言いなりデート3
そのまま店を出るのかと思いきや、二、三歩行ったところで唯李はすぐに足を止めた。
ネックレスやペンダントが陳列されているショーケースに張り付いて、中をのぞきながら感嘆の声を上げる。
「わ~きれい、なんかいっぱいある~」
悠己がその背後を素通りしようとすると、唯李がノールックで服の裾を掴んでくる。
仕方なく立ち止まると、唯李は「見てあれかわいくない?」とチェーンの先端に光る石のついたペンダントを指さした。
「唯李はもう石あるでしょ」
「おもちゃもうお家にあるでしょみたいな言い方やめてくれる?」
「そういえば効果はどう?」
「まあ、おかげさまでね~……」
唯李はショーケース内から目を離さずに言葉を濁らせる。なんだかあまり触れたくなさそうな様子。
やはり一方的にプレゼントだなんだというのは押し付けがましかったか。
「まぁそんな大層なものでもないしね。必要なかったら別に……」
悠己が言いかけると、急に唯李はカバンの中をゴソゴソとやりだした。
そして取り出したるは、それぞれ違う色をした二つのパワーストーン。どちらも以前に悠己があげたものだ。
「あ、それ持ち歩いてくれてるんだ?」
「ま、まあね~……、気休め程度に?」
「へえ、そっか。ちゃんと持っててくれたんだ」
石の乗った手元から視線をずらすと、若干上目遣いの唯李と目が合う。
「……な、何?」
「いやぁ、なんかうれしいなあって」
そう言うと唯李は口元をムズムズさせながら、どこか決まりが悪そうにふいっと顔をそらす。
そしてごまかすように石をカバンに突っ込むと、すぐ近くにあったサングラスのひっかかっているラックを指さした。
「あ、あー! サングラスがある~」
唯李はそのうちの一つを手に取ると、ずいっと悠己の顔の前に突き出してくる。
「ねえねえ、これちょっとかけてみて」
「やだ」
即答するといきなり肩をグーでこづかれた。
「痛いな、何すんの」
「言いなり拳」
そして唯李が「言いなりだろ?」と言わんばかりに顎を持ち上げて見上げてくる。
嫌々ながらもサングラスを受け取って装着すると、唯李は首を傾けて顔をのぞき込んできた。
「ぶふーっ! 似合わなーい。あれだね、悠己くんの場合ローアンドローだね。ぶふふっ」
何がそこまでおかしいのか、唯李はケラケラといつまでも笑いが止まらない。
その様子を見ているうちに無意識に伸びた悠己の手が、唯李の頬をつまんで引っ張っていた。
「いだい」
「あ、ごめんつい手が」
慌てて指を離す。ものすごくつねってやりたくなる顔をしていたので我慢ができなかった。
一応笑い止んだはいいが、今度はぎゃあぎゃあうるさくなるだろう。
そう思って悠己が待ち構えていると、唯李は意外にもおとなしく、ただほっぺを押さえて不自然に口元を歪めている。
「……何をニヤニヤしてるの?」
「ん? ん~、別にぃ~?」
「ふぅん? 気持ち悪いなぁ」
「今日それ二度目だぞ貴様。さっきはスルーしてあげたけど気持ち悪いってどういうことよ気持ち悪いって」
はて二度目? と首をかしげる悠己に向かって、唯李が怒涛の勢いで詰め寄ってくる。
「自覚なしか? デート中ちょくちょく気持ち悪い差し込んでくる彼氏いるか?」
「いやわかんないけど……彼氏じゃなくてドムなんでしょ?」
「何がドムだよしょうもない。修正パンチすんぞ?」
唯李はまたも金運と癒やしの石を取り出して一緒に握りしめ、拳をかざしてくる。
「見よこの二つ重ねがけ。メンタルゴールドパワー」
「エナジードリンクみたいだね。瑞奈と同じようなことやってるし」
「だから一緒にすんなっつうの」
言われて恥ずかしかったのか唯李はそのまま石をカバンに戻すと、「ちょっと貸して貸して」とサングラスを悠己から奪い取っていく。
そしてそれを自分で装着すると、ニヤリと笑いながらシャフトをつまんで角度をつけてみせた。
「ふっ、これが若さか……。見て見てどうよこれ? 似合う?」
「調子乗ってる中学生みたい」
「誰がイキリ中学生だよ。じゃあはい、ここで決め台詞その三! 『ゆいはかっこゆい!』」
「ゆいはかっこわらい」
「ゆいは(笑)ってか! あーこりゃ一本取られた面白いねー! よし次行くぞ次!」
唯李はサングラスを外して元の場所に戻すと、べしべしと肩を叩いてくる。強い。
しかし無駄に声が大きいせいか、すれ違った女の子二人組にジロジロ見られた。
デビルだか言いなりだかしらないがこのノリ、さすがにしんどくなってくる。
「ごめん唯李……」
「ごめんゆいなんてそんな決め台詞ないよ!」
「これ以上無理」
「これいじょうむりなんてのもないよ!」
「ゆいは頭かわゆい(笑)」
「全部言えばいいっていう問題でもないよ!」
非常にうるさい。
悠己がしかめっ面をしてわざと手で耳をふさいでみせると、唯李は再度取り出した丸めた言いなり券を鼻先に突きつけてきた。
「なんだその顔~? いくか? 奥までいくか? 口から出すか? ん~?」
本人いまだテンション落ちずやたら楽しそうである。
これぞまさしくデビル。
悠己は耳から手を離すと、これみよがしにはぁ、とため息をつく。
「いやなんかもう疲れちゃったよ」
「なにかわいく言っとんねん。こちとらデビルやぞ言いなりやぞ? 疲れたですむんか? ああん?」
「どこかで休憩しようか。なんかおごるからさ」
「うん休憩休憩」
そう提案すると、唯李は意外にも素直にコクコクと頷く。
お店を出て階を移動し、飲食店が並ぶフロアのほうにやってくると、遠目に十数人ほどの行列ができている。
近づいていくと、「NEWオープン!」とでかでかと書かれて飾り付けられたイーゼルが立っている。
「タピオカドリンクだって、結構並んでる。こんなお店できたんだ。どうする?」
振り返って唯李に尋ねる。
すると唯李は並んでいる列に向かって鼻で笑ってみせて、
「はっ、まったくどこもかしこもタピオカってよ。お前らタピオカ言いたいだけちゃうかと。そんでアホみたいに並びやがって」
「じゃあいらない?」
「いるー超いるー!」
はーいはーいと勢いよく手を上げた唯李は、はしゃぎながら我先に行列の最後尾に加わると、悠己に向かって大きく手招きをした。
タピオカをデビルの鼻に押し込むチャレンジボタンは下にあります。