邪魔者 2
フードコートの席で飲み物をお互い空にして、休憩終わり。
さて次はデビルが何を要求してくるのかと思っていると、唯李が突然「瑞奈ちゃん一人だとかわいそうだもんね」と言い出したので、結局そのままデパートをあとにした。
すでにパーティの話を瑞奈から聞いていたらしい。
「サプライズってなんだろうね?」と振られたが、悠己も「パーティやるからね!」ぐらいで、具体的な話は何も聞いてない。
段取りもグダグダっぽいので、おそらく一緒に準備させられるのだろうと覚悟しながら、唯李とともに自宅に戻ってくる。
家にいるときもちゃんと閉めて、といつも言っているのに、扉は鍵がかかっていなかった。
玄関口に普段履きしている瑞奈の靴が見当たらず、一瞬開けっ放しで出かけたのかと思ったが、代わりに見慣れないサンダルが行儀よく置いてあって悠己はいよいよ首をかしげる。
まさか強盗……? いやそれならこんなきれいに履き物を脱ぐわけがない。
不審に思いながら、悠己は唯李より一足先にリビングへ入っていく。
西日の差し始めた部屋の中はやたらと静かだった。
やはり誰もいないのか、と悠己が思いかけた矢先、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けた影に目が留まった。
妙なことにまるで存在感がなかった。人影はゆっくり立ち上がって、こちらを向き直った。
「あれ、凛央ちゃん?」
背中のすぐ後ろで唯李の声がした。
唯李と一緒になって視線を向けると、凛央はテーブルの上に目線を落として言った。
「瑞奈に呼ばれたの」
やけに平坦な口調だった。
テーブルの上には、器にあけられたお菓子や、箱をきれいに切り取ったお菓子が見栄えよく広げられており、脇に大きなペットボトルのジュースが二本とグラスが三つ並んでいる。
おそらく凛央が用意したのだろう、瑞奈にはできそうにない芸当だ。
唯李はそれを見て「わっすごい!」と感嘆の声を上げると、それきり黙っている凛央をよそに、少し驚いた顔で悠己を見上げてきた。
「凛央ちゃん、瑞奈ちゃんとも知り合いだったんだ?」
「そうそう、勉強とか見てもらってて」
「へ~……知らなかったなぁ。ていうか家に来たことあったんだ……」
「ん? なんか不満?」
「いや別に?」
というわりに若干口調が硬いのは気のせいか。
悠己は再度部屋の中を見渡すと、どこか宙を見つめたままの凛央に尋ねる。
「瑞奈は?」
「ちょっと買い忘れたものがあるからって、出かけたわ」
これだけあって何を忘れたというのかわからないが、どうせまた変なおふざけをするつもりだろう。
それでもこのおかしな状況の謎が解けたのもあって、悠己は軽く胸をなでおろす。
「ん~でもサプライズってなんなんだろうなぁ? どっちにしろ瑞奈ちゃん待ちかぁ……。なんか準備は完璧に終わってるっぽいし……どうしよっかな。じゃあちょっと肩慣らしするかぁ」
そう言いながら唯李はテレビがある奥の方へ歩いていくと、その手前のソファにカバンを下ろし、中からゲームのコントローラーを取り出した。
「ここで会ったが百年目……今日こそリベンジ」
デートにゲームのコントローラーを持ってくる女。
最初からやる気満点だったらしい。確かにカバンの中身はあまり見せないほうがいいだろう。
唯李は一人でブツブツ言いながら、勝手知ったる調子でテレビにゲーム機を接続してゲームを始めた。
あれどうする? という意味を込めて、悠己は凛央に目配せをする。
だがやはり凛央は、じっとテーブルの上を見つめて立ちつくすだけだった。いよいよ少し様子がおかしい。
じっとその顔を注視していると、凛央は急に目線を上げて、まっすぐに悠己の目を見つめてきた。
「ちょっといい? ちょうどいい機会だから、話があるんだけど」
急にそう切り出した凛央は、悠己の返事を待たずにその先を続けた。
「成戸くんと、唯李の話が噛み合わないの。どっちかが……いえ二人とも、私に嘘ついてるでしょ?」
「嘘?」
「要するに私のこと、気に入らないんでしょ? 二人とも嘘をついて私のことを煙に巻いて……そういうことなんでしょ? それなら邪魔だって、はっきり言ってくれていい」
有無を言わせぬ鋭い物言い。
突然のことに悠己はやや面食らいつつも、凛央から目をそらすことなく聞き返す。
「俺は別に嘘はついてないと思うけど……急にどうしたの? なんかあった?」
「別になにもないわ。ただ、忘れてたことを思い出しただけ」
そう言い切った凛央の顔はいつにもまして、いやこれまで見たことがないほどに表情が失せていた。
淡々と、事務的に……感情の伴わない声で、言葉を紡いでいく。
「私言ったわよね、嘘つきが嫌いだって。とぼけた顔してやってくれるじゃない。本当に陰湿ね」
「ええと、よくわからないけど……俺が何かしちゃったのならごめん」
「違う、全然そうじゃない。謝ればいいっていう問題じゃないのよ」
頭を下げようとするが、凛央は取り合おうとしなかった。
先ほどから発言に一貫性がなく、言わんとすることがまったく要領を得ない。
一度お互いが沈黙になる。
唯李がコントローラーを激しく連打する音と、ゲームの音だけが室内に響いた。
少し離れているとはいえ、唯李にも聞こえていないはずがない。
しかし唯李はよほどゲームに熱中しているのか我関せずなのか、テレビに向き合う姿勢を崩さなかった。
もしや悠己の知らないところで、唯李との間に何かあったのか。
かたや凛央も唯李の方を顧みるそぶりはなく、ただ悠己に向かって話を続ける。
「私の噂、知ってるでしょ? 周りから恐れられて嫌われて……そういう人間だから」
「いや俺は……凛央のことそんなふうには思わないけど。一人で努力して、なんでもかんでもできるし、本当すごいと思う」
「そうよ、私は強いから、一人でなんだってできるから。君みたいにただフラフラしてる一人ぼっちとは違うの。もう、あそこにも来ないでくれる? 迷惑だから。私の見つけた場所だから。私一人の場所だから」
冷たい声だった。初めて会ったとき、いやそれよりもずっと。
一切の反論も許さぬ強い語気は、唯李のことで弱気になっていた彼女とは、まるで別の人間のようだった。
今度もまた、何か思い違いをしているのではないかと疑うが、詳しいことは何も話してくれない。
完全に対話を拒否する凛央の態度に、とっさに返す言葉が浮かばないでいると、凛央がキッチンのほうを見て体の向きを変えた。
「じゃあ私、帰るわ。冷蔵庫に瑞奈が買ってきたケーキ入ってるから」
「ちょっと待って、一緒にパーティするって……」
「冗談言わないで。私なんかがいたら、パーティだってぶち壊しでしょ?」
凛央はそこで初めて薄く笑った。
明後日のほうを向いたまま口元を歪めて、吐き捨てるように言った。
「今日も二人で仲良くお出かけしてきたんでしょ? ならもう私のことはいいじゃない。お似合いよ、隣の席キラーと、嘘つき鈍感男」
凛央は唯李のいるリビング奥へ一瞬だけ視線をやると、すぐにくるりと踵を返した。
「…………さよなら」
玄関口に向かって歩き出す凛央の背中から、小さくそうつぶやいたのが聞こえた。
私は強いから。一人で何だってできるから。
そう彼女が拒絶するなら、悠己に引き止める術はないと思った。言葉を持たなかった。
なぜなら凛央はこれから先、一人でもどうにかしてしまうのだろう。
実際自分たちは、彼女にとって重荷でしかないのかもしれない。
でもそれは、本当に……。
悠己は去っていく凛央の後ろ姿に手を伸ばしかけて、二の足を踏んだ。
するとそのとき、まるでその場の空気を裂くような鋭い声がした。