お兄ちゃん
突然さらされた素肌が、天井の明かりを照り返して光る。
腕、肩、腰回り、足。シミひとつない白い肌の胸部と腰元には、薄いピンクで揃えたブラジャーとパンティ。
慌てるでもなくタオルを拾い上げることもせず、瑞奈がしてやったりと笑いかけてくる。
「安心してください履いてますよ~……。どう? びっくりした? びっくりした?」
「安心も何も、それアウトなやつだからな」
「なんで? 履いてるからセーフですよ。これ、この前買ったやつなのかわいいでしょお~」
瑞奈は脇に手を当ててポーズをとると、パンティの腰のあたりを軽く引っ張ってみせる。
「うん、かわいいかわいい」
悠己はそう言ってさらりと流す。
別に、とでも言おうものなら機嫌を損ねるのは間違いない。
しかし実際は瑞奈の下着も普通に洗ったりするので見慣れているのだ。
瑞奈は腕をやったぁ、とさせて、全身を見せびらかすようにくるりとその場で回転を始める。
「わかったから服を着なさい服を」
そう注意すると、瑞奈は椅子の背もたれに脱ぎっぱなしでひっかかっていた制服のブラウスを羽織った。
しかしこれだと上は隠れるが、下はやはり見えている。際どいラインを攻めてしまっている。
「下は」
「いいよぉ暑いし」
見えるか見えないかはあまり問題ではないらしい。
とはいえこれもいつものことで、暑いと言って風呂上がりはなかなか服を着たがらない。
下着単体で見るならなんとも思わないが、実際着用しているとなると少し話は違ってくる。
ここ最近、腰にくびれが出てきてお尻も膨らんできて、何より胸が急成長しているのだ。
そして本人にはそういう自覚があまりないところがよろしくない。
瑞奈が無防備に足を折り曲げてぼふっとソファの上に座るので、悠己はあさっての方に目を背けながら、
「また風邪引いても知らんぞ」
「ひかないもーん」
それに何より、生まれつきの体質なのか瑞奈は体調を崩しやすい。そのへんも母親似と言える。
楽だしよく眠れる、と言って夜も下着姿のまま寝たりと、本人の素行の悪さも相まって風邪なんかは定期的にやる。
やがて瑞奈がドライヤーで髪をゴーゴーとやりはじめる。
「手伝って」と言われ、後頭部の髪を手ですくいながら温風を当ててやる。
指通りのよいさらさらのストレートな黒髪だ。シャンプーなどは同じものを使っているはずなのに、やたらいい香りがする。
「さてと……」
髪を乾かし終わると、テレビを見始めた瑞奈を置いて立ち上がる。
軽く洗い物を済ませた後、一度トイレへ向かおうとすると、瑞奈が忍び足ですぐ後ろをついてきていることに気づいた。
「いつも言ってるだろコソコソ人の背後に立つなって。勝手に仲間になるなよ」
「えーだってだってぇ」
「だって何よ」
瑞奈に後ろに立たれると、いきなり背後からおどかしてきたりするのでどうも落ち着かない。
悠己の守備力が上がる一方で、瑞奈の攻撃力も着実に上がってきている。なのでいつになってもあまり気は抜けない。
トイレから戻ってくると、リビングで待ってましたとばかりに瑞奈が、
「ゆきくん一緒にゲームやろ!」
「いまから宿題やるからダメ」
宿題もそうだが、英語の予習は毎回やらないといけない。
唯李に次からちゃんとやりなさいと言われてしまった手前、またサボるわけにもいかない。
「え~そんなの後でやればいいじゃん~」
瑞奈が悠己の腕を取ってゆすり始める。
こうやって毎度毎度瑞奈から邪魔をされるのだが、こうなるとなかなか言うことを聞かない。
それになんだかんだで、悠己は瑞奈には甘い。
「わかったよ、ちょっとだけね。でも対戦すると瑞奈容赦なくボコってくるしなぁ」
「じゃ瑞奈がゲームやるから見てて」
「なにそれ」
そう言いつつも、おとなしく付き合ってやる。
というか瑞奈が勝手にゲーム機を持ってきて接続し、テレビの前に陣取ってしまった。
悠己が見守る中、瑞奈は一人でゲームのコントローラーをカチャカチャとやりながら、
「ねえねえあのスターどうやって取ると思う?」
「急に言われたってわかんないよ」
「も~。ゆきくんゲームって言ったらあれしかやらないもんね、逆転裁判官。好きだよねぇ~ああいうの。そのくせいつになってもクリアできてなかったし」
「まぁ所詮ゲームだからね。あれは実際とはちょっとわけが違うし、想定より意外と単純だったりね」
瑞奈は何がおかしいのか、口元をおさえて笑いをこらえる仕草をする。
悠己は推理モノやミステリー好きなくせに、思惑をことごとく外すため、家族には的外れキャラとしてよくからかわれる。
ただ悠己としては、毎度ちょっと深読みしすぎてしまっているぐらいにしか思っていない。
なのでそういう扱いは不本意だ、というと、コントローラーを手放した瑞奈が急に立ち上がり、ソファの上に座っていた悠己の頭に手を伸ばしてくる。
「よしよし。お兄ちゃんはかわいいね~」
猫撫で声を出して頭に触れてくるので、手でしっしと振り払う。
だが瑞奈は懲りずにすぐ隣に腰を落とすと、胸元に体をあずけるようにしなだれかかってきた。
「ねぇねぇお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃ~ん」
「お兄ちゃん、は一回で」
「うぉにぃぃいちゃぁん!」
「だからって力強くしなくていいよ」
いつだったか「いつまでもお兄ちゃんはなんか子供っぽい感じがする」だとか言いだして、呼び方が変わった。
普段はゆきくんだが、甘えモードだとお兄ちゃんになる。だから瑞奈がお兄ちゃん呼びをしてくると、たいていそういう合図だとわかる。
「ゲームは?」
「飽きた~」
「つけっぱなしにしないで消しなよ」
「ごろごろごろ」
するすると背後に回り込んだ瑞奈が、体重をかけて寄りかかりながら抱きついてくる。
昔からよくやるじゃれかたではあるが、やはり体が……主に胸が成長してきてしまうと、どうしても感触その他諸々に問題が出てきてしまうわけで。
「なでり、なでり」
瑞奈が勝手に悠己の手を取って、自分の頭を撫でさせる。
手刀を作ってずべし、とやると、がぶっと噛みつかれそうになるので手を引っ込めた。
その後再び瑞奈は背中抱きつきに戻ってループしようとするので、
「こういうのもいい加減やめようか。もう子供じゃないんだし」
「どうぇええええーーっ!?」
「どっから声出してる」
瑞奈はすぐそばでちょこんと正座すると、胸の前で両手を組んで小首をかしげて、「うふ」と作り笑顔で可愛さアピールをしてきた。
なんかやらかした時とかのごまかし常套手段。父なら一発でだらしなく顔が緩むが、悠己には通じない。
しかしふと思い立ち、悠己は自分から手を乗せて頭を撫でてみると、へにゃっと瑞奈の口元が緩んだ。
「これ、嫌じゃない?」
「んなわけない。もっともっと」
「女の子は気安く頭を撫でられるのは嫌だと」
「それはきっとツンデレってやつだね。でもどしたの急に」
「いや、別に……」
瑞奈の意見はやはりあまり参考にはならなそうだ。
調子にのって体を擦り寄せてくる瑞奈を、ていっと押しのけて立ち上がる。
「ゆきくんひどいもう。どこいくの?」
「風呂入ってくる」
「ゆきくんが一緒に入りたいって言うなら、入ってあげてもいいんだけどなぁ~」
「バカ言え。大体、瑞奈はついさっき入ったでしょ」
立ち上がって風呂場に向かおうとすると、「待った」と腕を引っ張られる。
「なんだよもう」とすぐ振りほどこうとしたが、瑞奈が急に神妙な面持ちになって「そこ座って」と床の座布団を指さした。
仕方なく言うとおりにすると、対面に瑞奈が正座してやはり真面目な顔で言った。
「ゆきくんに大切なお話があります」