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デバッファー唯李


 一方その日の晩、唯李の自室では。

 

「こうきたら……こう! こうきたらこう!」


 一人必死にゲームをする唯李の姿があった。

 ついさっきまでいい加減テスト勉強に手を付けようと思っていたのだが、今しがた届いた一通のメッセージが唯李を終わりない修行へと駆り立てた。

 

『今日りおが来てね、マスブラめっちゃつよいんだよ!』


 瑞奈からのラインだった。

 見た途端、「あァッ!?」と思わず巻き舌気味に声が出た。 

 実は今日の放課後、凛央には勉強を教えてもらおうと誘いを入れたのだが、まさかのお断りをされたのだ。

 こちらからの誘いを断られたのは初めてのことだ。「ごめんなさい唯李……あなたのためを思ってのことなの」などと言って明らかに様子がおかしかった。

 しかしそれが悠己の家でゲームとは何事か。あまりに唐突な事態に頭が混乱していると、さらに連続でメッセージが来た。

  

『勉強も教えてもらった。ちょー頭いいんだよ、りお先生!』


(な~にが凛央先生だよ、優しい唯李お姉ちゃんをそっちのけで……)


 これは改めて教育が必要だ。今度クッキーでも持っていって懐柔するか。

 それにしても何だって急にこんなことに……。

 色々言いたいことはあるが、まず問題としてはどちらが先に誘ったのか誘われたのか。それとなく探りを入れてみる。


『悠己くんはなんて言って連れてきたのかな?』

『友だちって言ってたよ』


「イエスフレンズ!」


 ついガッツポーズが出たがまだまだ安心するのは早い。 

 一応瑞奈の前では唯李が彼女、ということになっているからして、正直に言うわけがないと言われたらそれまでだ。

 というかいつの間に友だちまで昇格したのか。だいたい瑞奈も瑞奈で、そのことをすっかり忘れているんじゃないかと疑う。


『りおは凛央先生。じゃあゆいは?』

『え? ちゃんゆい?』

『お姉ちゃんでしょ(ニッコリ』


 いたしかたなく笑顔の絵文字を入れるが何をわろとんねんという話だ。

 

『ゆいちゃんはお姉ちゃんっていう感じじゃないなぁ~』

『え~じゃあどういう感じ~? (ニッコリ』

『ん~なんか、ゆいちゃんって感じ』


 褒められているのかけなされているのかわからない。

 いやバカにされてるのかな? と返信に迷っていると、

 

『パンダのぬいぐるみ、りおがとってくれたんだって。ゆいちゃんはとれなかったんだってね』


 あの野郎余計な情報を……。

 続けてプークスクスみたいなスタンプが送られてきて、携帯を握る手に俄然力が入っていくと、


『でも瑞奈に取ってあげるって最初に言ってくれたのゆいちゃんなんでしょ。ありがと、ゆいちゃんだいすき!』


(ウッ、胸が……)


 ああ、なんていじらしい。やはりいい子なのだ。少しでもイラっときた自分が情けない。

 唯李は止まっていた指をウキウキで動かしてメッセージを送る。


『あたしも瑞奈ちゃんのこと大好きだよぉ~。イイコイイコしてあげるねーよしよし。チューもしちゃおうかな~?』

『あ、そういうのはいいです』


 全く兄妹そろって食えねえ奴らだ。

 すぐさまメッセージを取り消ししたくなったが後の祭り。


『そういうのはゆうきくんにやってあげて』

『それはまあ、そのうちね』

『そのうち~? あーゆいちゃん恥ずかしいんだ~』

 

 と今度はプギャーと指差しをするスタンプ。

 再度唯李がプルプルと携帯を強めに握りしめながら沈黙していると、


『でもりおがゲーム上手でゆうきくんもびっくりしてたよ。めずらしく』


 凛央がゲーム得意だなんて話聞いたことがない。

 そもそもゲームのたぐいはやらないのではなかったか。

 

(もしやギャップ狙いで……?)


 一見そうでもなさそうな……だけど実は。みたいなのはやはり効果的なのかもしれない。

 実際あの低リアクションの悠己が驚いたというのだ。

 

(あたしもびっくりさせたい……びっくりさせてやりたい)


 ここで雑魚扱いの唯李が凛央に大金星を上げれば、悠己ものけぞって驚くに違いない。

 凛央からもらったノートを広げて机に向かっていた唯李は、ペンを捨てゲームを起動し、コントローラーを握った。

 そして冒頭に戻る。



「ここでドーンってやってパーンって行けば……」


(むっ、殺気!)

 

 唯李はテレビから目を離して、ぱっと首を左に回した。

 いない。ならば右、と見せかけて左!

 ……やはりいなかった。ただの気のせいか。 

 

「何やってるの?」


 びくっと背筋が伸びる。

 振り返ると、ドアを開けた真希が不審顔でこちらを見ていた。

 

「ついに予知能力に目覚めてしまったか……」 

「何が?」


 さらに不審顔で近寄ってきた真希が、唯李のすぐそばに膝をつく。

 

「……何やってるのかと思ったらゲーム? もうテストなんじゃないのいい加減」

「お姉ちゃん、絶対に負けられない戦いがあるんだよ」

「いやゲームでしょ?」


 何よりこのままコケにされたままでは前に進めない。

 ちゃんゆいにもプライドというものがあるのだ。


(もしかして向こうも狙ってる……? まさか)


 もしや悠己→凛央ではなく凛央→悠己なのでは。

 という疑念が頭をもたげかけてもいる。それはまずい。


「だいたい家に呼んだって……あんなもん浮気だよ浮気ぃ!」

「とんでもない言いがかりね。付き合ってすらいないくせに」

「な、何よ、何の話だかわかってる?」

「だから例のライバルの話でしょ。へえ、やっぱり強敵ってこと?」


(強敵も強敵……まじゅい。勝てる要素ががが……)


 唯李が見たところ、凛央には弱点という弱点が見当たらない。

 見た目、文句なし。頭の出来、文句なし。

 あの人当たりがキツめな感じがちょっと難ありかとは思うが、弱点かと言われるとそういうわけでもなくむしろ強い。


「弱点がないなら作ってしまえホトトギス」

「何それ? ダメねぇ、全然わかってない。こういうとき、相手を褒める女が余裕あるのよ」

「どういうこと?」

「人を褒めるところを見て、ああこの子いい子だなぁってなるわけ」

「なるほど」


 なんだかそれっぽいことを言っている。

 ここはものは試しと、今日の件を探りがてら悠己にラインを送ってみる。


『今日はなんだか凛央先生が家庭訪問だったのかな?』


 全然返信の気配がない。

 意味不明と思われているのかと、おそるおそる追撃のメッセージを送る。


『やっぱり凛央ちゃんすごいね。あの瑞奈ちゃんに勉強やらせるなんて』


 とやると、ちょっと間があって返信が来た。


『そうだね、すごいね』

『頭いいし綺麗だし。運動もできるんだって』

『へえそうなんだ』


 終了。

 凛央アゲで終わりましたが何か。

 完全無欠をこれ以上バフしてどうする。

 

 どうやらはめられたらしい。

 文句の一つでもつけてやろうと思ったが、真希はお風呂入ってくるとか言ってとっとといなくなっていた。

 こうなったらやはりデバフだ。しかし一体何をどう言えば……。

 唯李は頭をひねりにひねって熟考を重ねた末、

 

『リーオーって量産機らしいよ』

『知ってる』


 違う。なにか違う。

 何か凛央の弱みとなるようなもの、何かないか。

 思い出せ、思い出すのだ。

 

『凛央ちゃんって意外と大食いらしいよ。前にお弁当分けてあげたら際限なくパクパク食べてたからね』

『へえ、いっぱい食べる子っていいね』


 まさかの墓穴。しかし思わぬところで情報ゲット。

 どうやら大食いキャラがお好みらしい。


『あーでも、あたしも休みの日とかゴロゴロして漫画読みながらコーラにLサイズポテチ開けちゃったり』

『うわぁ……』


 なぜそこでドン引きなのか。不健康そうなのはダメなのか。

 とにかくデバフだ。何か他にないのか。


『まぁ~でも凛央ちゃんちょっと怒りっぽいところあるからねぇ』

『いやぁでも、厳しくしないとダメなとこはダメなんだなぁって思った』

『そうそう、やっぱそうよね。あたしもキレる時はキレるからね。いざって時は』

『ゲームで負けそうになって怒ってたもんね』


 誰だそのクソガキは。

 いつの間にかセルフデバフしている事に気づき、文字を打つ手が止まった。

 そもそも人の足を引っ張ろうという時点で最悪なのだ。もうダメ。色々無理。


『でも唯李のほうが楽しそうにゲームするよね。なんか一生懸命って感じで』


(ふ~ん、ふ~ん……)


 画面の文字を見つめる唯李の頬がにんまりと緩んでいく。

「しゃあっ」と気合を入れた唯李は、再度テレビに向き直ってコントローラーを手にとった。

唯李デバフボタンはこの下にあります。

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― 新着の感想 ―
色々と残念なことになってるけどもテスト勉強はいいのかにゃ~
[良い点] 神回2(笑い)
[良い点] 表紙絵の美少女から輩のような言葉遣い。
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