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泥棒猫

 そして放課後。

 悠己は凛央とともに自宅に帰ってきた。

 凛央がちんたらしている余裕はない(友達がいないのでヒマ)と言って、早速その妹とやらをどうにかすると始まったからだ。

 玄関ドアを開けて先に悠己がリビングに入っていくと、ソファに寝転んでゲームをしていた瑞奈がむくりと体を起こした。


「あっ、ゆきくんおかえりな……」


 が、すぐに悠己の背後に人影を認めるなり、バランスを崩してどさっとソファから転げ落ちる。

 そのまま立ち上がることもせずに、瑞奈はしゃかしゃかと床を這うようにしてリビングを出ていった。

 凛央は新種の動物でも見るような目で瑞奈を見送ると、視線をそのまま悠己に向けてくる。

 

「……何? 今のは」

「いや……ちょっと待ってて」


 凛央をリビングに待機させ、テレビのゲームつけっぱなしで自分の部屋に逃げたらしい瑞奈を追う。

 すると案の定ドアの隙間から様子を伺っている瑞奈を見つける。いつぞやの唯李のときと同じパターンだ。


「ちょっとお客さんだから出てきて」

「だから聞いてないよ! そういうのちゃんと瑞奈に言ってからにして!」

「今言った」

「ちがう、前もって連絡!」

「したら前もって逃げるでしょ」


 そう言うと瑞奈はんむぅ、と口をとがらせ、首を伸ばしてこっそり凛央のいるリビングのほうを見やる。

 そしてあっ、と見開くと、


「ゆきくんが……早くもゆいちゃんを捨てて他の女に!」

「いやいやちがうって」

「じゃああれは何?」


 あれは、というのもなかなかの言い草だが、悠己がとっさになんと答えるか迷っていると、

 

「何をこそこそやっているの?」 


 すぐ後ろで声がして、悠己の背後から凛央が顔を覗かせた。

 唯李のときとは違い、凛央はおとなしく待っているようなことはしないようだ。

 びくっと肩をすくませた瑞奈は、すかさず悠己の影に隠れようとした……が、意外にも前に躍り出て立ち向かった。


「こんの泥棒猫め!」


 そう言うだけ言ってやっぱり隠れた。

 凛央が怪訝そうに首を傾げる。


「……泥棒猫?」

「いやなんでも……。こっちの話」


 よくよく思えばここで瑞奈に余計なことを言われると面倒になる。

 さっさと話を進めようと人の背後で縮こまる瑞奈を振り返って、


「このお姉ちゃんが瑞奈の勉強見てくれるってさ」

「ぬっ、それはまた奇っ怪な」

「全然勉強してないでしょ? テストなのに」

「んなこたない。瑞奈は努力を表に出さないタイプだから」


 そして謎のドヤ顔。

 裏でもやらないくせに今ので乗り切ったつもりでいる。

  

「それじゃ、早速勉強しましょうか」


 凛央は完全に流れを無視して言うと、かくれんぼをする瑞奈の手を強引に引こうとする。

 やはり唯李とは対照的にかなり強気だ。対して瑞奈は身を縮こまらせて、さらに悠己を盾に回り込んで身を隠す。

 

「ゆうきはてきからのこうげきをいっしんにうけはじめた!」

「そうやってふざけていてテストは大丈夫なの?」

「できらぁ!」

「ゲームやっててずいぶん余裕そうだけど」

「余裕のゆっちゃんよ!」


 瑞奈は悠己の背後に隠れてコ○ン方式で答える。

 もちろん悠己が言っているわけではないのだが、なぜか凛央に睨まれるのは理不尽だ。


「じゃあいつやるの?」

「今でしょ!」

「わかってるじゃないの」

「しまった、つい……はめられた」


 ノリでしゃべっているとそういうことになる。何にせよ人を矢面に立てるのはやめてほしい。

 自爆してしばらく沈黙していた瑞奈は、そこで起死回生の策を思いついたかのように、悠己の股の下から顔を出して言った。


「じゃあ瑞奈にゲームで勝ったらね。マスブラ!」

「それはなぜ?」

「え?」

「なぜゲームで勝たないといけないの?」


 凛央は瑞奈の提案に間髪入れず切り返していく。

 瑞奈はまさかそんな返しをされるとは……みたいな顔で驚いているが、むしろなぜ唯李のときにこうならなかったのか。


「テストで点取らないとゲームは没収」

「なるほどその手があったか……」

「……これが普通でしょ?」


 凛央に呆れ気味に言われてしまった。

 だがそれは聞き捨てならねえと再度悠己の背中から顔をひょこっとのぞかせた瑞奈は、びしっと凛央を指さして、

 

「いやそのりくつはおかしい!」

「何もおかしくないでしょ」

「ゆきくん! なんとかして! お帰りいただいて!」


 瑞奈が必死に悠己の背中を叩いては揺すってくる。

 ずいぶん丸投げしてくるが、別に悠己自身は瑞奈の味方というわけではない。

 

「これだからなぁ……。どうする?」

「大丈夫よ、私こういう手合には慣れてるの。親の知り合いに頼まれて家庭教師とかもしてたから」

「瑞奈をそのへんのクソガキと一緒にしないでいただきたい!」

「そうよねぇ。じゃあ勉強しましょうか」


 凛央は意外にあしらいがうまい。本人の言う通り手慣れている感ある。

 ただこうなると瑞奈のほうはいよいよ黙っていられないようで、


「ていうかいきなり来て何なの! 何者なの! ゆきくんとはどういうご関係!」


 するとここで初めて、凛央の顔に戸惑いの色が浮かんだ。


「その、私は……」


 伏し目がちに、ちらちらと悠己の顔色をうかがってくる。

 よっぽどプリーストと従者とかアホなことを言い出すかと思ったが、さすがに瑞奈の手前自重したらしい。

 しかしそうなるとなんと自称すればいいのか、というところなのだろう。

 まるで助けを求めるような凛央の視線を受けて、代わりに悠己が答える。


「だから彼女はその……友だちだから」

「え?」

 

 顔を上げた凛央が、驚いたように目を見張らせる。

 ちょっと意外なリアクションをされて、思わず聞いてしまう。


「あれ、違う?」 

「う、ううん……」


 凛央は微妙に緩んだ表情をきっと引き締めて、控えめにふるふると首を振った。

 そんな凛央のぎこちなさというか弱点を嗅ぎ取ったのかなんなのか、とたんに瑞奈がふんぞり返っていく。


「え~でもなんかなぁ~。友だちって言ってもなぁ。ゆいちゃんのほうがノリいいし面白いし笑えるし」

 

 もし唯李がいたら「おい我年上やぞ?」と凄んでいきそうな言い草だ。

 しかしそう言われてピクっとまつげを瞬かせた凛央は、若干低い声で聞き返した。


「……私が、ゲームで勝てばいいのよね?」

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