オムライス狂
「あ、あのごめんなさい、急に……」
すかさず瑞奈が悠己を振り返ってくるので、頭を押さえてぐりっと前に戻す。
逃げられないよう体を捕まえたまま、小夜の隣に座らせて自分もその隣に腰掛ける。
それでもなお瑞奈はうんともすんとも言わず黙っているので、何か言いなよ、という意味を込めて軽く肩を叩くと、べしっと無言で叩き返された。
「前から成戸さんと、しゃべってみたいなって思ってたんですけど、学校だとなんか、しゃべりづらくて……」
そんなことをしているうちにおずおずと小夜が口を開く。
瑞奈はあさってのほうを向いたまま、
「学校はまあ、べしゃりがズラでね……」
意味不明なことをブツブツ言っているが、小夜は反応があったことが嬉しかったのか、わずかに瑞奈のほうへ身を乗り出した。
「え、えっと……じゃあ、成戸さんの趣味は?」
ゲームに漫画にアニメにお絵かき。あと意味不明なおふざけ。
そうぱっと即答できるはずなのだが、瑞奈は言い出しにくそうに体をもじもじさせたあと、
「し、趣味はまぁその……家事とか?」
「か、家事!? 成戸さんが家事やってるんですか?」
「そうね。瑞奈が……あたしが、家のこといろいろやってるから」
「へえ~すご~い。お料理とかも?」
「まあね」
いきなり謎のキャラを出してきてドヤりだす瑞奈。
ふふん、と鼻を鳴らしてみせるが何をそんな見栄を張っているのかと。
「わたしも今ちょっとお料理勉強中なんです」
しかしうまく小夜が話題をつないで、なんとなくいい感じの気がする。
これは案外余計な口を出さないほうがいいかなと悠己が思っていると、
「あの、よかったらお料理とか、いろいろ教えてもらっても……」
「だが断る」
しかしその矢先にこれである。
言い放った瑞奈がなぜか悠己に向かってドヤ顔をしてくるので、
「じゃあ瑞奈の得意なやつ作って見せてあげれば」
「と、得意なやつ~? あぁ~あれね? あれは今ちょっと……」
「オムライス」
料理というとなぜかオムライスしか頭にないオムライス狂。
それなりの難易度だと思っているらしく、要するに作れる料理の中で瑞奈的に一番難しいのがオムライス。
「あっ、オムライスだったらわたしもなんとか……」
小夜がそう言うと瑞奈はむっと気にくわなそうに口を結んだ。
謎のライバル意識でも燃やしているのかよくわからない。
「なら小夜ちゃんと一緒に作ればいいんじゃない」
「ふっ、その程度一人で十分」
何か共同作業をさせれば自然と仲良くなれるのでは、という考えだったが、瑞奈は話を聞かずに立ち上がり、一人でキッチンのほうへ入っていく。
きょとんとした顔を向けてくる小夜を促して、悠己たちも仕方なくキッチンへ。
「まずはこれをレンジで解凍します」
瑞奈が冷凍庫から冷凍したご飯を取り出して、見せびらかしながら言う。
まるで料理の先生にでもなったような口ぶりだが、特別難しいことを言っているわけではない。
瑞奈はご飯をレンジに放り込んだあと、冷蔵庫から使いかけの玉ねぎを取り出してきて、用意したまな板の上で勢いよく玉ねぎを切り出す。
意外に器用なところがあるので、包丁を使うのはそれなりに様になっている。
「玉ねぎは目が痛くなるから心眼を使う。心の眼で切る」
「あ、あの、ちゃんと目を開けて見たほうが……」
小夜に言われて、しかめっつらで薄目を開けながら玉ねぎを刻みだす瑞奈。
半分は縦に包丁を入れ、残り半分をみじん切りにしたあと、
「一緒に玉ねぎオニオンスープも作っちゃおうっかな」
「玉ねぎオニオンスープ……?」
小夜の顔にクエスチョンマークが浮かぶが、おそらくコンソメの間違いだろう。
駄菓子のノリでオニオンを何かの味と勘違いしているのか。
瑞奈は気にもとめずに傍らにあった片手鍋に水を張ると、コンロにかけてお湯を沸かし始めた。
「へえ、同時に。手際がいいですね!」
「そう、これがマルチタクティクス」
突然軍師となった瑞奈は、台所の下の棚からフライパンを取り出して手前のコンロに置いた。
それから油の入ったボトルを手にしてそのまま傾けると、どぽっとフライパンの上に油をあける。
「あ、油がいっぱい……」
「これが成戸流ですから」
「へ、へえ~……」
ただの油引きすぎ。
見ていて非常に危なっかしいので、悠己は瑞奈のすぐうしろに立って見守る。
それから火にかけてパチパチと音がし始めると、瑞奈はみじん切りにした玉ねぎを少し炒めたあと、解凍の終わったライスをフライパンに投入した。
その上から勢いよくケチャップをぶっかけて、混ぜ合わせていく。
ときおりフライパンを振ってみせるが、ちょくちょく米がぼろぼろとこぼれ落ちている。
「あっ、お米がこぼれて……」
「ここでついてこれない下級米を選別する」
なんだか知らないがあとで片付けをする身にもなってほしい。
そして火力が強すぎるのか、案の定フライパンからは焦げの混ざったような匂いがしてきた。
フライパンを振ることに夢中になっていた瑞奈は、途中でヤバイことに気づいたのか突然火を止めた。
「まぁとりあえずこれぐらいでいいか」
「でもまだけっこうムラが……」
小夜を無視して瑞奈はお皿にライスを移す。ここでもしっかりこぼす。
それから思い出したように冷蔵庫を開けて卵を、棚を開けてボウルを、と直接関係のないお湯は用意してあるのにここでグダる。
ここまで黙って見守っていた悠己だったが、ついつい口が出てしまう。
「卵はそれじゃなくて古いの先に使って」
「わ、わかってるよ!」
「ボウルそこ、その奥に入ってる」
「だからわかってるって! もう、ゆきくんうるさいよさっきから……」
言いながら瑞奈が勢いよく悠己を振り返った拍子に、コンロに置いた片手鍋の持ち手が体にぶつかった。
鍋が傾いたのを見た悠己は、とっさに瑞奈を押しのけ、腕を伸ばして持ち手を支える。
「熱っ!」
完全に鍋をひっくり返すことは避けたが、こぼれた熱湯が悠己の手にかかる。
「だ、大丈夫ですか!?」
小夜の鋭い声がする。
素早く火を消した小夜は、流しの蛇口をひねって水を勢いよく出した。
「と、とりあえず水で冷やして……あと氷とかあれば……。ちょっと失礼します」
呆然と脇で立ちつくす瑞奈をよそに、小夜は冷蔵庫を開けて中を探り出す。
てきぱきと動いた小夜が、だいぶ前に瑞奈が意味もなく作った自動製氷機の氷をボウルに入れて水を張り、氷水を作る。
「いや大丈夫だよ、そんな大げさにしなくても」
お湯の温度も上がりきっていなかったため、火傷まではいってないだろう。
流しの水で手を冷やしながら悠己がそう言うが、小夜は「ダメです」と頑なだ。
ひとまず料理は中断して、氷水の入ったボウルに手を浸しながら移動し、食卓につく。
心配そうな顔をしながら小夜も隣の椅子に座るが、そうこうしているうちにいつの間にか瑞奈の姿がないことに気づく。
おそらくまた部屋に逃げ込んだか。
「へそ曲げちゃったかな」
少し強引だったかと反省する。
口を挟まず好きにやらせるべきだったか、とも。
「ちょっとびっくりしちゃいましたね……」
「まあ、じっと見られたりすると緊張するだろうからね。みんなそうだと思うけど」
「怒ったりは……しないんですね」
「いや別に、俺が怒る要素ないし」
悠己がこともなげに言うと、小夜はじっと悠己の顔を見つめてきて、
「……優しいんですね。でもよかったです、少しこぼれただけですんで。素早い反応だったから」
「それはまあ、ちょっと危なっかしくて、注意して見てたから」
ただでさえ何かやらかしそうな雰囲気はあった。
そうでないと悠己の普段の反応速度ではとうてい間に合わない。
「すごい、ちゃんと見てるんですね……」
小夜が感心したように息をつく。
とはいえそれほど持ち上げられることでもない。
「小夜ちゃんこそこれ、ありがとうね」
「あ、いえとんでもないです。すみませんなんか勝手に……」
氷水で冷やしていた手を引き上げてみると、特に問題はなさそうだった。逆に手が冷たい。
それより姿を消した瑞奈が、一向に出てくる気配がないので気がかりだ。
悠己は「ちょっと見てくる」と言って小夜に断りを入れると、立ち上がって再度瑞奈の部屋に向かった。
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