脱隣の席キラー
数十分にわたる攻防の末、なんとか怪獣マキマキを部屋から追い出した唯李は、ベッドに腰掛けてなにもない壁を睨んだまま悶々としていた。
できることならスマホをひっつかんで「ナンパってどういうことやねん」と今すぐ悠己を問い詰めまくってやりたいが、その行動は危険である。
姉の言っていたことはおそらく八割がた嘘だと思ったほうがいい。
なぜかと言えばそういう人なのだからとしか。常に頭を冷静にしていれば騙されることはないのだ。たぶん。
そうでなくても悠己がイケイケでナンパする姿がまったく想像がつかない。ありえない。
しかし連絡先を交換していることは事実であるからして。
(もしや夏休みになってはっちゃけちゃっている系……?)
夏休みになってから、悠己とは顔を合わせるどころか一度も連絡すら取っていない。
夏休み直前の日にも教室で「夏休みか~しばらくお別れかな~」なんて言ってみたが「そうだね」ぐらいで特別変わった反応はなかった。
やはりこの前隣の席キラーだと言い切ってしまったのがまずかったか。
これだとたとえ何をしようとも、隣の席キラーと話すことはないとかなんとかで無下にされる可能性が高い。
(これもう詰みじゃね? いやでも待てよ……夏休みということは……)
目を閉じて首をひねりにひねって考える。
ポクポクポクチーン。唯李さんひらめいた。
(夏休み中は学校がない。隣の席じゃない。つまり隣の席キラーじゃない……ふっ、余裕)
こうやってちょっとトンチをきかせてやってごまかせば全然問題ない。
「なんと、その手があったか!」と褒め称える声が聞こえる。
とそんなことをやっていると、脇に置いてあったスマホが振動して瑞奈からラインのメッセージが届いた。
『ゆうきくんがさびしがってるよ』
『こんどうちに遊びにきなよ!』
(なるほどなるほど……。クックック、そっちの動向は筒抜けなんだよなぁ……)
にんまりと頬が緩む。
何もしなくとも瑞奈がこうやってパスを出してくれたりするのだ。
やはり表向きニセ彼女、ということになっているわけで、まったく接触をしないというわけにはいかないのだ。
(でもそのこともう忘れてねえかあいつ……)
ここ最近ニセ恋人を演じようという気が微塵も感じられない。何を自然体してやがるかと。
悠己がそんな調子だから、もしかしてとっくに瑞奈にニセ彼女がバレてるんじゃないかという予感すらある。
(だいたいそしたらナンパだのなんだのって……ウチのお姉ちゃんだったからまだいいものの、完全なる浮気ですよこれ? どう申し開きするつもりよ)
そのへんも含め、一度確かめてやらねばなるまい。
ていうか遊びとか誘ってほしくて待ってたのに何もこなくてさみしい。
「やっぱ隣の席キラーがネックなんだよなぁきっとなぁ~~」
目指すべきは脱隣の席キラー。
隣の席を連想させない今こそがチャンス。
唯李はごろんとベッドに横になると、『まったくしょうがないなあ~』と瑞奈への返信を作成し始めた。
慶太郎と駅に繰り出した日からその数日後の昼下がり。
悠己が自宅のリビングのソファーでテレビを見ていると、部屋のインターホンが鳴った。
身じろぎもせずテレビから目を離さないでいると、すぐかたわらで寝転がって携帯ゲーム機を手にしている瑞奈が顔を上げた。
「出ないの?」
「どうせセールスでしょ」
「ふぅん」と声を漏らしたきり、瑞奈はどうでもよさそうにゲームに戻った。かたや悠己もテレビを注視したまま動かない。
今画面に流れているのは海外のテレビドラマ。
もともとは瑞奈が父に契約させた動画配信サービスだったが、今はゲームで忙しいらしく代わりに悠己がもったいないからと言って見始めたところ、すっかりハマってしまった。
今見ているのは特殊能力のある探偵サスペンスもので、ちょうどシーズン終わりのいいところなのだ。
それから何度かチャイムが鳴ったが二人ともまったくの無反応でいると、あきらめたのか音がしなくなった。
するとその直後、珍しく、いや本当に珍しくテーブルの上に置いてある瑞奈のスマホが振動を始めた。
瑞奈のスマホに動きが、というとせいぜいゲームの通知ぐらいのものだが、着信しているようだ。
瑞奈はなぜか「え?」という表情で一度悠己の顔を見たあと、おそるおそるスマホに手を伸ばす。
「あっ、そうだった」
そして画面を見るなり、何か思い出したように立ち上がると、スマホを手にしたままリビングを出ていった。
少しして玄関口のほうから聞き覚えのある声が何やらわめいているのが聞こえたあと、瑞奈が人を連れて戻ってきた。
「じゃ~ん! 唯李ちゃん登場!」
いきなりばっと前に躍り出てきた影が、満面の笑みで悠己に向かってダブルピースをしてくる。
悠己はテレビから視線を外してちら、とそちらを見て、
「あれ? 唯李が来た。どうしたの?」
「いやどうしたのってそりゃあんた……」
「あ、ごめんそこだとちょっとテレビ見えないから」
唯李はすばやく悠己を二度見したあと何か言いかけたが、そのまま素直に退いた。
代わりに傍らにいた瑞奈へ近寄って何やら耳打ちを始める。
「……ちょっと! ぜんぜん寂しがってる感ないけど?」
「んふ、ギャグにきまってるでしょ」
「おい」
低い声でドスを聞かせた唯李が、瑞奈に掴みかかってじゃれあい出す。
どうやら瑞奈が勝手に呼び出したのだろう。
悠己は二人を放置してテレビに集中するが、あまりにキャッキャキャッキャうるさいので、
「仲良しなのはいいんだけど、テレビ聞こえないから静かにして」
「ゆいちゃんがゆきくんに会えなくて寂しかったんだって」
「は、はあっ?! ち、違いますがな! 何を勝手に言ってくれてますの!?」
「じゃあどうして来たの~?」
瑞奈がにまにまとしながら唯李に聞き返す。
一瞬小さく「このガキ……」と唯李の口が動いた気がするが、さすがの唯李も年下の中学生相手にそんなことは言うまい。
いったいなんなのかと唯李を見ていると、若干赤い顔をした唯李は露骨に視線をそらした。
が、すぐに強気に見返してきて、仕切り直すようにわざとらしく咳払いをしてみせた。
「こほん、え、えーとそんなことよりですね! このあいだわたくし、ちょいとばかりよからぬ噂を小耳に挟みまして」
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