言いなりデート
「でその券で何をしろって?」
「今日は唯李ちゃんの言いなりデート!」
唯李はハイテンションを維持したまま、勢いに乗ってそう言い放つ。
一拍置いたのち、悠己は首を傾げて聞き返す。
「言いなり券使ってデートしたかったの? 俺と?」
「あっ、ち、違う! でっ、デートっていうか、何ていうの? で、デート的な? デートもどき? そ、そう、きたるときに備えた予行演習的な。ま、まあ要するに君は踏み台よ。ドムよドム」
すると唯李は急に慌てふためきながら、ごちゃごちゃとやたら早口であれこれ言う。
しかし相手が自分の言いなりでは、来る時のデートとやらの練習には全くならないと思うのだが突っ込んだら負けなのか。
「だからね、最初からやり直し」
「最初から?」
「あたしが『待った~?』って来たら、そしたら笑顔で『全然待ってないよ』って言って」
「待ったのに待ってないよって言うような関係はいずれ破局するのでは?」
そう返すと、唯李はピタッと固まって一度目線を上に向けた。
そしてにやっと薄気味悪い笑いをして、
「ふふん……それなりに考えてはいるのね」
「何その笑い、気持ち悪いなぁ」
「じゃあいいよ、とりあえず悠己くんの好きにやってみて」
結局なんなんだよと思ったが、いちいち突っ込んでいてはキリがない。
「ここにいて」と言い残し、悠己から一度距離を取って人混みに紛れた唯李は、再度人の間を縫いながら笑顔で近づいてきた。
「ごめーん待った~?」
「待った。唯李ってなんだかんだで毎回遅れてくるよね。何なの?」
「ここぞとばかりに言うね? それだと今すぐ破局するけど?」
好きにやれというから、こちらはその通り客観的事実を述べただけだ。
さっと真顔になった唯李は額に手を当てて軽く目を閉じると、若干うつむきながら何事か考えだした。
が、すぐにぱっと顔を上げて、
「まあいいや、次行くよ次!」
駅の方を指差して勝手に歩き出した。やたらテンションが高いが、結局遅れた理由は語らずじまいだった。
どうせおおかた黒い格好をするのに迷ったとかそんなことだろうが。
唯李が張り切って一人行ってしまうので、仕方なく隣に追いついて歩く。
「どこいくの?」
「まずはあそこかな!」
唯李は意気揚々と駅に隣接した大型デパートを指差す。
建物は一等地にあり目立つものの、基本悠己にはあまり用がない場所だ。
「唯李からどこそこ行く! って言うのは珍しいね」
「今日はデビルだからね、いつもの唯李と思ったら死ぬぜ?」
「でもそうやって素直に言ってくれる方がいいなぁ」
「そ、そう?」
隣から唯李が悠己の顔色を伺うように視線を送ってくる。
またノープラン? と文句を言われるぐらいならこのほうがずっといい。
大手を振ってデパートに入店。
悠己が周囲をきょろきょろとする一方で、唯李は勝手知ったる足取りでエスカレーターへ向かう。
おとなしく唯李にならって二階、三階と上がっていくと、唯李はエスカレーターを下りた先で、
「じゃあまずはこの階で洋服見るよ」
「じゃ俺上にある本屋見てるから」
「オイ待て」
悠己がくるりと踵を返すと、はしっと服の裾を掴まれた。
威圧感たっぷりに唯李がずいっと顔を近づけてきて、
「なんでいきなり命令に反してるの? 言いなりはどうした?」
「いやほら……俺別に服欲しくないし」
「何なの? 母ちゃんの買い物につきあわされるオヤジか? あたしと一緒に見るの、わかる? あれ似合いそうだね~これもかわいいね~って」
「ああ、それやりたいんだ」
「なにそのしょうもないみたいな言い方」
唯李は言いなり券を悠己の鼻先に突き出してきて、
「これだよこれ、見えない? 突っ込むぞ? ん?」
「……そういう使い方?」
なぜか言いなり券を鼻に入れようとしてくる。
突っ込まれてもたまらないので、おとなしく唯李の後についてテナントとして入っているファッションショップへ。
よく来るのかここでも唯李は慣れた足取りで売り場を徘徊しながら、悠己を振り返って言う。
「ん~じゃあね~……あたしってどういうの似合うと思う?」
「人の意見じゃなくて自分で考えれば?」
「そういうことじゃねえんだよなあ……」
唯李は言いなり券を印籠のようにちらつかせながら、
「唯李はなに着てもかわいいだろうしなぁ~って言え」
「自分で言ってて虚しくならない?」
「超楽しい」
「なに着てもってことは全身タイツとかでもかわいいってすごいよね」
「なにを勝手に着せてるわけ?」
グチグチとうるさいので、悠己はとりあえず目についたマネキンの着ている服を指差して言う。
「これいいんじゃないこれ」
「おっ、ちょうど目の前にいいのあった? 一番近いの適当に言ったわけじゃなくて?」
デビル唯李は意外にするどい。
疑いつつもじっと何やら考え込んで、
「う~ん……こういうのは唯李ちゃんっぽくなくない?」
「じゃあ誰ちゃん?」
「誰ちゃん? ん~……瑞奈ちゃんっぽいかな?」
そう言われてもいまいちピンとこない。
瑞奈はあまり服に頓着しないのか、着れればいいというスタンス。
この前もパンツが破れたから買ってきた、とかで見せびらかしてきて騒いでいたレベルだ。
あまり出かけたがらないのでそもそも服がいらない。
「どう思う?」
「ん~……瑞奈はあんまり服買いに来たりしないからなぁ」
「えっ、じゃあ服はどうしてるの?」
「そもそも着てない……じゃなくて、ずっと前に母親が買ってきたやつとか、同じのずっと着てる。あんまり体格変わってないから……あ、でも最近胸がきつくなってきたとかなんとか」
「ふぅん……生意気な」
そう言ってデビルが唇を尖らせる一方で、
(もしかして服を着ないのは服がないからなのかな?)
悠己はふとそんなことを思った。
しかしそれに関して瑞奈のほうからは何も言わない。
母が選んでくれたものを大事にしたいというのもわかるが、さすがにどれもくたびれてきている。
「じゃあこんど一緒にお買い物誘ってあげようかな。あ、あたしのお下がりとかでよければあげてもいいけど」
「ありがとう。瑞奈のこと、気にしてくれて」
「う、うん……まあ」
面と向かってそう言うと、唯李は髪の襟足を指でいじりながらそっぽを向いた。
かと思えばすぐに正面向いて見返してきて、くわっと目を見開く。
「ってちがぁう! そんなふうにしたって無駄だから。デビルには効かんよ?」
「何が?」
「リオとは違うのだよリオとは」
結局唯李はぷいっと顔をそむけると、ブツブツ言いながらハンガーラックにかけられたスカートをあさり出す。
やがてそのうちの一つを取り出してきて、裾のあたりをわさわさとやりながら、
「どう? こういうスカート。ふぁっさーってしてるの。ふぁっさー」
「ふぅん? いいんじゃないの」
何がいいのかよくわからないが多分大丈夫。
「でもその色だとデビルじゃなくなっちゃうね」
「そらもう半デビルよ」
「半チャーハン的な?」
「全然ちげえし。唯李に超似合いそうって言え」
「唯李に超似合いそう」
逆らわずにそう言うと、唯李はさもご満悦そうな笑みを浮かべる。
「ん~そんなに言うなら~。じゃちょっと試着してみるね」
「じゃ俺上の本屋見てるね」
「だから待て」
今度はぐっと強めに腕を掴まれた。
唯李はまたも顔を近づけて凄んでくる。
「……コントか? わざとやってんのか?」
「いやそういうわけでは……。俺こういう状況よくわからなくて。待ってる間どうすればいい?」
「別に何もしなくていいからおとなしく待ってて?」
「何もしないってそれはそれで……」
「じゃあスクワットでもしてろ」
さすがにデビル唯李はスパルタだ。
唯李はついでに半袖の上着を見繕ってきて試着室に入ろうとする。
しかしあれこれ手に持っていて、肩にかけたカバンを持て余しているようだったので、
「カバン持っててあげるよ」
「え? あぁ、ありがと……」
悠己の申し出に唯李は少し驚いた風だったが、急ににやっと相好を崩して笑いかけてくる。
「いいよ~今のポイント高いよ? 五点あげる」
「このカバンなに入ってるの? なんか無駄に重いような……」
「はいマイナスひゃくてーん!」
一瞬にして点数を持っていかれた。
「渡したら中見られそうだからやっぱりいい」と言って、唯李は結局カバンを取り返して試着室の床に置いた。
おおかたまたしょうもない大喜利手帳でも入っているのだろう。
「いい? あたしが『じゃん』ってカーテン開けたら超褒めるの」
「超褒めるのか……」
「超超褒めてもいいよ」
などと言いながら唯李は試着室に入っていく。
シャっとカーテンを閉めるが、すぐに隙間から顔だけのぞかせて。
「やっぱりどっかいってて」
「は?」
「着替え終わったらラインするから」
謎の命令に「なぜそんな面倒なことを……」という顔で悠己が絶句していると、唯李は若干顔を赤らめながら、
「そ、それは……き、聞こえるじゃない? 脱ぐ音とか」
「……音? 細かいこと気にするねデビルのくせに」
「う、うるさいなあもう!」
唯李は「いいから散って、しっし」と手を払う仕草をする。
まあ無駄にやりあっても仕方ないと、悠己は言われるがままに試着室の前を離れた。
唯李のカバンを開け放つボタン(マイナス一万点)は下にあります。