園田です
一人だけカラフルな悠己のグラスをよそに、各自飲み物へミルクなりを投入して口に含み始める。
それから一息ついて落ち着いたのか、すっかり元通りの微笑を浮かべた真希が口火を切った。
「じゃあそちらの名前も聞いていいかしら」
「速見慶太郎です! ぜんぜんケイタロウでもケイタでもなんでも、適当に呼んでくれていいですよ!」
慶太郎の声は張り切っていたが、女性陣のリアクションは薄い。
じゃあ次、とばかりに真希が目で促してくるので、悠己は何食わぬ顔でさらりと答える。
「園田です」
「え? 違うでしょ?」
「え?」
すぐさま真希にそう返されて、お互い不審顔でお見合いになる。
たしかに偽名ではあるが、なぜ一瞬でバレたのか。
「やはり怪しい……もしや個人情報がすでに……」
「あっ、す、すいませんこいつ成戸っていうんですよ! 成戸悠己!」
「見ず知らずの相手に本名を名乗るのは危険……」
「あのね、偽名とかじゃないから。私も、この子も」
真希は呆れ気味にそう言うが、それすらブラフの可能性もある。
用心に越したことはない。
「でも成戸悠己……あら? どこかで聞いたような気がするわねぇ~?」
真希が何か思い出すように視線を上に向けながら、わざとらしく小さく首を傾げた。
すると慶太郎が軽く身を乗り出すようにしてきて、
「お、おい、お前まさか知り合いなのか?」
「それな、まじウケる」
「そうだよな、お前がこんな美人と接点あるわけないもんな」
じゃあ最初から聞かなければいいのにという話。
それまで黙ってストローに口をつけていた遥香が、薄く笑いながら口を開いた。
「ねぇ二人ともさ、高校生? あ、中学生?」
「いやいや中学生はないっすよ~~ひどいっすわ~! あははは!」
「うん、わかるわかる」
「そうそう、わかるわかる~……ってわかっちゃったよ、中学生じゃねえよ!」
テンション高めに叫んだ慶太郎が、べしっと二の腕に手刀を入れてくる。
そしてチラっと対面二人の顔色をうかがったが、どちらもクスリとも笑わなかった。
少し危険な沈黙が流れたので、フォローすべく悠己は慶太郎の顔を見て言った。
「それな」
「どれだよ」
今度は低い声で慶太郎に素早く肩をどつかれた。マジウケるまで言わせてもらえない。
それどころかお前のせいだぞと言わんばかりの剣幕だが、言われたとおりやっているのにこの仕打ちはひどい。
一気に冷えた場を取り繕うようにして、慶太郎が再び声を張る。
「あーえっと、オレら東成陽高の二年っす!」
「へえ、東成陽なんだ? って言ったら真希の妹と一緒じゃん」
「え、マジすか!? まさかの妹! 真希さんの妹っつったら美人なんだろうなぁ~」
慶太郎がここぞと美人、を強調して高い声を出す。
真希が小さく笑いながら手を左右に振って、
「やだ美人だなんて、もう~」
「そうだよね~わかるわかる」
今度は悠己もちょっと声を高めにして言ってみたが、やはりギロっと睨まれる。
すると遥香が口元を手で覆いだして、小さく顔をうつむかせた。
「ぷふっ……なんかウケるんだけどさっきから」
「ウケないわよ、何笑ってんのよ」
「このぐらいで何を怒ってんの? 年下よ? 真希さん珍しく大人げな~い」
「いや怒ってないから」
「うんうんそうだよね~」
ここでも逃さず悠己が合いの手を入れると、またもや睨まれた。
怪しい雲行きを感じ取ったのか、すかさず慶太郎が間に入ってきて、
「ってことは二人は大学生とかっすか?」
「そうそう、妹いるのよね~~」
真希は慶太郎の問いには答えず、どこか意味ありげにちらっと悠己の顔を見てくる。
「二年だと同級生よね~。もしかして知り合いだったりね~」
「うんうん、わかるわかる」
「いやわかってないでしょ」
キレ気味に返された。
一瞬真顔になってはすぐにまた笑顔を作る、さっきからこの繰り返しで忙しい人だ。
「お待たせいたしました」
店員が悠己の注文したホットドッグを持ってきた。
そのスキに慶太郎がまたもやこそっと耳打ちしてくる。
「お前さっきから適当に返してんじゃねえよ、コントやってんじゃねえんだぞ?」
「言われたとおりにしてるだけだけど?」
「オレが悪かったよ、もういいから黙っててくれ」
黙ってていいなら、と悠己はホットドッグにかぶりつく。
それをよそに慶太郎は笑顔を作って二人へ向き直った。
「えっと~せっかくなんで、ラインとか聞いちゃってもいいですか?」
「キミ、それはちょっと早いんじゃない? いくらなんでもさ~……」
「いいわ、交換しましょう」
「だからちょっと真希!」
嬉々として慶太郎がスマホを取り出して操作し、手早く真希と連絡先の交換をする。
悠己が素知らぬ顔でホットドッグにぱくついていると、真希がスマホを突き出すようにしてきて言った。
「そっちの彼も」
「あ、俺はいいです」
「いいから携帯出して」
ここに来てかなり強引。わりと目が据わっている感がある。
その勢いに気圧されつつ悠己はスマホを取り出し、どうやるんだっけ……とまごつきながらもID交換を済ませる。
「うわまじ引くわー……肉食……」
遥香が冷やかすような視線を送るが、真希はすました顔でスマホをしまう。
一方で悠己は新しい連絡先が追加された画面を慶太郎に見せながら、
「見てこれ、名前マキマキだって」
「別にいいじゃんかよ、かわいくて」
「巻き巻き……ぶふっ、めっちゃ急いでる」
「お、お前変なとこでツボってんなよ。イントネーションが違うんだよ」
悠己たちがこそこそとやっていると、またも遥香が口元をにやけさせながら、真顔で押し黙る真希の顔を覗き込む。
いつの間にか笑顔のほうとそっけない顔が入れかわってしまっている。
遥香は声を弾ませだして、
「なんか面白くなってきた。あたしも何か頼もっかな~。真希は?」
そう尋ねられた真希は、無言で残りのアイスコーヒーを一気に吸い上げると、いきなりすっくと立ち上がった。
そしてカバンから財布を取り出し、そこから抜いた千円札をテーブルの上に置いた。
「私、ちょっと急用思い出したからここで」
「えっ? 真希?」
そう言うなり真希はくるりと身を翻して、席をあとにする。
遥香もしきりに首をかしげながら立ち上がって、
「もう、短気なんだからな~……それじゃ、あたしも失礼」
そう言い残して真希のあとを追ってお店を出ていった。
去っていく二人の後ろ姿を見ながら、悠己がもぐもぐと咀嚼を続けていると、慶太郎がジッと目を細めてきた。
「お前のせいだぞ今の」
「そう?」
責めるような口調だったが、慶太郎はすぐにニンマリと笑ってスマホを眺め出した。
「まぁでも真希さんのラインゲットしたからな、結果オーライだよ。オレは過程より結果を重視する男だからな。よくやった」
「どうも」
「初ナンパで美女のラインゲットとかマジオレすごくね? ヤバいっしょこれ、軽く手震えてんだけど」
「ヤバいね」
「や~しかし真希さんマジどストライクだわ。マジ行くわ絶対、ヤバいわほんと」
「ヤバいね」
逃げられたのにやたら上機嫌である。
即ブロックされたら終わりなんじゃないかとも思ったが、ここで水を差すようなことは言わないことにした。
慶太郎は鼻歌交じりにメニューを広げだして、
「よっしゃオレもなんか食うかな~。お前の分も褒美におごってやるよ、デザートでも何でも頼め」
「じゃあチョコケーキと……ホットドッグ持ち帰りであと二つ」
「いや持ち帰りは反則だろそれ!」
気に入ったので瑞奈にも持ち帰ってやろうという魂胆だったがダメらしい。
結局その後も、慶太郎のよくわからない恋愛観などを延々聞かされ、悠己たちは二人でダラダラと喫茶店に居座った。
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