身バレ
「警戒されるからちょっとここで待ってて」
部屋の少し手前で小夜を待たせる。
瑞奈はおそらくドアの反対側に張り付いて、聞き耳を立てているに違いない。
透視能力があるわけではないが、なんとなくその姿が見えてしまう。
悠己はドアに近づくと、中に向かって呼びかける。
「瑞奈? 出てきなよ、お客さんだから」
「山」
「……川?」
「間者ぞ! みなのものであえであえ!」
中からわあわあうるさい。どうやら合言葉が違うらしい。
「アイス溶けちゃうよ」
そう言うと、ドアがゆっくりとかすかに開いて、隙間から手がすっと伸びてきた。
どうやらこっちの合言葉が正解のようだ。
瑞奈は指先をちょいちょいとやってアイスだけよこせというのだろうが、悠己は隙を見てドアを押し開け、するりと部屋の中に侵入する。
瑞奈はドアの陰でバランスを崩しかけるが、すぐにドアを両手で押して閉めた。
そして悠己の持っていたコンビニ袋に手を突っ込むと、ガサガサと中を漁って棒つきのアイスを取り出す。
封を切ってがぶっとアイスを頬張り、シャクシャクやりながら、
「ゆきくんどういうことなの! 魔物なんて連れてきて!」
やはり魔物扱い。
予想はしていたがひどい言い様である。
「魔物じゃなくて、あれだよほら、友達?」
「トモダチって……。はっ、もしかしていじめられてるの? ゆすられてるの?」
「だから違うって」
どちらかというとタカりまくっている。
振り返ってみると、慶太郎にはなんだかんだであれこれお金を払わせている気がしてきた。
「わかった、この前のときも傘貸せよって取られたんでしょ!」
「いつの話それ?」
いじめ疑惑が瑞奈の中で解消していないらしい。
瑞奈は悠己の顔を見て何やら考え込んでいたが、アイスの残りを一気に一口でガブッといくと、急に張り切って腕を振り上げだした。
「じゃあ瑞奈がガツンと言ってあげるから! ガツンといよかん!」
どうせまた謎の呪文をかけに行くのだろうが、それで部屋から出るならなんでもいいかと黙って様子を見守る。
瑞奈が意気揚々とドアを開けて出ていくと、すぐ目の前には待機を命じていた小夜が待ち構えていた。
「ど、どうも、こんにちは……」
おずおずと頭を下げた小夜がそう言い終わる前に、瑞奈はバタンと猛烈な勢いでドアを閉めた。
そして無言のままくるっと身を翻すと、すたすたと部屋の隅っこに歩いていったかと思えば、突然うずくまって頭を抱えだす。
「どうしたの?」
「いかん身バレや……」
「身バレ?」
「同じクラスの子なの! しかもすぐ近くの席!」
それならもともとバレていると思うのだがどういう意味なのか。
しかし慶太郎の妹とまさか同じクラスだったとは初耳だ。
「へえ、そうだったんだ? じゃあいいじゃん。知ってる子なんでしょ?」
「知ってる子だからダメなんでしょ! どうして……何なの!? なんでいるの!」
いよいよわからない。
学校と違って家では常に醜態を晒しているとでもいうのか。
「なんでって……いやそれは友達の妹だからさ」
「ぬっ、魔物の妹もまた魔物……まもうと」
「しょうもないこと言ってないでさ、一緒に遊べばいいじゃん」
「ゆきくん。お帰りいただいて」
瑞奈はここにきて満面の笑顔を浮かべながら、やたら優しい口調で言う。
これをやるのは絶対ごまかすときか都合の悪いときだ。
「いいからあいさつだけでもしなよ」と腕を引くと、瑞奈はその場に踏ん張りながら、
「じゃあおんぶしてって」
「なんで」
「オンブズマンゆうき」
「それ意味わかってる? 響きだけで言ってるでしょ」
「そりゃ子泣き瑞奈よ」
などと意味のわからないことを言いながら、背中にひっついてくる。
口調が軽く唯李化してきているのが非常に問題に思う。
無理やり瑞奈を引きずるようにして部屋を出ていくと、しびれを切らしたのか慶太郎がすぐ部屋の前までやってきていた。
「おいいつまでやってんだよ、オレらも早く今日の作戦会議を……」
「瑞奈と小夜ちゃん、同じクラスで知り合いなんだって」
「え? マジかよ」
勝手にしゃべるなとばかりに、瑞奈が太鼓のようにどんどんと背中を叩いてくる。
かたや慶太郎は、傍らの小夜へ訝しげな目線を送って、
「なんだよそういうことかよ、どうりで……。最初『そんなの嫌!』って断りやがったくせに、名前出したら急に食いついてきやがったから……」
小夜がどこかいづらそうに顔をうつむかせた。
ということは小夜はもともと瑞奈のことを知っていて……とはいえ片方はそうでもなさそうなのだが、いまいち状況が読めない。
慶太郎は身をかがめて背後の瑞奈を覗き込むようにして、
「お前さっき小夜のことかわいいとか言ってたけど、絶対お前の妹のほうがかわいいだろどう見ても」
「瑞奈はまあ……見慣れてるからね。瑞奈だけに」
「なにそれゆいちゃんばりにつまんない! 変なのうつされないで!」
瑞奈は最後に悠己の尻をスパンと叩くと、またも部屋の中に逃げ込んでしまった。
慶太郎はその姿を見送りつつ、なんとも言えない顔をしながら、
「ていうかうちのとタメなのかよ。お前しょっちゅう妹が妹が……って言うからもっと小さい子想像してたんだが? まあ、あれだけかわいければそりゃ、つきっきりになりたくなる気持ちもわかるけどさ。そこのやつと違って」
またそうやって余計なことを言う。
小夜は露骨に避けるようにして、慶太郎のほうを見ようともしない。
今まで慶太郎が妹のことを話題に出してこなかった理由がなんとなくわかったような気がする。
「でもまぁ、やっぱ年上だよな! オレは今真希さんしか見えねぇ」
「それ目医者いったほうがいいんじゃない? いやそれとも脳が……」
「そういうホラー映画みたいな話はしてねえよ」
するとそのとき、慶太郎のズボンのポケットにささったスマホが音を出して震えた。
慶太郎は素早くスマホを手にして、指先で操作すると、
「えっ……」
口をぽかんと半開きにさせ、画面をじっと見つめながら固まってしまった。
「なに? どしたの?」
「……一緒に行く予定だった子が急に来れなくなって……今日やっぱりなしだと……」
さっきまでの勢いはどこへやら、慶太郎は蚊の泣くような声でそうつぶやく。
見るからに落胆っぷりがひどいので、なんと言葉をかけたらいいのやらと少し迷った末、
「じゃあみんなでウノやる?」
「やらねえよ、何が悲しくてウノやんなきゃならねえんだよ。こっちはもうドローフォー食らって色も変えられてんだよ」
「顔面ブルーに?」
「ふははは! って笑えるかバカ」
一応気を遣って冗談を言ってあげたのに怒られた。
慶太郎は大きくため息を吐きながら、がくっと肩を落とすと、
「はぁ……オレもう帰るわ。なんか、急にやる気が……生きる気力がなくなってきた。お前の妹にも怖がられてるし邪魔みたいだしな」
「え、小夜ちゃんはどうするの」
「知らねえよ、別に一人で帰ってこれんだろ。ちっさいガキじゃあるまいし」
「それはちょっと冷たくない?」
「つめた~いもあったか~いもねえの」
ドタキャンを食らって意気消沈して、それどころではないらしい。
すっかり死んだ魚の目になった慶太郎は、「じゃあな」と身を翻すと、とぼとぼと玄関口の方へと歩いていった。
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