言いなりデート2
特に見るものもなかったのでお店の区画から出ると、悠己は吹き抜けになっている手すりにもたれて、建物のホールをぼんやり眺めながら待つ。
その時ふと、誰かに見られているような視線を感じて振り返るが、通りすがる人の中に見知った顔があるわけでもない。
気のせいか……と思いながら待つこと数分。
携帯にデビルから『いでよわがいいなり券属! 眷属だけに』とお寒いメッセージが来たので、試着室の前まで戻ってきて声をかける。
「じゃーん!」
勢いよくカーテンを開けた唯李は、春物らしい薄ピンクのスカートと白ブラウスという装いで姿を現した。
それはともかく汚いな……と雑にカゴにぶちこまれたデビル服のほうに気を取られていると、唯李が顔を見つめて「早く褒めろ」と言わんばかりに何やらパチパチと目配せをしてくるので、
「うおっ、すごい」
「褒めるの下手くそか。まあいいわ想定の範囲内だわ。じゃあはい、ここで決め台詞『ゆいはかわゆい!』」
「ゆいはかわゆい……?」
「疑問形じゃなくてテンション高く言って」
「ゆいはかわゆい……!?」
「サスペンス風になってるけど」
唯李は「もっと腹から声だせ」としつこくやり直しを要求してくる。
こんな所でアホなことを口走って白い目で見られるのも嫌なので、ここは話をそらしてごまかす。
「暗いのもいいけど、やっぱり唯李は明るい色が似合うと思うよ」
「ふ、ふ~ん、そう? そんなに言うならしょうがないなぁ~……買おうかな~」
専門的なことはよくわからないが、褒めろと言われたので褒めてみた。
すると唯李は試着室の鏡を振り返って、改めて自分の立ち姿を確認しながら、しきりにスカートの裾を伸ばしたりして生地を確かめだす。
が、タグを手にとって値札を見ると何やら思案顔になって、
「う~ん……でも今買っても荷物になるしなぁ。それに春物だからそろそろ値下げになるはず」
「へえ、そうなの?」
「悠己くんに騙されてるかもしれないし」
やはり意外に冷静。
せっかくデビルならもうちょっと勢いが必要だと思うのだが余計なお世話か。
そんなことを思っていると、唐突に唯李がぴしっと悠己の顔を指差してきた。
「はいここで決め台詞その二『ゆいは頭ゆい!』」
「ゆいは頭ゆい……?? なにそれは……?」
「渋い顔だね。難問に直面した顔してるね」
難問も難問である。
何かの隠語か……? と悠己は頭をフル稼働させて解釈を試みる。
しかしやっぱりどうでもよくなって投げようとした寸前、ふとある閃きを得ると、一歩近づいて唯李の頭に手を伸ばした。
指先が髪に触れると、唯李ははっと顔色を変えて一歩飛び退く。
「な、な、何よ急に!」
「いやほら、頭かゆいのかと思って」
「頭ゆいだっつってんだろ」
すごい勢いでキレられたが今のは頭かゆいが正解ではないのか。
「あ、わかった。ゆいはかゆうま的なやつ?」
「誰がゾンビなりかけだよ」
結局真相は謎のまま、服の購入は見送りとなる。
先に店を出た悠己は、再度唯李の着替えタイムを待って合流する。
「さ~てお次は……」
唯李は周りをきょろきょろとしながらデパートの通路を歩いていく。
特に目的地はなさそうで、何かすでにネタ切れ感が漂っている。
しかしものの数分も行かないうちに、雑貨屋の店頭に置いてある巨大な熊のぬいぐるみを発見して、唯李はふらふらとそちらに近寄っていく。
「わ、かわいい~……」
唯李が勝手に雑貨屋に吸い込まれていくのを、悠己は横目で見ながらまっすぐに進むと、
「っておいどこ行く」
素早く戻ってきた唯李に服の袖を引っ張られる。
何やら責めるような口調だが、悠己もじっと唯李の顔を見返して、
「おいどこ行く? はこっちのセリフだけど」
「いやそこは後ろからついてきて微笑ましい感じで暖かく見守れよ。なんで隙あらば別行動始めようとするわけ?」
いちいち注文が細かい。
寄りたいなら寄りたいとはっきり言ってくれないとわかりづらい。
しかし今日は一応言いなりということなので、それ以上反論はせず唯李の後についてお店の中に入っていく。
店内は所狭しと雑貨やおもちゃやお菓子などが、派手なPOP類とともにごちゃごちゃと並んでいる。
悠己は見るのも来るのも初めての場所だ。
すれ違うのも苦労しそうな狭い通路を、唯李は勝手知ったるような足取りで進む。
途中ペンギンだか鳥だかよくわからないぬいぐるみが並んでいるところを、べし、べし、べしと一体ずつ頭を軽く叩いて素通り。
るんるんとやたら上機嫌……というか下手すると頭がちょっとアレな子にすら見える。
「頭ゆいってそういうことか……」
「ん~? 今さら褒めても遅いよ~?」
本人的には褒め言葉らしい。相変わらず闇が深い。
外国製の変な人形だのアニメの怪しいオマージュグッズだのにあれこれツッコミを入れながら、唯李は気の向くままに店内を練り歩く。
やがて書籍が少しだけ置いてある一角にやってくると、唯李は目立つように置いてある血液型がどうたら、という本に目を留めて尋ねてきた。
「そういえば悠己くんって何型?」
「汎用人型」
「そういうのいいから。血液型」
「B型」
「B? へ~、へ~~……」
「……何をニヤニヤしてるの?」
「別に~?」
唯李はにまにまと頬を緩ませて流し目を送ってくる。一体何がおかしいのか。
悠己が不意に頭パーンしてやりたい衝動に駆られていると、
「ねえねえ、じゃああたし何型だと思う?」
「さあ?」
「ちょっとは考えろよ。乗ってこいよ」
ご機嫌モードから一転して険悪モードに。
仕方なく話に応じて考える素振りをしてみる。
「ん~……AB?」
「違いま~す」
「B?」
「違ーう」
「A?」
「全部外すんじゃねえよ」
そう言い捨てた後、唯李は「はぁ~~」とおおげさにため息をついてみせて、
「悠己くん、ほんと人見る目ないねぇ~」
「いや、そんなたかが血液型ぐらいで……」
「こういうの読んでちょっと勉強したほうがいいんじゃないの? O型女子の取扱い方みたいなの」
「ふっ」
「……何を鼻で笑ってんの?」
唯李は血液型の本を手に取ると、手にとってパラパラとめくって悠己にみせつけてくる。
「なになにO型は……時間にルーズ。おおざっぱ。部屋が汚い……うわすげえ、あたってる」
「うわすげえじゃねーよ、あたしの部屋見たことあんの?」
「うるさい。やかましい」
「ただの悪口じゃん。ていうか書いてね―だろそれ」
そうじゃなくていいとこ言えいいとこ。
とうるさいので、O型の長所と書かれているところを見て、
「ええと、協調性があり相手に合わせてあげることができる……やっぱ血液型はあてにならないね。O型っていうのもそもそも唯李の自己申告だし」
「ついに人を疑い出したよこの男」
「ほんとはABとかでしょ?」
「さっきもそうだけどなんでABおすかな?」
「瑞奈がABだから」
「へえ、瑞奈ちゃんがAB……って、そうやってまた人を妹扱いしてくるわけね? あたしそんな言うほど似てるとは思わないけど」
「ん~……それはまあ、なんだかんだで合うのかなって思って」
そう言うと、唯李はきょとん、とした顔で一度固まった。
かと思えば、急にまばたきが増えて視線を泳がせだして、挙動が怪しくなる。
「そ、そうね~……ま、まああたしも、ABっぽい面もあるかもね。アサルトバスター的な?」
「というかそもそも血液型とか別に関係ないと思うけどね」
「ん? 今のくだりなんだった? 時間のムダだよなぁ?」
唯李は勢いよく本を閉じると元の場所に戻し、「ホラ次行くぞ次!」と荒ぶりながらせかしてきた。
頭ゆいが頭かゆいに進化するボタンは下にあります。