エンジェル唯李
その時、凛央が操作するゲーム画面のキャラの動きが止まった。
ここぞとばかりに唯李は強烈な一撃を入れて凛央のキャラを弾き飛ばし、一ポイント取り返す。
「おっしゃ捕ったぁ! 見たかこれぃ!」
「……ねえ、聞いてる?」
「ん? ああ何?」
「だから、隣の席キラーなんてもうやめなさいって」
(トナリノセキキラー?)
気づけば凛央はゲームそっちのけで、やけに深刻な顔をしながらこちらを見ていた。
突然謎の単語が飛び出てきて一体なんぞやと唯李は首を傾げるが、凛央のキャラがリスポーンしてきたのですぐに注意をゲームのほうに戻す。
「今回だって、その……言いなり券だなんて、自分からそんな提案するなんて……唯李ももっと自分を大切にしないと。そんなことまでして、惚れさせゲームするなんてやめなさい」
「アアッ!? なんじゃウソやろ今の!?」
「あっ、ち、違うの今のは別にそういう、命令っていうわけじゃ……」
「え? あ、ゲームゲーム」
ここはいける、というところでありえない挙動でカウンターを食らった。
してやったりのドヤ顔をされるかと思ったが、凛央はやたらと神妙な面持ちで、
「隣の席キラーなんて、陰でそんなあだ名までつけられて……」
「……え、ちょっと待って。ていうかその隣の席キラー? ってなに?」
唯李はいよいよ不審に思って聞き返す。
勝手に話が進んでいるようだが初耳である。
「だからそれは、唯李が隣の席になった相手を惚れさせるゲームをしてるって……」
「……それ、誰が言ってたの?」
「それはプリースト……いえ成戸くんが」
なんとなくしていたいや~な予感が的中して、唯李は眉をひそめる。
「……悠己くんが凛央ちゃんに?」
「そうよ。それで私は、唯李がそういう危ない綱渡りをしていると思って……今回のもほら、テストで負けたほうが相手の言いなりになるだとか……さすがに行き過ぎだと思ったし」
(あいつ……どこまでしゃべりやがった?)
言いなり券のことまで知っているとは。
しかしそれではまるで自分が悠己のことが気になってちょっかいをかけているようではないか。
……いやまあ実際かけてはいるのだけども。
「そ、それは……言いなり券は、もともと悠己くんが言い出したような……気がしないでもなくはない」
「じゃあお弁当をあげたのは何?」
「え? お弁当……?」
「成戸くんが唯李のお弁当だって言って見せびらかしてきたの」
そういえばお弁当をあげた日、どうも悠己の姿が見えないと思ったら、一体どういうつもりで……。
それで唯李が惚れさせゲームをしているだとかなんとか、凛央に変なことを吹き込んだのかもしれない。
しかし実際、そう取られてもおかしくないことをしているのは事実だった。証拠もあるとなると説得力抜群。
(……まじゅい、ごまかせ。なんとかごまかせ)
「あ、あれはそのぅ……残飯だよねある種。余ったでんぶ全部ぶち込みましたみたいな?」
「なっ……ていうことは何? じゃあデビル唯李は……?」
「なにその風神拳しそうなやつ。とにかくあたしは、その隣の席キラーとかっていうのも全然知らないから」
勝手に変なあだ名をつけられているらしい。
唯李がきっぱりそう返すと、ついにコントローラーを動かす凛央の手が完全に止まった。
ピクリとも動かなくなった凛央のキャラに、これはチャンスと唯李が大技を叩き込もうとすると、
「な、成戸ぉぉぉおおおおおおお!!」
激しい凛央の怒号とともに画面には大きくKOの文字。
強烈なカウンターコンボをもらった唯李のキャラが、場外遥か彼方に吹き飛ばされた。
「ああああっ!!?」と唯李も一緒になって叫ぶが、すぐに凛央の様子がおかしいのに気づいて、
「ちょ、ちょっとどしたの凛央ちゃん急に!? そんなドスの利いた声で!」
「まんまとたばかられたわ!! ライアー成戸ぉぉおおお! おかしいとは思ったのよ、だいたい唯李がそんな事するわけないのよ、隣の席キラーだなんだって……!」
ギリギリと歯噛みをした凛央は、コントローラーを放り出して立ち上がった。
そしてぎゅっと両拳を握りしめてわなわなと体を震わせながら、
「あの男だけは許せん! 信じた私が愚かだったわ!」
「な、何が? どうしちゃったのいきなり?」
「唯李、あの男はやはり危険よ。金輪際、唯李には近づけさせない!」
「ちょっ、り、凛央ちゃん? 落ち着いて落ち着いて!」
「こうなったら今から家に乗り込んで……!」
「いいから落ち着け」
今にも部屋を飛び出していきそうだった凛央の顔面を唯李フィンガーで捉える。
ふごっ!? と変な声を出した凛央を、改めてその場に座らせて、
「よーしよし、ステイ! ステイだよ凛央~!」
ふぅふぅと荒い呼吸をする凛央の頭を撫で、ぽんぽんと肩を叩きながらコントローラーを手に握らせる。
これでなんとかひとまず落ち着けた。
それにしてもなんだってこんな凛央がハッスルする事態になっているのか。
きっと悠己がお得意のボケであることないこと吹き込んだに違いない。
(ていうかデビル唯李ってなんやねん。隣の席キラーて……)
よくもまあ吹いてくれたものだ。
ならこちらもお返しと、唯李は凛央の目の前に腰を落ち着けて、ゆっくり諭すように語りかけた。
「あのね……悠己くんはかわいそうな人なの。まあその……ご覧の通り、ちょっとその、人と考えがズレてるっていうか……。あたしも偶然隣の席になって、『あっ、こいつやべえな』って思ったから、なるべく優しく見守ってあげようかなって。だからその、あんまり責めないであげてほしいんだ」
嘘は言ってない。
嘘は言ってないはず。たぶん。
「だからちょっとアレな言動するかも知れないけど、怒らないであげて」
「そ、そういうことだったの……。唯李……なんて優しいの……。デビルどころかエンジェルよ。エンジェル唯李……」
「違う違う、発音はエインジュエル」
「オウ……エインジュエル唯李……」
(ふぅ、危ない危ない、なんとかなったか……)
凛央はすっかり感心したように唯李を見つめて息をつく。
なんとかなだめることに成功し、唯李はそっと額を拭った。
「ちょっと休憩しようか。飲み物持ってくるね」
そう言って凛央を置いて、唯李は部屋を出た。
一階への階段を降りながら、前回の別れ際、言いなりチャンスを流した悠己の顔を思い出す。
(にしても裏で人をデビル扱いとはねぇ……やってくれるじゃない。ふっ、まぁそっちがその気なら、こっちにも考えがあるってもんよ)
エンジェルは一人、にやりと悪い笑みを浮かべた。
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