遊び相手
室内が適温になったのか、やかましかった唯李が一度落ち着いて静かになった。
悠己は動画の流れるテレビへ、瑞奈はゲームへそれぞれ戻る。
しかしその状態も長くは続かない。隣で不満げにテレビに目線をやっていた唯李が、またせわしなく口を開いた。
「ねえ二人とも、どこか出かけたりとかしないの? 夏休みっていろいろあるでしょほら、お祭りとか、いろんなイベントとか」
「めんどうだし、外暑いし」
「人混みきらーい」
「なんだこいつら」
唯李がぼそっと言う。心の声が漏れている感があるが隠す気もなさそうだ。
いやにご機嫌斜めのようなので、なだめる意味も込めて聞き返してやる。
「そういう唯李はどうなの?」
「この前友達とカラオケ行ったし? 『アニソン縛りしようぜ!』って言ったら『一人でやれば?』っていうからやってやったよ」
「そうなんだ。楽しそうでいいね」
「うん。もう誘われないかもしれないけど」
かなしい。
人生は楽しいことばかりではない。
とはいえ唯李の言うことも一理ある。
瑞奈のような遊び盛りの子供が、一人でひたすら家の中でゲームに夢中というのもなかなかに問題だ。
「瑞奈も誰かと外で遊んでくればいいのに」
「君とんでもないブーメラン投げるね。ダブルトマホークだね」
「俺はこの前遊んだからいいんだよ」
「そんなドヤることじゃないよね? なにその通過儀礼みたいな言い方」
その瑞奈当人はどこ吹く風と、ソファに寝転んで足をパタパタさせながらゲームに集中している。
唯李は立ち上がってその傍らにしゃがみこむと、少し調子を直すようにして、優しい声で言った。
「瑞奈ちゃん、そういえばその……どうなったのかな。その後、お友達は」
「友達~? べつにそんなの……」
瑞奈はまたも気だるそうに片耳だけイヤホンを外して顔を上げたが、ちらっと悠己の顔色をうかがいながら言いよどんだ。
ごまかすようにゲーム機を唯李の顔の前に持っていって、
「そ、それよりこれ見て! 瑞奈は森の開拓で忙しいのだ」
「あっ、ぶつぞうの森だいいなぁ、あたしもやりたーい」
「ゆいちゃんも買いなよ、一緒にやろ」
「んーでも今ちょっとお金ないの。誰かさんのせいで今月お小遣いがきつくて」
そう言って唯李はなぜか悠己の顔を見てくる。
まったくもって意味がわからないが、まあそれもいつものことなので素知らぬ顔で流す。
すると瑞奈も不思議そうな顔で、
「ならアルバイトでもすれば?」
「うちの学校基本アルバイト禁止だから。曲がりなりにも進学校ということですので」
「じゃあ遊んでないで勉強すれば~?」
「ん~それはお前に言われる筋合いねえって感じなんだけどね」
「おかわいそうにね~」と瑞奈が唯李の頬を手でぺちぺちする。
唯李は笑顔のままその手首をガッと取って押し返すと、
「親に塾の夏期講習とか行けって言われてるんだよねぇ、悠己くんのせいで」
「だからなんで俺のせいなわけ」
「それはあれよ、風が吹いたら中二病が捗る的な? でも塾に行くよりいい方法があるよって言ったの。そう、家庭教師をね」
「家庭教師? そっちのほうがよっぽど高くつきそうだけど」
「そこで家庭教師のリーオーですよリーオー」
「なにそれ?」
「もう忘れたんかい」
家庭教師だなんだと言うからそういう会社なのかと思ったが、要するに凛央のことを言っているらしい。
この間のテストでやらかしたから、ということなのだろうが、それに関しては擁護不能だ。
「もしかして凛央のこと当てにしてるの? 同い年なのに家庭教師してもらうとかって、恥ずかしくないのかな」
「ねー」
瑞奈がここぞと合いの手を入れてくる。
それがよほど効いたのか唯李はぐっと口を結んで黙ってしまった。
「もういいからゆいちゃんアイス買ってきて」
「自分で行きなさい」
「えええぇ~~。じゃあお金あげるから、ゆいちゃんのぶんも買ってきていいから」
「ん? ていうかまったくの見返りなしでパシろうとしてた? じゃ一緒に買いに行こっか」
「嫌どす。外に出たら体とけます。いやとろけます」
「体チーズかよ」
どろっどろにしてやんぜと再びわちゃわちゃとじゃれ合い始める二人をよそに、悠己は再びテレビのほうへ注意を向ける。
すると今度はソファの上に無造作に置いてあった悠己のスマホが着信音を鳴らした。
「電話鳴ってるよ?」
悠己がスマホをガン無視してると、唯李が不思議そうな顔で見てきた。
促されて嫌々スマホを手にした悠己は、すっと画面をスライドし着信拒否をする。
「……なんで出ないの?」
「慶太郎だから」
「それ理由になってる? 出てあげなよ」
などと言っているうちに立て続けに着信。やはり慶太郎だ。
悠己はテレビのリモコンの一時停止を押して、スマホを耳に当てる。
『もしもし? お前今切ったろ? 今何して……』
「ごめん、今ちょっと忙しくて手が離せない」
「両腕ブランブランしてるけど」
横から唯李が茶々を入れてくるが、そう言うだけ言ってとっとと電話を切る。
「うるさいから電源切っとこ」
「ひどい男だねぇ、友達がすごいピンチかもしれないのに」
「唯李もさっきからうるさくてテレビの音聞こえない」
「テレビカチ割ったろか」
そしてスマホの電源を切ろうとした矢先、またも慶太郎から着信がある。
ちゃんと出なよ、という圧を横から感じて、仕方なく電話に出る。
『おい、今女の声がしたんだが? お前どこでなにしてんだよ』
「テレビの音テレビの音」
『テレビ見てんじゃね―かよ! 何が手離せないだよ!』
バレた。
「誰がテレビの音だよ」と唯李からも睨まれ逃げ場がなくなったので、あきらめて慶太郎の話を聞く。
『まさかの、まさかのだぜ? 真希さんのほうからお誘いがきちゃってさぁ』
「やったじゃん」
『でもいきなり二人きりっていうのもちょっと……っていうから。前の彼と一緒に……何人かでって言ってきて。だからお前も来い』
「う~ん、それはちょっと厳しいんじゃないかなぁ」
『いやそれお前のさじ加減だろ、どうせ暇なんだろ?』
どうせまた面倒事を持ってくると思ったので電話に出たくなかったのだ。
そうでなくても最近相談と称してどうでもいい電話をかけてきたり、ちょくちょく意味のないラインをよこしてきたりする。
『向こうは明後日か今週末って言ってんだけど、できるだけ早いほうがいいから明後日な』
「明後日? え~っと、その日は妹と出かける予定だったから」
『妹だぁ? なんでそこで妹でてくんだよ』
「一人だと出かけたがらないし、ずっと家にいるっていうのもね。一緒に遊んだりする友達がいればいいんだけど」
『まぁお前の妹じゃな~……友達いなそうだもんな。常に口半開きでよだれたらしてそう』
「どういうイメージそれ?」
もちろん慶太郎は瑞奈の顔を見たことも会ったこともない。
電話先で「ん~~」としばらく唸っていたが、
『じゃあしょうがねえな、あんまり気が進まねえけど……オレが遊び相手連れてってやるよ』
「遊び相手?」
『うちの妹だよ。どうせヒマしてっから、一緒に遊ばせておいて、オレらは出かけるっていうふうにすりゃいいだろ』
「えっ? ていうか妹いたの?」
『わりいかよ。じゃあ明後日な、時間とか決まったらラインすっから』
こちらがうんともすんとも言う前に、ポンポン勝手に話を決められてしまう。
それで話は済んだとばかりに、今度は一方的に電話を切られた。
↓仏森の評価はもちろん★5