければなれないというのはランクが上の冒険者程痛感するだろう。
だからこそ言い争いを続ける青年たちを眺め、尊ぶ。二十代前半の年齢でありながら冒険者の頂点に近い場所にいる彼らの存在は安心感と負けていられるかと言う奮起を呼び起こす。この二人にばかり頼っていては無駄に年を取ったと言われても言い返せないと。
その才能に嫉妬する者もいるだろうが、才能だけで辿り付ける境地ではないことも多くの者は分かっていた。
アキラとスウにとって幸運なことにこのギルドにいる冒険者たちは気のいい者が多かった。
後半微妙な感じになったかもしれないから後日加筆するかもしれないです。