第四話
料理描写は料理上手な人に教えて貰いながら書きました。二度と書かねぇからな!!!
広い庭の付いた三階建ての一軒家、それがアキラ達の住む事になる家だった。多くの人が住む中心街からは離れていたが周りに誰も住んでいないこと自体はアキラの望んでいたことなので問題なかった。毎日、朝や夜に剣を振り轟音を出すことも少なくないアキラの日課は仲間たちから苦情が来ることも少なくなく、その経験から彼はこうして周辺に誰もいない土地を買い取り家を建てた。
「お、おおおお奥方ってお嫁さんのことじゃない!!誰が誰のお嫁さんよ!!!!」
そんな家の玄関前で顔をトマトのように赤くさせ、頬を膨らませてスウは叫んだ。その手には謎空間から取り出した辞書が開かれており怯えたチワワのように体が小刻みに震えている。そんなスウの様子に動揺することもなく渡された玄関の鍵を差し込み扉を開けたアキラは中に入りながら言葉を返した。
「あー、でもそれくらいしかお前連れてくるの無理だったし。流石に出会って数日の赤の他人を連れてきましたって言って許してくれるなんてことはないだろうしな」
「だとしてももっとなにかこう、あるんじゃないの!?」
「そんなこと言われても思いつかなかったんだし仕方ない。というかお前が『龍』だってばれたらどうなるか分からないしな。多分俺も連座で死ぬ」
「???どうしてそうなるのよ」
靴を脱ぎながら家にあがるアキラは内心部屋の中で靴を脱ぐの久しぶりだなと思いながらリビングに向かう。リビングには既に家具が設置されており、大きなソファに腰かけながら肩にかけていた荷物を降ろす。スウもまたソファの向かい側に座りアキラに対し疑問をぶつけていた。
彼女は『龍』であり知識に偏りがある。魔導の知識に関していうならば人間はおろか他の六体の『龍』よりも卓越しているが、人間たちの常識はほとんど知らない。彼女が知っていることはダンジョン内で持ち主が死に残された本などから得られた情報だけだった。
「よく考えてみろよ。前言った通り『龍』は魔獣の大本だとか言われてる奴だぞ。そんなのを匿ってっるなんてことになったら罪になるに決まってるだろ。まぁそもそもお前がそうだって言ったとしても信じられないっていうのが大半だとは思うけど」
「人間ってめんどくさいわね……。それでなんで私は貴方の奥さんなんて思われてたのよ」
「つじつま合わせだとそれが一番楽だから。特にそれ以上の理由はなし」
「適当すぎるわ……」
「そうは言うが他になんて言えばいいんだ?配偶者ってことにしておかないと冒険者ギルドの税金とか色々と面倒なんだよ。あ、言い忘れてたけど明日にでもお前ギルドに登録させるからな」
「働きたくない、本当に心底働きたくないわ。特に冒険者ギルドとか頭おかしいのしかいそうにない所なんて行きたくない!!」
「本当のことでも事実を言っていい事と悪い事があるぞ」
スウが冒険者に対していいイメージを持っていないのは彼女がダンジョンの主だった頃からだった。勝手に自らの住処に入ってきては住処をところどころ荒らし騒ぎまくる。それだけならまだしもたまに自らの元まで辿り付いた者は襲いかかっても来る。彼等にも理由はあるのだろうが怠惰を龍生の標語にしているスウにとっては厄介者としか認識されていない。
その中でも自らを打倒した最強の厄介者が目の前にいる。この男は魔獣が襲いかかってきたときに叫びながら剣を振りに飛び出した。そんなのが筆頭なら他の冒険者もまた頭がおかしいと思ってもおかしくはないだろう。
だがそこで彼女は一つ疑問に思いアキラに尋ねた。
「私としては助かったわけだけど、それなら私の事殺せばいいだけじゃないの?」
「俺は生存競争以外で命は奪わん。殺意もなく襲って来た程度の理由で生き物を殺したくない。お前がどうしようもなく人に害を与える存在だったら話は別だったが、怠惰に暮らしたいだけなら殺すのは嫌だ。ダンジョン内で斬ったのはそうしないと俺と仲間たちが死ぬのと魔獣の大本だって聞いてたからだ。違うなら斬る意味も理由もないんだよ」
目の前の青年は殺したくないという理由だけで己を殺さなかった。『龍』という人にとっては災害のような存在を屠れるチャンスがありながら嫌という理由で斬らなかった。それは人というものをよく知らないスウからしても酷く「人間臭い」ように思えた。
「……なんというか、面倒くさい生き方してるわね、貴方。これで私が善良な人間に手でも出したらどうするつもりよ」
「そうなる前に止めるか、それが出来なかったらお前を殺した後腹切って死ぬ。殺した命は戻ってこないだろうがそれくらいしか出来る事が無い」
何の躊躇いもなく自身の腹を切るという言葉を聞いて目を開くスウに視線を向けず机の上に荷物を広げるアキラは少ない荷物をどこにしまうかで悩みながら言葉を発する。
「言っちゃなんだが俺は『七つの迷宮』の一角を落とした時点でかなり人に貢献してるわけだしそれくらいの自由は許されるだろ。実際魔獣は減ってるわけだし、お前も誰かを殺そうとか思わんだろ?」
「今の私は人間社会に溶け込まないといけないのにそんなことしてる暇あると思う?怠惰に生きたい私がなんでこんなことを……」
「お前が俺を襲いに来たからだ」
頭を抱えて悩みだしたスウを横目にアキラは荷物の中からフライパンを始めとした調理器具を取り出した。そして道中買って来た骨付きの肉を取り出した。
心の中で(そういえばこいつ飯とか普通に喰ってるけどいいのか?)と思わないでもないがそこは仮にも『龍』、明らかな毒でもない限り死なないと判断し勝手に食事を作りにキッチンに向かい火を起こす。
「肉は……アイツの分は300でいいか」
肉についている骨や皮を削ぎ落としいつも切らさないよう気をつけている乾燥したハーブを丹念に刷り込ませる。匂いやアクの強い魔獣の肉を調理をするときには必ず使う必需品。ローズマリーのような香りが獣くささを消していく。
軽く熱したフライパンに骨を削ぎ落とすときに一緒に斬りおとした固形の油を落としフライパン全体に行き渡る様に広げる。その作業をしながら10cmの高さからたっぷりと、肉の全体に塩を振り落とし刷り込ませる。塩をハーブと一緒に塗ると肉汁が外に出て旨みが抜けてしまう事をアキラは経験で知っていた。塩を振るのは焼く直前くらいが一番だという事も。
「なにこれ、ねぇいい匂いがするんだけどなにこれ?」
頭を抱えていたスウもいつの間にか調理台の前に立っているアキラの傍に近寄り調理を眺め出した。今までも簡単な保存食などを食べてきたがこのように調理するところを見せるのは初めてだったかと思いながら黙って作業を続ける。
フライパンに乗せた肉を始めは強火で、一気に表面を焼いて肉の旨みを内側に閉じ込め後は中火でじっくり蒸すようにして焼いていく。『龍』であるスウは生肉ばかり食べていたんだろうなと勝手な想像をしながら今日は軽くレアにしておこうと決める。
焼いた肉を皿に移すとすぐにテーブルに持っていこうとするスウの頭をチョップで強打し動きを止める。肉と油の香ばしい香りが鼻を責めるが慌ててはいけないと自らを諫めるように再び痛みで頭を抱える同居人を見る。
フライパンに残った肉汁と油を使いソースを作っていく。街に来るまでの道中で拾い潰しておいた野苺と肉と一緒に買って来たブランデーを少々入れ、肉と違い弱火で水分とアルコールを飛ばしながら混ぜる。そしてようやくできたステーキとソースを抱えてテーブルに向かった。
「食べていいのこれ。本当にいいのね!?」
「チョップはしないから好きに食えよ」
「やったー!いただきまーす!!」
ここ数日の旅で身についたアキラの故郷の食事前の挨拶を済ませ、箸というこの大陸ではあまり見ない二本の棒を、『龍』としての能力の高さを見せつけるようにこの数日で習得したスウは切り分けられたステーキを起用に挟み口に運ぶ。表面には焦げ目、中身は甘味たっぷりのレア肉。繊維の細かいよく動かしていたであろう部位の歯ごたえを楽しみながら噛み続ける。
アキラはそれを見ながら作ったソースをかけ自らも食事を始める。魔獣の肉の強烈な旨味を野苺とブランデーの香りが包み込むように鼻を刺激する。野苺をつまんできてよかったと自らの行為を自画自賛しながら肉とソースの調和を楽しむ。
二人は何も言葉を発さずただ肉を喰らい続けた。米があれば最高だったと脳の片隅で思考したアキラは様々な場所と交流していると言われている街を徹底的に探すことを決めた。
スウは食べた肉が熱かったのか口に空気を必死に入れ込みながらも始めて食する人間の本格的な食事を楽しんでいた。どこで学んだのか食べ方は上品であり彼女を『龍』だと知らない者が見ればお嬢様のようなイメージを抱くだろう。アキラもまた育ちの良さを裏付けるように箸を動かし肉を口に運ぶ。旨味を内包した肉を飲み込むのを躊躇うようにかみしめる。
「ごちそーさん」
「ごちそうさまでした!!!」
互いに言葉なく食事を終えた後には心地よい満腹感が腹を満たしていた。ここから食事の片付けをしようと思うとスウではないが面倒だなと思いつつここで皿洗いなどをしておかなければ肉の油などが残ってしまうため椅子から腰を上げようとし、アキラはスウが異空間に手を突っ込みナニカを探しているのを見た。アキラが気付くのとほぼ同時にスウは異空間から3体ほどの人形めいた存在を取り出す。
取り出した人形たちは目をゆっくり開くとスウの手から離れ行動し始める。
「……なんだこれ」
「手伝い妖精。私が住処の掃除とかする時に作った魔法生物。今でも使えるようでよかったわ」
全長30センチほどのデフォルメ化された小太りな妖精たちが食事に使った食器を抱えてキッチンに向かう。一生懸命運ぶ姿に不安半分になるがスウは大丈夫大丈夫と手を振り膨らんだ腹を撫でながら説明する。
「この子達は学習能力が凄いから簡単な説明だけしておけば後はやっておいてくれるわよ。終わったら甘い物でもあげれば次回からはもっと気合入れてやってくれるわ」
「お、おう。……お前って綺麗好きなのか?」
「冒険者が荒らした後の片付けとかしてもらってただけよ。放っておいても勝手に直るわけじゃないんだから快適な睡眠生活には必要不可欠だっただけ。普段は異空間内にしまってるのよ。食べ物とか必要ないけど娯楽品としては好きだからお菓子でもあげて」
「かなり万能だよなぁ、お前……」
「龍だからこれくらいはね。他の連中が出来るかどうかは知らないし興味もないけど。それより私のベッドはどこ?この満腹感のまま眠りたいんだけど」
「ベッドの前に風呂入って来い。温泉利用した天然風呂だし多分気にいるだろうから。俺はあっちの手伝いするから先に入っていいぞ」
そう言いながらアキラは手伝い妖精の元に歩いていく。食器洗いのコツを教えに行ったのだろう。スウはそれを見送りながらお風呂ねぇ……とつぶやいた。
ダンジョン内にいた当時はそんなもの存在しない上に身体が自動的に最適化される為いつでも必要なかった。こうしてアキラと契約した後も一週間の旅を続けていたので当然湯船など浸かった事などない。精々身体をお湯で濡らしたタオルで拭く程度だった。なのでアキラの気にいるという言葉にも懐疑的だった。
それでもわざわざ勧めたという事はそれなり以上に自信があるという事だろう。ならばこれを受けて立つのもまた『龍』の役目とばかりに立ち上がり、風呂場に向かう。
「私を唸らせれる物なら、唸らせてみて欲しいものね」
不敵に笑いながら人間の文化に負けるものかと先程の食事の事を棚上げしながら「明日は野菜食べたいわね……」と呟きながらまだ見ぬ文化に挑む。風呂は露店と室内の二種類があり豪華すぎるとも思うがこの程度なら即金で払える程度の余裕はあったかと思い直し何となく露天風呂に向かう。
服を脱ぎ洗濯箱に入れながら後でこれも洗わせようと手伝い妖精をさらにこき使う事を決め扉を開ける。扉の先には星の光が照らす湯船が待っていた。月が水面に映っているのを見ながら先に体を洗えというアキラの言葉を思い出しながら設置されていた洗剤とタオルを使い体を洗っていく。
汚れを洗い落とした後スウはゆっくりと湯船につかり息を吐く。首を上に向ければ満天の星が視界いっぱいに広がる。ダンジョン内では決して見られないその光景に彼女は少し前までの、自身の生活と今日一日あったことを思い返す。
色々とあったが、それはあの場でただ生き続けるだけでは決して得られなかった経験。人の料理もこの風呂という文化も知らなかった。それが悪い事だとは思わないがそれは少し寂しいものだとも思う。この思考が龍ではなく人とほぼ同じになったからなのか彼女には判断できなかったが、それでも悪い事ではないのかとお己に言い聞かせた。
なお結果的に彼女は温泉に敗北し1時間以上浸かってしまいのぼせ上がりいくら何でも長すぎるとアキラが手伝い妖精を向かわせ発見された。その後5分しないうちに回復し牛乳を一気飲みする彼女を見て龍の回復力の高さを改めて認識したのだった。それでも流石に疲れたのかその後手伝い妖精を仕舞いこんだ後はアキラに案内されたベッドの上ですぐに惰眠を貪り始めた。
なお夜中にトイレに起き、戻ってきたスウは部屋を間違えアキラの部屋で彼を抱き枕にし朝起きるまで睡眠を楽しんだ。起きた時に羞恥心から叫んだがそれもまた仕方ないだろう。