隣の席キラー唯李 2
凛央のすぐそばにかがみこんだ悠己は、ほとんど無意識に腕を伸ばして、凛央の頭を優しく撫でつけていた。
「自分が嫌いなんて言ったらダメだよ。俺は本当に凛央のことすごいと思ってるから。瑞奈のことだって見てくれて……そういえば俺、テストのこともちゃんとお礼言ってなかった。ありがとう」
「違うの、そういうんじゃないの、私はっ……」
凛央は子供のように頭を振っていやいやをする。
それでも根気強く頭を撫でつけていると、徐々に徐々におとなしくなっていった。
やがて凛央はおそるおそる顔を上げると、泣きはらした目で悠己をまっすぐに見据えてきた。
「私……さっきあれだけひどいこと言ったのに……怒ってないの?」
「別に怒らないよ。また勢いで変な誤解してるのかなって思ってたから。それにひねくれてる子は慣れてるしね」
ちら、と視線を唯李のほうへやると、きょとんとした顔が返ってくる。
「陰で頑張るのもいいんだけど、やっぱり素直に言ってあげないと。そうじゃないと、わからないからさ」
「そうよ、素直じゃないから、嫌われるの。本当は私は強くなんてない。ずっと逃げつづけて、自分を正当化することしかできなかったんだから。でも、やっぱり一人は……一人は、嫌なの……」
ちゃんと言ってくれないと、わからない。
それは悠己自身が瑞奈に言われたことでもあった。
凛央はすがるような眼差しでじっと見つめてくる。
いつか瑞奈にそうしていたときのように微笑み返してやると、凛央の目元から険が取れて、涙で濡れた瞳が薄く光った。
改めてきれいな目をしているなと、ついつい見入ってしまう。
そうしてお互い見つめあっていると、いきなり横合いから唯李が体を入れてきて、悠己の手をのけて凛央の頭を撫で始めた。
どういうわけか勢いよくポジションを奪われた。
「凛央ちゃん、何でも素直に言って。それで怒ったり嫌いになったりしないから」
しかもセリフも若干真似された。
それでも凛央はまるで救いを得たように、唯李へ向かってぽつぽつと語りだす。
「……唯李が好きって言ったもの、こっそり勉強してもぜんぜん気づいてくれないし……。私のほうが詳しくなると知ったかしたり『なんかあれもう冷めちゃったなぁ』とか言い出すし……」
「そうだったんだ……ごめんね」
「ドタキャンするけど怒ってないよね? っていう感じで卑怯なやり方するし……ちょいちょいしょうもない嘘つくし……。小学生レベルのつまらないギャグドヤ顔でゴリ押ししてくるし……」
「そうだったんだね……凛央ちゃんの気持ち、わかったよ」
「体を触ってくる手つきが妙にいやらしいし……言動がおっさんくさいときあるし……あとゲーム超下手」
「うん、わかった、もうわかったよ」
凛央はまだ止まりそうになかったが、唯李が無理やり肩を抱いて終わりにしようとするので横から注意してやる。
「唯李、ちゃんと最後まで聞いてあげなよ」
「鬼か貴様オーバーキル促すな」
睨まれた。
地味に効いていたらしい。
「もしかして怒ってる? 嫌いになった?」
「何が~? そのぐらいで怒るわけないでしょ」
笑いながら口ではそう言うが、どうも少し機嫌を損ねているっぽい。若干頬が引きつっている。
聖人になりきれない女。擁護できない自業自得感。
すると凛央がまた心配そうな顔をしだしたので、唯李は雲行きが怪しくなるのを感じ取ったのか、
「あっ、違うよ凛央ちゃん今のはね? し、しょうがないなぁ、ではここで一発わたくしめが……」
そう言って立ち上がると、一度逃げるようにソファのあるほうへ近づいて、カバンの中をゴソゴソとやりだした。
「待って、それはもういいよ」
「えっ」
おそらく大喜利手帳を取り出そうとしていた唯李を先んじて止める。
「なぜに?」という顔で唯李が固まった矢先、荒々しくドアが開閉する音がして、どたどたと騒がしい足音がリビングに駆け込んできた。
「あれっ、二人とももう帰ってきちゃったの!?」
そう言って現れるなりすっとんきょうな声を上げたのは瑞奈だった。パンパンに膨らんだエコバッグを抱えている。
瑞奈はぐるりと見渡すように悠己を見て、唯李を見て、そしてうずくまる凛央を見た。
書籍版が本日発売になります! よろしくお願いします!
勢いで記念SSを活動報告に上げましたのでよろしければどうぞ。