小夜ちゃん
唯李もそれから悠己たちのペースに飲まれるように家で一緒にダラダラ過ごして、いい時間になったら帰った。
何しに来たんだか結局わからずじまいだった。夏キラーとはなんだったのか。
また慶太郎からはそのあとも、
『妹連れてくって話、やっぱナシな。断られた』
『やっぱ連れてくわ』
だとか時間を置いてラインが送られてきて、いまいち要領を得ない。
そんな調子で一日をまたいだ次の日。
真希との約束の前に妹を連れてくるという話になって、慶太郎が家にやってくることになった。
しかし慶太郎を家に招いたことはこれまでになく、場所がわからないというので、近場のコンビニでひとまず落ち合うことに。
陽が昇りきった正午過ぎ。
悠己はマンションを出ると、日差しが降り注ぐ中、大通りにあるコンビニへ向かう。
あまりの暑さに何もかも忘れてすぐ家に戻りたくなったが、せっかく瑞奈に遊び相手ができるかもしれないという得難い機会だ。
ここは我慢と、なるべく日陰を見つけて路地を行く。
やがて大通りが見えてきて、角にあるコンビニが近づいてくると、路上でこちらに大きく手を振っている半ズボン男が視界に入った。
「うぃ~っす、うぃ~」
上機嫌なのか慶太郎はやたらテンションが高い。
今日もまた派手なシャツにサングラスを頭にかけるという、前回と似たような格好。やはり目立つ。
近づいていくと、その傍らにややうつむきがちに、控えめに立っている小さい影があった。
薄手の半袖シャツに少し長めのスカート。色調も落ち着いた感じで、慶太郎とは対象的にとても無難な格好だ。
髪は長くもなく短くもなく、特に縛ることもせずまっすぐに伸ばしていてこれぞ標準と言った感じ。
このキンキラ頭の男と並んでいると、何かよからぬ目にでもあっているのかと疑ってしまう。
慶太郎は横目で一瞥をくれると、親指で彼女を指差しながら、
「な、一応連れてきたからさ。でもマジでこいつコミュ障だから」
そう言ったとたん、女の子はキっと慶太郎を睨みつけたが、その当人はまったく意に介していないというか、気づいていない様子。
逆に「おら、なんとか言えよ」と慶太郎に促されると、彼女ははっと我に返ったように目をまばたかせ、やや慌てぎみに大きく頭を下げた。
「は、はじめまして。速見小夜……です。よ、よろしくおねがいします……」
緊張気味でたどたどしくはあるが、しかしきちんと自己紹介ができている。
この時点で瑞奈をはるかに上回っているといえる。これでコミュ障呼ばわりは気の毒だ。
兄の慶太郎に似ず顔のパーツは小さく小綺麗にまとまっていて、ぱっと見瑞奈より一つ二つ年上のようにも見える。
ただ身長は低く、瑞奈と同じかそれ以下か、というところ。二人が並んでいるのを想像するとバランスは良い。
そんなことを考えながら相手のなりをじっと観察していると、さっと小夜に目をそらされた。
なので代わりに慶太郎に向かって、
「慶太に似てなくてかわいいね」
「一言多いんだよ完全に」
面白くなさそうな顔をした慶太郎は、小夜に向かってあごをしゃくって、
「おいよかったな、かわいいってよ」
「え、えっ?」
小夜はあたふたと不審な動きをしながら、顔を赤く染める。
それを見た慶太郎はさらにつまらなさそうな顔になって、悠己の肩を叩いてせかしてくる。
「まあそんなことはどうでもいいから行こうぜ、早く早く」
相変わらず瑞奈は家でゴロゴロだが、前もって言ったら逃げるだろうしで今日のことは何も伝えていない。
アイス買ってくるね、とだけ言って家を出てきた。どうせついでだからと思い、
「ちょっとその前にコンビニ寄っていい?」
「ん? ああ、早くな」
と言いつつも慶太郎も一緒になってコンビニへ入っていく。
雑誌の立ち読みを始めた慶太郎を尻目に、黙ってあとをついてきた小夜を振り返って声をかける。
「アイス食べる?」
「えっ?」
小夜は戸惑った顔で固まるが、瑞奈の相手をしに来てくれたのだからそのぐらいは当然だ。
アイスのケースの前で「好きなの取りなよ」と促すが、小夜はもぞもぞと手を組んでこねくり回しながら、
「だ、大丈夫です、わたし……」
「ほんとに?」
小夜はこくこくと頷く。ずいぶん控えめだ。
瑞奈ならここぞとばかりにお高いアイスを漁りだすことは想像に難くないというのに。
いらないとは言ったものの、一応彼女の分も適当に見繕ってレジで会計を済ませる。
慶太郎に声をかけると、「ちょい待って待って」ときりがいいところまで漫画を読み終えるのを待たされた。
それからコンビニを出て、まっすぐにマンションへ。
帰宅してドアを開けると、瑞奈がどたどたと小走りに玄関口までやってきた。
「あいすあいす~!」
しかし悠己の背後に別の人影があることに気づくやいなや、華麗なUターンを決めて奥へ引っ込んでいった。
見事な足さばき。
「どう思う? あれ」
これが真のコミュ障だぞ、と慶太郎に振る。
しかし慶太郎はただ目を丸くして、
「か、かわいい……」
「は?」
「どういうことだよ! お前の妹って、こうほげーってしてるやつじゃねえのかよ!」
「そんなこと誰も言ってないけど」
慶太郎の中で勝手なイメージを作られているらしい。
何か気に入らないのか、慶太郎は忌々しげに悠己を睨みつけてくる。
「くっそ、羨ましい……」
そしてさらに無言で背後に立っている小夜が、明らかにムっとした顔をしている。
何か瑞奈のおかげで、一気に場が険悪なムードになった感がある。
気を取り直して悠己がリビングへ入っていくと、背中合わせに本棚の陰に隠れている瑞奈の姿が目に入った。
本人的にはステルス行動をしているっぽいが体がはみ出しているため、ひと目で丸わかりである。
いきなり物陰から飛び出した瑞奈は、悠己に接近して盾代わりにしながら、慶太郎へ向かって手のひらをかざして、
「に、ニフラムニフラム!」
謎の呪文を叫びだした。
すると慶太郎は何か勘違いしたのかニコッと笑顔になって、
「いぇーいニフラムニフラム~!」
ノリノリでそのままやり返した。
瑞奈はくぅっ、と渋い顔を作ると、身を翻してぱたぱたと自分の部屋に逃げていった。
「なんだよ、すごい人見知りって全然そんなことねえじゃん! うちのと違ってめっちゃノリよさそうだし……今のはなんのあいさつか知らんけど」
「消えろって意味だよ」
「は?」
やはり通じてなかったらしい。
慶太郎はご機嫌顔から一転して腑に落ちない表情になって、
「なんでオレがそんな扱い受けないといけないんだよ」
「その見た目だよ。その頭とか格好とか、そういうの嫌いだから」
「ん~? ああこれか。まあ危険なオーラ出しちゃってるからしょうがねえかぁ」
とか言いながらもなぜか嬉しそうである。
茶髪に頭にかけたサングラス、派手な柄つきのシャツ。
本人はそういうふうに見られたいようだが、どうしても悠己の頭にはイキリ中学生というワードがよぎってしまう。
「じゃあオレが大人のトークテクで緊張をほぐしてやるとするか」
「慶太が出てくるとややこしくなるから、ちょっと待っててくんない?」
とにかくこれに立ち向かうには、まだまだ瑞奈のレベルが足りない。
やたら乗り気の慶太郎を押し留めて、まずは小夜を瑞奈に引き合わせることにする。
「じゃあ小夜ちゃん、ちょっと……」
「へ?」
遠目からじっと成り行きを見守っていた小夜に手招きをするが、小夜はただ目をぱちぱちとさせて固まっている。
「どうかした?」
「い、いえその、小夜ちゃんって……」
「あ、ごめん嫌だった?」
年下と言えどいきなり女子を「ちゃん」呼ばわりするのはあまりよくないのかもしれない。
唯李のときも凛央のときも拒否反応があっただけにさすがに学習した。
だが小夜は顔を赤らめてぶんぶんと首を横に振って、
「ぜ、ぜんぜん大丈夫です! 好きに呼んでくれて!」
どうやら問題ないらしい。
友達の妹、というものに接するのが初めてのことなのでこちらも探り探りだ。
とりあえず慶太郎をリビングのソファに座らせて待機させると、悠己は小夜を連れて瑞奈の部屋の前へ向かった。
がうがうモンスターでコミカライズが始まっています。
よろしくお願いします。
https://futabanet.jp/list/monster/work/5e0471457765611021020000