やればできる子
さっきまでいい感じだったのになぜ急にそうなってしまうのか。
この流れはまずいとすかさず悠己が間に入る。
「ちょっと待って、やめなよ凛央」
「大丈夫よ、私そのゲームやったことあるから」
「え?」
「もともと弟が持ってて、この前唯李が好きだって言ってたから借りてちょっと練習したの」
弟いるんだ……と少し驚きだったが、言われてみればそこまで意外でもないかと思い返す。
きっと隣の席になった男子のごとく、いやそれ以上に相当厳しく教育されているに違いない。
「じゃあ決まりね! くっくっく……木っ端微塵にしてやる。あのちゃんゆいのように」
瑞奈がほくそ笑みながら、一足先にリビングに戻っていく。
テレビにつけっぱなしになっているのは、ついさっきも瑞奈がプレイしていたゲーム……この前唯李とも遊んだマスブラだ。
コントローラを一つつないだ瑞奈は、ソファに腰を落ち着けると、どうぞと凛央に座るスペースをあける。
「どうも」
凛央は座って髪をかきあげると、瑞奈からコントローラーを受け取った。
普段どおりの落ち着いた所作ではあるが、ちょっと少し練習したぐらいで瑞奈はどうにかなるレベルではない。
これでは唯李の二の舞になってしまうのでは。ただでさえ凛央がコントローラーを握っているとなんだか違和感があるのだ。
「誰にしようかなぁ~」
一方の瑞奈は前回の唯李のこともあり、自信たっぷりの様子でキャラを吟味する。
瑞奈のカーソルがフラフラしているうちに、凛央はとっととキャラを選択。
「むっ」と一度凛央の顔を見た瑞奈は、負けじとすぐにキャラを決めてバトルスタート。
ゲームが始まると、凛央のキャラはなぜかその場で素振りをくりだし始めた。
「あれれボタンわかんないのかなぁ~? でも練習とかそういうのないからね! 勝負の世界は非情なり!」
そう言って容赦なく攻め込んでいく瑞奈。やはりいくらなんでも無茶だ。
悠己としては凛央を応援したい心情だが、一方的にやられるのを見るのも心苦しい。
早くもゲーム画面を見ていられなくなっていると、突然機敏な動きをした凛央のキャラクターがカウンター気味に技を当てた。
「あっ!」
瑞奈が声を上げる間に、凛央はさらに連続技で一気に手痛いダメージを与える。
すっかり油断していた瑞奈は、今ので相手が只者ではないと悟ったのか、やや前のめりにテレビを注視しすぐに反撃に移る。
「……ここはフレ有利。ジャスガで反確」
かたや凛央はブツブツ謎の呪文を唱えながら、難なく瑞奈を返り討つ。
一度大きく瑞奈のキャラを弾き飛ばすと、凛央は遠くから延々飛び道具攻撃を繰り返しだした。
これはかなり嫌な動きだ。耐えきれず瑞奈が飛び込んだところへ、待ってましたとばかりにジャンプ攻撃で迎え撃つ。
「さっきからそればっかりずるい!」
「勝負だから仕方ないわよね」
「ぬぅっ……」
凛央は似たような行動を繰り返し、ミスのない正確無比な操作でダメージレースを有利に運んでいく。
瑞奈も警戒してはいるが、よほど凛央の立ち回りが上手いのか延々それに引っ掛けられている。
悠己はよくわからないなりに観戦するも、実際何が起こっているのかよくわからなかった。
「なんか機械みたいで気持ち悪い!」
そしてついに瑞奈が悲鳴を上げる。
同時に画面には大きくKOの文字。凛央の圧勝だった。
まさかの敗北を喫した瑞奈は、案の定不服そうな顔をしている。
「んん……なんか納得いかない……」
「ちょっと今のはズルかったかしらね。勝ちに行くやり方だから……じゃあ次は小細工抜きでやりましょうか」
「の、望むところよ!」
「つ、つよい、つよすぎる……」
そして数十分後。
お互いキャラを変えステージを変え手を変え品を変え。
瑞奈も何度か惜しいところまではいったものの、結局すべて凛央の勝利に終わった。
するととうとう瑞奈はがくりと首をうなだれてコントローラーを手放した。どうやら完敗らしい。
「なんで、一体どういうことなの……」
そのまさかの結果にあっけにとられたのは悠己も同じだ。
当の凛央は、どこかの誰かさんのように「イエーイ勝った勝った~!」などと調子こいたりはしない。
落ち着き払った様子でコントローラーを置くと、瑞奈の肩に触れて小さく微笑みかけた。
「でも上手だったわよ。きちんと考えてゲームしてる。頭の悪い子にはできないわ」
敗者にムチ打つような真似はせず、それどころかもお褒めの言葉が出た。
瑞奈はてっきり勝利の舞をされるとでも思っていたのか、予想外に優しい言葉をかけられてぱあっと表情を明るくし、「うんうん!」と大きく頷いている。
「ゆきくん見て、褒められた!」
「よかったね」
瑞奈がゲームをやって素直に褒められたことが果たしてあったかどうか。
悠己には相変わらずさっぱりだったが、凛央がそう言うのならそうなのだろう。
「にしてもすごいなあ凛央は。ゲームもうまいなんて」
「全然まだまだよ。上には上がいくらでもいるし」
元はと言えば唯李と遊びたいがために……だった気がするが、しかしもし一緒に遊んだ場合、この実力差ではさらに友情に亀裂が入るのでは……。
そんな予感がふと頭をよぎったが、とりあえず余計なことは言わないでおく。
「さ、勉強見てあげるから、部屋に行きましょうか。そしたら成戸くんは……」
凛央は立ち上がって自分のカバンをごそごそとやると、数枚束になったコピー用紙を取り出して渡してきた。
どうやら例のテストに出るとこノートの部分コピーらしい。
「はいこれ、とりあえず」
「ありがとう」
凛央はコピーを渡すと、瑞奈と一緒にリビングを出ていった。
しかし驚いたのは瑞奈が口答えせず凛央に従ったことだ。
さっきのバトルで強者と認めたのかなんなのか、やけにおとなしい。
一人残された悠己は、早速リビングの机で凛央から受け取ったノートのコピーを使って勉強を始めた。
凛央の用意したノートのまとめは簡潔でわかりやすく、想像以上の代物だった。
瑞奈がすぐに飽きて部屋を飛び出してくるかと思ったが、そんな気配もなくすこぶる静かで何の邪魔も入らない。
(これはすごくはかどる……)
やがて一時間、二時間……と過ぎたあたりで、凛央と瑞奈が部屋から出てリビングに戻ってきた。
どういうわけか瑞奈は自信満々にキラキラと目を輝かせて、
「瑞奈やれる気がしてきた……やればできる賢い子だった!」
何を吹き込まれたのか知らないがすごいやる気だ。
傍らに立った凛央は瑞奈の頭を撫でながら、
「今日は瑞奈よく頑張ったわね」
「はい、りお先生!」
先生……? と思わず二人の顔を行ったり来たりさせてしまう。
お互いニコニコと笑顔で、どちらかが無理をしているような素振りは感じられない。
しかしあの瑞奈がこんな素直な態度を見せるなんて、どうにも舌を巻く思いだ。
ちゃんゆいなどと下に見られているっぽい人の時とは態度が違う。
「いやぁ……驚いたなぁ。凛央も大変だったでしょ」
「瑞奈はもともとの地頭はいいのよ。ちゃんとやらなかっただけで」
「天才や……瑞奈は天才やったんや!」
またも褒められて有頂天。
両手を上げてガッツポーズをした瑞奈は、
「ゆきくん! 今日は天才にふさわしいご飯を用意していただきたい!」
「じゃあ牛丼?」
「うおっしゃああ!」
なんだかまた面倒そうなキャラが増えた。
しかし何にせよ、勉強に前向きになったのはいいことだと悠己は思った。