サプライズゲスト
凛央が初めて唯李の家に呼ばれて、一緒に遊んだその日の夜。
唯李の部屋にあったお笑いライブのDVDに出ていた芸人を、凛央がスマホの動画でチェックしようとしていたところ、
『明日家でパーティやるからりおも来て! ゆいちゃんも来るよ! りおはサプライズゲストね!』
いきなりそんなラインが瑞奈から送られてきた。
なぜいきなりパーティ? なぜ唯李が? といろいろ引っかかりはあったが、明日は特に予定もなくどのみち暇を持て余していたのでオッケーの返信をする。
一応サプライズゲストということなので、悠己や唯李には黙っていてとのこと。
凛央にとってサプライズゲストはもちろん、人の家でパーティなんてのも初めての経験である。
(パーティって何するんだろう……?)
期待半分不安半分。
次の日凛央は一人家を出発して、近くのバス停から駅方面へのバスに乗る。
いつも降りる学校前のバス停を素通りして、そのまま駅前へ。
午後連絡したら家に来て、という瑞奈の話だったが、張り切って早めに自宅を出てしまった凛央は、駅近くで時間をつぶすことにする。
ふと昨日唯李に「今度一緒に洋服でも買いに行こうか」なんて言われたのを思い出して、下見がてら駅隣りのデパートの洋服売り場をしばらくウロウロとした。
そのうちに「そろそろ来て!」と瑞奈からラインが来たので、見るのをやめて成戸宅へ向かうことにする。
エスカレーターを降りて一階に戻ってくると、少し離れた位置からかすかに聞き覚えのある声がして、何気なくそちらを視線をやった。
(あれは……唯李と成戸くん……?)
暗めの服、珍しい格好をしていて別人かと思ったが、やはりあれは唯李で間違いない。
そして何よりその隣を、いつもののらりくらりとした足取りで悠己が歩いている。
凛央はとっさに物陰に身を隠すと、進行方向を変えて二人の後を追い、やってきた道のりをほとんど逆戻りする。
階を上がって二人がやってきたのは洋服売り場。
何やらあれこれと言い争いをしているようだが、唯李はやたら声を張り上げていて楽しそうだ。
やがて二人が別れて、悠己が一人で店の外に出ていく。
手すりにもたれてぼんやりしている悠己の様子を遠目から伺っていると、突然悠己が振り返ってあたりを警戒するようなそぶりを見せたので、こちらもすばやく身を翻してあさっての方角へ歩き出す。
意外に勘が鋭いのかもしれない。
凛央はそのまま一度トイレに避難すると、念のため持ち歩いていたマスクを装着し、さらにゴムで髪を後ろでまとめて変装をする。
そして再びお店の中に戻ってくると、試着室の中では唯李がくるくると回って、服を見せびらかしているようだった。
(なんなのあれ……? かわゆいとか頭ゆいとか……)
あんなハイテンションな唯李は見たことがない。
凛央がこれまで見たこともない表情……昨日自分と遊んだときとはまったく違った顔を見せている。
(でもすごく楽しそう……)
思えば昨日の唯李の様子もどこかおかしかった。
「他にあたしのことなんか言ってた?」などとやけに悠己のことを気にしているふうだった。
「ほらここ見るよ! こっち!」
その後も優しく見守ってあげているどころか、わがまま放題言っているのは唯李の方らしかった。
悠己も満更でもなさそうにそれに応えていて、あしらいに慣れているようでもあり、普段から二人はそんな調子だと言われても納得がいく。
そして何より決定的な台詞を、凛央の耳は捉えた。
「こちとらデビルやぞ? ああん?」
(やっぱりデビルじゃないのよ! デビル唯李……!!)
一瞬耳を疑ったが、間違いなく唯李はそう言った。
昨日言ったこととやってることがまったく違う。いったいどういうことなのか。
凛央はその後も尾行を続け、遠巻きに様子を観察する。
タピオカミルクティーの行列に並んで飲み物を手にした二人は、奥のフードコーナーの席に移動した。
見失わないよう二人の位置を確認した凛央は、カモフラージュのためフードコートでかけうどんを購入すると、こっそりと二人の背後から接近し、背中を向けて近くに席に腰掛ける。
そしてうどんをすすりながら、二人の会話をこっそり盗み聞く。
「えっ、知らないのタピオカチャレンジ。タピオカ鼻から飲むの超はやってるんだよ知らない?」
「世も末だね。危険じゃないのそれ」
「そうそう、最悪死ぬから。インスタも命がけよ」
(なんて恐ろしい会話をしているの……)
まさに悪魔の囁き。デビルズ・トーク。
「ほらほら撮っててあげるからやってみて」
「自分でやりなよ。デビルなんだから余裕でしょ? デビオカ唯李」
「ん~デビオカ唯李バズっちゃうか~? ってなるかばか」
(悪魔を退治するどころかのさばらせているじゃないの! さっきからうまいこと手なづけて……プリーストどころか、やつこそがデビルマスター……)
いかにして相手の鼻にタピオカを詰めさせるかで押し問答をしている。
傍目にはいかにもバカップルがイチャイチャしているようにも見えるが、ストローからタピオカを吹き出してタピオカ鉄砲だの、実際やってることは小学生レベルのデビルっぷりにもうついていけない。
(そういうことだったのね……ふたりともグルになって私を……! デビルマスター成戸にデビル唯李……!)
ずるずると最後のうどん一口をかきこむと、携帯が鳴った。瑞奈だ。
とはいえここでうかつに電話に出て二人に気づかれるとよくないので、一度通話拒否にする。
するとすぐさま瑞奈からラインが来た。
『りおどこにいるの? 早くしないと二人が帰ってきちゃうでしょ!』
どうやら時間切れのようだ。
自分を騙したデビルたちとパーティ……などというのはもうお断りしたかったが、瑞奈との約束を反故にするのも気が引ける。
それに何より、はっきり確認したいことがあった。
まだゴチャゴチャとやっている二人を置いて、凛央はデパートを後にすると、とぼとぼと歩いて瑞奈の待つマンションへ。
マンションのある通りまでやってくると、ちょうど買い物袋を両手に下げた瑞奈が、路地の向かい側からやってきた。
瑞奈は凛央に気づくなり、
「遅いよりお、何やってたの!」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと……」
「持って持って!」
瑞奈が両手に下げた手提げバッグには、お菓子やらジュースやらがパンパンに入っている。
その片方を持って、凛央は瑞奈とともにマンションの一室にやってきた。
テーブルの上に買い物袋を置くと、早速瑞奈は中をがさがさとやりながら、
「早く準備しないと。りおも手伝って!」
机の上にあれこれお菓子を広げ始めた。
まったく別のことを考えていた凛央は、呆然とそのさまを眺めていたが、やがて瑞奈に向かってゆっくり口を開いた。
「……少し、聞きたいことがあるんだけど。あの二人のこと」