隣の席キラー唯李
「凛央ちゃん!」
その声で、ぴたりと凛央の歩みが止まった。
ソファから立ち上がった唯李が、脇目も振らず大股にやってきて、凛央の正面に回り込んで立ちふさがった。
「凛央ちゃん」
唯李はまっすぐ凛央を見つめて、もう一度名前を呼んだ。
けれども凛央はうつむいて、唯李の顔を見ようとはしなかった。
その胸元に向かって、唯李は手に持っていたゲームコントローラーを差し出した。
「はいこれ。今日はあたしに負けるまで帰さないからね」
唯李は微動だにしない凛央の手を取って、無理やりにコントローラーを握らせようとする。
しかし凛央はかたくなに受け取ろうとはせず、そのかわり強く唇を噛みしめ、きっと上目に唯李を睨みつけた。
「な、何を……。き、聞いてなかったの、私の話!」
「聞いてたよ。なんか、変なこと言ってるなぁって」
「へ、変なことって……何よその言い方は!」
凛央が叫びながら唯李の腕を押し返すと、コントローラーが床に落ちて無機質な音がした。
あれだけ冷静だった凛央の声に感情が戻った。凛央は続けて強い口調で言った。
「私の話、そんなにわからない? だから前から言ってるでしょ、私……嘘つきは嫌いだって!」
「そう。デビルだから嘘つきなの」
「なっ、何を……ふざけないで! そ、そうやって……! わ、私、やっぱり唯李のこと……き、嫌いよ! 本当は、ずっと嫌だったの! 隣の席だったときから……」
振り絞るように出した凛央の声は震えていた。
あれほど落ち着いていて氷のように冷たかった表情が、嘘のように揺れていた。
非難を口にしているのは凛央のはずだったが、追い詰められているのは彼女のようにも思えた。
黙ってじっと見据えてくる唯李の視線から逃れるように、凛央は大きく首を振ってうつむいた。
「私は、一人が好き。だから……本当はずっと、面倒だって、思ってたのよ! 表向き、仲のいいふりをしてきたけども! だからもう、私に関わらないで! 話しかけてこないで!」
ぎゅっと目を閉じて、両手のひらを握りしめて、凛央は大きく叫んだ。
それでも唯李は身じろぎもせず、まっすぐ凛央を見返して言った。
「じゃあダメだね、なおさら」
「な、何がよっ!?」
「あたし、超負けず嫌いだから」
「な、何よそれは……だから何だって言うのよ!?」
「だって、あたしは――」
そこで初めて唯李は目線を落とし、わずかに言いよどんだ。
すかさず凛央は眉根を寄せて、鋭くその顔を睨みつけた。
唯李は真っ向からその視線を見つめ返して、言った。
「――あたしは、隣の席キラーだから」
はっと見開かれる凛央の瞳。
その瞳に向かって、唯李は力強く語りかけるように言った。
「隣の席になった相手は一人残らず惚れさせるの。これまでだってずっとそうしてきたんだから、凛央ちゃんだけあたしのこと嫌いとか、そんなふうには言わせない。だから凛央ちゃんのことも絶対逃がさない。もう完全に落として、あたしのこと大大大好きにさせる。それまでずっと付きまとうから。このまま勝ち逃げしようったってそうはいかないよ」
はっきりとそう、言い放つ。
呆然と唯李の言葉を聞いていた凛央の唇が震え、かすれた音を漏らした。
「唯李……」
凛央はぐにゃりと歪みかけた口元を、手で覆って抑えつけた。
同時に膝から崩れ落ちるようにして、その場にうずくまった。
「どうして、そこまでして……」
伏せたまぶたから涙がこぼれた。凛央は泣いていた。
それでもなお繰り返し首を左右に振って、必死に否定の意を示す。
「だって……だって、違うのよ私は……! ただの偶然なのよ! 唯李の……隣の席になったのだって……!」
「凛央ちゃん変なこと言うなぁ。ただの偶然って、友達になるのも最初はそういうものでしょ? 凛央ちゃんは、偶然隣の席キラーの隣になっちゃったんだから、もうあきらめて」
面を伏せた凛央は、必死に押し留めていたものを爆発させるように、大きく肩を上下させ嗚咽を漏らしだした。
唯李はそのかたわらにしゃがみこんで凛央の背中に手を添えると、今度は優しい口調でささやきかけるように言った。
「ごめんね、凛央ちゃん。あたしってほら、ハーレム苦手っていうか、フラグ管理とかそういうの得意じゃないから、周り見えなくなっちゃうときあるし……。だから、凛央ちゃんが一人でご飯食べてたりしてることとか知らなくて……今も、なんで凛央ちゃんが怒ってるのかよくわかってなくて」
「違うの、怒ってるんじゃないの。もともと全部私が悪いの、全部、私のせいだから……」
「凛央ちゃんだけが悪いなんて、絶対そんなことないよ。そんなふうに言わないで」
「違うの、私が悪いの! 本当の嘘つきは私なの! だから私は、自分が嫌いなの!」
凛央がとうとう声を上げて、泣きじゃくりだした。
普段の凛央からは、到底考えられないような取り乱しようだった。
あまりの変わりように驚いたのか、唯李も当惑した顔で固まってしまう。
今度は頭で考えることはしなかった。
それよりも前に、条件反射に悠己の体は勝手に動いていた。
唯李最後の七変化。
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