惚れさせゲーム
ズビシ、と指さしてやると、唯李は「はて?」と一度首を傾げた。
が、やがて勢いよく腕を振りかぶり、
「あたり」
人差し指を差しかえしてきた。
そしておもむろに指先を悠己の指に近づけてきたので、ETされる前にさっと腕を下ろして回避する。
「……って言ったらどうする?」
「って言ったらじゃなくて当たりなんでしょ?」
「ち・が・う! 何を言うのかと思ったら、なんなのそれ。あたしって、そんな事しそうに見える? てゆーかそんなことしてどうするわけ?」
「それは、面白がってとかそういう……」
動機までは知ったことではないが、そうでないと数々の行動に説明がつかない。
逆に言うとそれなら一発で全部解決するわけだ。
悠己にはずばり言い当てられた犯人が悪あがきをしているようにしか見えない。
「どうせやるならもっとイケイケで将来有望そうな男子を狙えばいいのに」
「だから違うって言ってるでしょ。そんな趣味悪いことしないから」
「じゃあなんで俺につきまとってくるんだ」
とうとう言ってやった。
悠己としては、核心を突かれた唯李が冷や汗だらだらにしどろもどろになる場面だと思っていたのだが、どうしてか唯李は不思議そうに目元をパチパチさせると、
「つきまとうって別にそんな……。あっ、わかった。そういう風に言うってことは……惚れそうってこと?」
急に上目遣いになって、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。
これにはさすがの悠己もブフッと吹き出さざるを得ない。
「あっ、笑った! やった!」
「……いや、なかなか面白いことを言うなぁってね」
「ん~? 何も面白いことは言ってないんだけど~?」
何やら勝ち誇ったような顔を近づけてくるので、こうなるとどうにも目のやりどころに困る。
ここで黙ってしまうと余計気まずい予感がしたので、悠己はついついその先を口走った。
「それで惚れさせといて、告白してきたら振るんだろ? タチが悪いね」
「それって何? 誰かがそう言ってたの?」
返ってきた唯李の言葉は、若干怒気をはらんでいた。こんな強い語気は初めてだった。
よくよく思えば悠己の情報源といったら慶太郎の言うことだけなので、正確に裏を取ったわけではない。
もしも違ってたら非常に失礼なことではある。悠己は素直に頭を下げた。
「ごめん、今のなんでもない。忘れて」
「なんでもないって言われると、余計気になるんだけど。……でもなんか面白そうだから、そのゲームやってみようかな」
「……はあ?」
思わず顔を見ると、唯李は再びニコっと笑った。
「だって成戸くんって、笑うと可愛いなって思って。いま一瞬ドキってした」
そしてあっけにとられる悠己の顔を指さしてきて、
「んふふ、今のかお~。意識した? 落ちた? 実はあたしねー……前から成戸君のこと、ずっと気にはなっていたんだけど、話しかけるきっかけがなかったから。だから、今は隣の席になれてうれしーな」
えへへ、とはにかむ。
手の早いことに早速ゲームが始まってしまったらしい。
こうなったらもう、なんでも言ったもん勝ちみたいなところはある。
でもまぁちょっと突っ込んでやればすぐにボロを出すだろう、とオウム返しに質問する。
「……どうして俺のこと気になってたって?」
「なんか、ずっと一人でつまらなさそうにしてて、斜に構えてそうなところとか。うちのクラスって結構男子もみんなグループで群れてるじゃん? でもだいたいいっつも一人で……俺は一人が好きなんだよ話しかけんなオーラがあって……。あたしそういう人ってなんか気になっちゃって、実際どういう人なんだろうって」
とっさに出たごまかしにしてはそれなりに作り込んでいるようだ。
しかし彼女は根本的に勘違いをしている。
唯李はきっと悠己のことを、彼女はもちろん友達もろくにいないぼっちの陰キャラで、不満を抱えた鬱屈とした毎日を送っていて、笑い方すら忘れた寂しい男。
とでも思っているのだろう。
だが悠己は単純に、眠いことが多くて、あんまり自分からは話しかけられなくて、そしてリアクションが薄いだけで、特に現状にこれといった不満はない。
まあ友達もろくにおらず孤立気味、というのは間違いではないが、今のままでそれなりに幸せなのだ。本人の中では。
「で実際話してみたら面白いし、もっと仲良くなりたいなぁって」
「そんな面白い話をした記憶はないんだけど」
「ん~話が面白いっていうか、なんか楽しい。間とか」
「間?」
なんだか難しいことを言うと思った。
それが彼女の本心なのか、いわゆるゲームなのか判然としなかったが、悠己は珍しく自分の考えをはっきりさせておきたいと思った。
「多分いろいろ思い違い……してると思うんだけどさ。冴えないやつは冴えないなりに、それ相応に生きりゃいいだけで。だってどこも体に痛いところも悪いところもなくて、毎日普通にご飯食べられてちゃんと眠れるだけで、十分幸せでしょ?」
「へえ~……ずいぶん達観してるんだねぇ」
「まあ母親の受け売りなんだけどね。だんだんそう思えるようになってきた」
「それはなかなかに教育熱心なお母様で……。ってことは、他にもいろいろ厳しくされてるのかな?」
「いや今は全然。四年前に病気で死んだから」
悠己がなんともなしにそう言うと、唯李ははっとしたような顔をして、首をうなだれた。
「……ごめん。なんか茶化すように言って」
「いや全然謝ることじゃないけど」
そうなだめるが全く想定外のことだったのか、唯李はすっかり意気消沈してしまった。
元気な子が沈んでいる姿。違うとわかっていても、どうしても嫌な記憶を思い出させる。
そういうのは、二度と見たくない。それは悠己が幸せでいられる条件に反する。
いつしか無意識のうちに伸びた腕が、開いた手が髪に触れて、彼女の頭を優しく撫で付けていた。
「大丈夫、大丈夫……」
あやすように言いながら、手のひらをゆっくり前後に動かす。
しばらく無言の間があった後、突然がばっと顔を上げた唯李は、自分の頭に伸びている腕を見て「え?」と目を点にして固まった。
何が起こっているのかわからないようだったが、ようやく状況を把握したようで、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
そしてぶんぶんと頭を振って悠己の手を振りほどきながら、
「ち、ちょっと!! な、なに頭触って……!」
「あ、ごめん……。ついいつものくせで」
「いつものくせ!? いっつも女の子の頭なでなでしてるの!?」
「いや女の子っていうか、妹の……。ていうか顔すごい赤いけど大丈夫?」
「い、いやこれは! びっくりしただけだから! いきなりでびっくり!」
「そっか。元気ならよかった」
「よくはないけどね? そうやって女の子の頭気軽に触ったらダメなんだからね!? 頭なでたら落ちるのはハーレムアニメのヒロインだけですから!」
唯李は悠己の顔に向かって、噛みつかんばかりの勢いでまくしたててくる。
しかし唯李の顔面が尋常でないほどに赤いのがいよいよ心配になってじっと注視していると、唯李は見られるのを避けるようにくるりと踵を返して背を向けた。
そして呆然としたままの悠己を置いて、
「くっそ、すました顔してぇ~。見てろよ見てろよ~……!」
ブツブツと謎の捨て台詞を吐きながら、逃げるように足早に去っていった。