夏休み
学期末のテストが終わり、その後はつつがなく二学年の一学期が終了。
晴れて夏休みとなると同時に、待ってましたとばかりにぐんぐん気温が上昇し、いよいよ季節は夏本番を迎える。
休みに入ってすぐの週末。そんなうだるような暑さの中、悠己は慶太郎に呼び出されて駅前にやって来ていた。
「あっつ……」
「お前さっきから暑いしか言わねえよな」
「あっついなぁ……」
「わかったよ、あとでアイスおごってやるから」
そうなだめる慶太郎の首筋も汗で湿っている。
時刻は午後三時過ぎ。空は雲ひとつない晴天で、強い日差しが容赦なく降り注いでいる。
いつもは人で賑わう駅前の広場も、直射日光を避けて皆日陰から遠巻きに見守るような形になっていて、駅入口付近の軒下には多くの人がたむろしていた。
現在悠己たちがいるのはそのやや外れのほう。人が多くて暑苦しい、とやっているうちに、ふらふらとやってきてしまった。
「なんでよりによってこんな暑い日に……」
「いや、言うてもうずっと暑いぜ? なかなかだよな、お前のその不機嫌さを隠さない感じ」
「そもそも俺じゃなくて園田くんを誘えばいいじゃん」
「バカ言え。あんなのと一緒にいたら寄ってくるもんも寄ってこねえよ」
「虫とか寄ってきそう」
「お前なにげにひどいな」
慶太郎は手にした扇子で悠己の顔に向かって風を送り込みながら、面白そうに笑う。
――夏休みこそは彼女作る。
一学期の終わり間際、慶太郎が急にそんな宣言を始めたのがことの発端だ。
そもそも出会いがなくてどうたら……とグダグダ理由をつけていたが、やっぱりナンパだろ、と言い出して悠己が無理やりそれに駆り出され付き合わされるハメになった。
もちろん悠己はやる気ゼロ。
というか奢ってやるからなんか食いに行こうぜ、との誘い文句を受けてやってきたのだが、完全に騙された。
「その点お前は余計なことしゃべらなければ一応大丈夫」
「余計なことって何?」
「それだよそれ」
つまりもう一言もしゃべるなというような意味だろうか。
「お前は黙ってオレの指示に従っておけばいいよ」などと言いながら、慶太郎は頭にかけていたサングラスを下ろして、人の群れの中へ目を走らせる。
慶太郎の頭は学校なら完全にアウトなレベルで髪の色が抜けていて、派手な柄付きのシャツを着ているため結構目立つ。
さらに一丁前にサングラスなどしているのでうさんくささ満点。
悠己はそんな慶太郎の頭をまじまじと見ながら、
「慶太のその頭は大丈夫なの?」
「余裕っしょ。夏休み終わりに染め直せば」
「染め直すんだ、ふっ」
「なんだそのバカにした感じ」
じゃあこのまま学校行ってやるよなめんなよ! と騒ぎ出したが別にどうでもいい。
ちなみに慶太、というのは悠己だけがやる呼び方だ。
最初は単純に「郎」まで呼ぶのがめんどくさいという理由だったのだが、それが勝手にあだ名ということになって慶太郎はやけに気に入っているようだ。
「どうでもいいけど、やるんなら早くしてよ」
「いやそれがな、誰でもいいってわけじゃないのよ。これぞ! っていうのがなかなかいなくてだな……」
「いいから早く早く」
「早く飯食えみたいなノリで言うのやめろよ、お前も一緒に来るんだからな? 言っとくけど」
そんな事を言いながら慶太郎は遠巻きに物色するばかりでなかなか行動に移さず、無駄に時間だけが過ぎていく。
「あ~~」と唸りながら意味もなくウロウロしたりと落ち着きもない。
実はやってきてからかれこれ一時間以上ずっとこんな調子だ。
軽々しくナンパナンパと言うから、よほどこなれているのかと思いきやこれが初めてだという。
そもそも相手を選べる立場なのだろうかという疑問もあるが、悠己としては「もうあきらめた、帰ろうぜ」という流れになってもらえればそれでいい。
なんだかんだ言って何もせずに終了だろうという予感がすでにバリバリである。
「だいたいいきなり声かけて見ず知らずの人についてくるわけないじゃん。子供だってそんなことわかってるよ」
「いや別に誘拐犯とかじゃねえからな? ……あっ!」
急にサングラスを外した慶太郎は、じっと目を凝らして一点を見つめたまま固まった。
その目線が追っているのは、今しがた駅入口付近から出てきた二人組の女性だった。
「どしたの?」
「い、いた……! まさに理想の……! こ、こりゃもう行くしかねえ!」
「ほんとに行くの?」
「い、行くっつったら行くんだよ! ほら、行くぞ!」
慶太郎は威勢よく言いながらも、悠己の腕をグイグイ引っ張ってくる。
とっとと一人で行けばいいのに……と半分引きずられるようにして、女性二人組の前へ回り込むようにして早足で近づいていく。
そしてすぐそばまでやってくるやいなや、慶太郎は正面から声をかけて二人を呼び止めた。
「こ、こんちは! あ、あのう、ちょっとお、お時間よろしいっすか!」
一人は明るい色のかすかに波がかったセミロングヘアーに、薄手のロングスカート。
もう一人は黒髪のショートカットにパンツスタイルという動きやすい服装。
片方がぱっと見優しげな印象があるのに対し、もう片方はややボーイッシュな雰囲気がある。
どちらも薄く化粧をしていて大人びた感じがあり、悠己たちより若干年上のようだ。
しかし二人ともちら、と横目で慶太郎を見たきり、まるでビラ配りを素通りするようなリアクション。
実際ビラを配っている人影がちらほら見受けられるので、間違えられても仕方ない。
そうでなくても慶太郎は若干挙動不審で声も上ずっていて歯切れ悪く、グダグダ感がすごい。
こりゃ無理だな。
と完全に他人事で様子を見守っていると、突然長い髪をしたほうの女性が悠己の顔を見て足を止めた。
「……あら? あらら?」
そして首をかしげ気味に距離を詰めてくるので、悠己は思わず一歩後ずさる。
「あらぁ、こんにちは~」
彼女はいたずらっぽい微笑を浮かべながら、悠己の顔を覗き込むようにしてあいさつをしてきた。
なんとなくわざとらしい言い方のようにも感じたが、こんな状況は初めてのことだ。
そういう流儀なのかと思い、とりあえず悠己もあいさつを返す。
「こんにちは」
そう返すが相手は悠己を見つめたまま、さらにこちらが何か言うのを待っているようなそぶり。
そんなふうにされてもどうすべきかわからないので、直接尋ねてみる。
「……えっと、何か?」
そう言うと、相手の女性はむっと一瞬眉をしかめた。
しかしすぐにころりと笑顔になって、慶太郎のほうへ水を向ける。
「何か、ご用?」
「あ、その! もしよかったら、そのへんでお、お茶でもどうかな~~って」
すかさずショートカットの女性が、彼女に向かって耳元で何事かささやく。
チラチラ悠己たちを見定めるような目線を送りながら、「いやマジないでしょ……」とでも言っているような気がする。というかちょっと聞こえた。
まあ出会い頭にいきなりそんなこと言ってもそりゃそうだろうな、と悠己が思っていると、
「いいわよ」
「えっ? ち、ちょっと真希?」
「遥香も別にいいでしょ? ちょうど喉乾いたし」
真希と呼ばれた彼女はすぐにそう返して、黒髪のほうの遥香という女性を無理やりうなずかせた。
なんとなくふわふわっとしているかと思ったら、ここぞで相手に有無を言わせぬような迫力がある。
「ま、マジっすか! よっしゃやった! じゃあ行きましょ行きましょう!」
慶太郎がぱっと顔を輝かせ、悠己を振り返る。
「じゃ俺はここで」と逃げる間もなく腕を取られ、近くの喫茶店に向かうことになった。
三章は夏休み編です。新キャラも出ます。
新キャラは書籍版買ってる人ならもしかしてわかるかもしれないんですけどね~。
買ってないとわからないか~~。買うしかないか~。
とかやってるとブクマ外されそう。
下のリンクから三章が書籍化するボタンとかあるのでうっかり押してもらっても全然大丈夫ですよ。