夏キラー
「何やら悠己くんが、駅前で女の人を……」
「えっ、なんで……」
そのとき唐突に明かされる衝撃の事実。
悠己は思わずテレビの画面に前のめりになる。
「ん? どうしたのかな~? 何か申し開きがあるなら……」
「なんでこの人が犯人なんだ……?」
「そっちの話じゃねえし。ほらその、喫茶店で……」
唯李はやけに瑞奈を気にしながら小声で尋ねてくる。
妙に言いよどむ感じでいまいち話が見えなかったが、喫茶店、というと一つしか覚えがない。
「あぁ、そのこと。あれはおいしかったなぁ」
「お、オイシイ……? そ、それはどーいう……」
「瑞奈もおいしいって言ってたよね」
「うん、おいしかった」
「兄妹でおいしい!?」
妹がお腹をすかせて待っているとか言ったらホットドッグ持ち帰りが通ったのだ。
持って帰ってきて瑞奈にもあげたら喜んで食べていた。
「目の前でホットドッグ食われたんかあの女……」
「でもなんで唯李はそのこと知ってるの?」
「いやそれね……ウチのお姉ちゃんだったんだけど」
「えっ……? ホットドッグ作ったのが……?」
「違うわ」
なんとも煮えきらぬ態度。
どうやら唯李は悠己が喫茶店に行ったことが気に入らないらしい。自分も誘えということなのか。
なのであの日は慶太郎が何かおごってくれるというからついていった、と説明する。
「ふぅ~ん……」と唯李は頷いてはいたが、それでもどこか腑に落ちない顔で、
「でも何か、ライン交換したとかって……」
「それより見て、こいつ怪しい……と見せかけておいて味方、と思わせておいて実は真犯人かも」
「もう何も考えないで見れば? ていうかちゃんと人の話聞いてる? さっきから」
「無理だよ、ゆきくんずぅっと見てるんだもん」
横から口を出した瑞奈が、ゲーム機から伸びるイヤホンを唯李に見せながら、
「見てこれも、ゆきくんが音うるさくて聞こえないからイヤホンしてって」
「だから自分の部屋でやればって言ってるのに」
「暑いでしょ! 電気代節約!」
何が節約なんだか。
それならちょくちょくゲームに課金するのをやめろと言いたい。
だいたいムダにバカでかい音を出して携帯ゲームをやるのもどうかと思う。
すると悠己たちの言い合いを眺めていた唯李が、急にむふっと瑞奈に向かって笑いかけた。
「おやおや? 瑞奈ちゃんそんなにお兄ちゃんのそばにいたいのかなぁ~?」
「う、うるさいなぁゆいちゃんは! ねえゆきくん、この人うるさいよ」
「唯李うるさい」
「おいこっちは客やぞ」
またガミガミと唯李がうるさくなって集中できないので、仕方なく一度動画を止める。
すると唯李は停止したテレビの画面と悠己の顔とを交互に見比べながら、
「ずっとそれ見てるって……老後みたいな生活してるね? 高校生の夏休みそんなのでいいと思ってる?」
「どう過ごそうと人それぞれでしょ。契約してるんだから見ないともったいないし……唯李も一緒に見る?」
「ん~……途中から見てもよくわかんないかなぁ」
「今真犯人がわかりそうですごく面白いとこなんだけど」
「ん~……だからわかんねえっつってんだよなあ途中からじゃ」
せっかく歩み寄ろうとしたのにこの反応。
唯李は悠己の座るソファの一人分離れた位置にボフッと腰を落ち着けると、
「まったく、こんな冷房効いた部屋でぬくぬくしおってからに……ねえ、ちょっと寒くないこの部屋?」
フル稼働中のエアコンを見上げながら、二の腕のあたりをさすってみせる。
それもそのはず唯李は薄い半袖Tシャツにショートパンツという露出の高い格好だ。
「そんな薄着してるからだよ」
「じゃあダウン着て外出てみろ」
「別にここで寒いの我慢することもないと思うけど」
「あーはいはい、この戦いについてこれないやつは置いていく系ね。それか、あ~……もしかして、あれかな? 警戒しちゃってる? 安心していいよ、夏休みの間は隣の席じゃないから。つまり隣の席キラーじゃないから」
「ふぅん。じゃ何キラー?」
予想しない返しだったのか、唯李は顎に指先を当ててしばらく考え込みだした。
そしてたっぷり時間を取ったあと、急ににやっと得意げな顔になって、
「夏を制する……夏キラー!」
「殺虫剤みたいだね。それだけ考えて出てくるのそれ?」
「んなっ……そ、そうだよこの虫めが!」
自分でダダ滑りしておいて怒っている。
隣の席キラーよりもさらに直接的に殺す気満点らしい。
「勝手に大喜利っぽくして滑ったみたくするのやめてくれる?」
「全然そんなつもりないけど……でもやっぱ隣の席キラーはさ、」
「ちょっと、声が大きい!」
唯李の声にゲームをやっていた瑞奈がピクリと反応した。
イヤホンを片耳だけ外して聞き返してくる。
「トナリノセキキラー? ってなに?」
「こ、こっちの話こっちの話」
「あぁ、どうせまたゆいちゃんのしょうもないギャグか」
瑞奈はそう言ってどうでもよさそうにそっぽを向くと、イヤホンを耳に入れ直してゲームに戻る。
一呼吸置いて隣で唯李が声をひそめた。
「危な~……余計なこと言わないでよまったく」
「先に言いだしたのそっちだよね? それにあながち間違いでもないしね」
「誰の存在がしょうもないギャグだよ。忘れてない? 瑞奈ちゃんの前ではニセ彼女状態ってこと」
「あぁ、そういえばそうだったっけ」
「やっぱりな」
では恋人らしくということで、悠己はぱっと腕を伸ばして唯李の手を握る。
最初とくに抵抗はなかったが、一瞬遅れてさっと顔色を変えた唯李は、「ち、ちょっ、いきなり何さらしてくれてんの!?」と言って手を振りほどいた。
そして大事そうに自分の手を抱えながら、
「なんていうかね、恋人イコールお触りしか頭にないっていうのがね。そのへんがもうダメダメ。お話になりません」
「じゃあどうしたらいい?」
「そ、それは……あれよ。そこはかとない優しさを示すというか……たとえばさっきも『寒いなら冷房の温度上げようか?』とかさ」
なるほど、と頷いて悠己は立ち上がると、壁際の収納クローゼットのほうへ近づいた。
扉を開けてハンガーにかかっていた薄手のパーカーを手に取ると、ソファへ戻ってきてそのまま唯李に手渡す。
「どうぞ」
「かたくなに温度は上げないわけね」
ブツブツ言いながらも唯李は「ありがと」と受け取った上着を羽織った。
が、服の袖を触りながら何かに気づいたように、
「あれ、でもこれって誰の……」
「俺が着てるやつだけど」
「えっ……」
それきり固まって無言になる唯李。
急におとなしくなったのでさて動画を再生しようとすると、
「や、やっぱり暑い! 暑い!」
だとか騒ぎ出して唯李は上着を脱ぎだした。
見違えるほど顔色が赤くなっていてたしかに暑そうだ。
「じゃあもっと温度下げようか」
「お、おう、この温度じゃ生ぬるいわ」
唯李の言うとおりそういう気遣いは大切だろう。
悠己はリモコンを手にとって、ピッピっと温度を下げた。
さらに温度を下げるボタンは下にあります。