ゴッドアーム唯李
「ねえ唯李、プリクラだって」
「あたしそういうの興味なーい」
しかし返ってきたのはこの冷めた返事。
最近気づき始めたがこの女、実はJK力低い。一見それっぽい言動はするのだが、微妙に外していく。
「……それはなんで?」
「写真なんてスマホで撮れるし、わざわざお金払って宇宙人撮る意味は? しかも400円? 漫画買うっちゅーねん」
「そっか。唯李は自撮りが得意だもんね」
「……写真消したか?」
「消してない」
「いますぐ消せ」
「それを消すなんてとんでもない」
唯李がそれは重要アイテムとかじゃねえんだよ、と凄んできて謎のにらみ合いが勃発する。
悠己が一歩も引かずにいると、唯李は急にころっと相好を崩して、お得意のニヤニヤ笑いで小首をかしげてきた。
「あれれ~? ってことはもしかして悠己くんお気に入りなのかなぁ? かわいい唯李ちゃんの写真が」
「そうそう、待ち受けにしようかな」
「やめて、ほんとやめてくださいおねがいします」
勝った。
唯李は自撮り写真のことはこれ以上触れたくないのか、もう一度プリクラの筐体の方へ目をやって、
「まあ……どうしても悠己くんが撮りたいっていうんならやぶさかではないけど」
「なんで俺?」
「だって悠己くんが『や~んプリクラ撮りた~い』とか言ったら超面白いじゃん」
「プリクラ撮りたーい」
「なにその魂抜けた言い方」
「俺じゃなくてほら、凛央が撮りたいって」
と、傍らでずっと棒立ちだった凛央に水を向けてやる。
悠己たちの視線が集まると、凛央は顔を赤くして烈火のごとく怒り出した。
「い、言ってないわよそんなこと! か、勝手に決めつけないでくれる!?」
絶対に撮りたそうにしていたのになぜそうなる。
これはいい加減お説教が必要かと思い、お前ちょっとトイレ来いしようとすると唯李がすかさず間に入ってきて、
「あらぁ凛央語の通訳さんですか~? ちゃんと資格持ってますかそんなので~?」
これだけわかりやすい言語なのに、こっちはこっちでなぜ理解できないのか。
やはり唯李の方をお前ちょっとトイレ来いしたほうが早いかもしれない。
「いや、あのさ……」
「大体凛央ちゃんがプリクラなんていう低俗なものに興味あるわけないでしょ? あたしはちゃ~んとわかってるんだから」
「そんなこと言ったら怒られるよ? 色んな人に」
「え~だってそうでしょ? ね? 凛央ちゃん」
「そ、そうよそうよ、しょうもないわこんなもん」
そう言って凛央は筐体の角を足のつま先で軽く小突いた。
これは店員呼んで怒ってもらったほうがいいのでは。
「だからプリクラはいいから、向こうのほう見よ~?」
それ見たことかと唯李は回れ右をすると、ふらっとプリクラコーナーから離れていってしまう。
かたやその背中を見ながら、凛央はなんとも言えない表情で立ちつくす。これはいよいよ口を出さずにいられない。
「さっきから何やってるのことごとく」
「うぅ、あぁああ~……」
凛央は変な声を上げながら髪をかきむしって頭を抱えこんだ。
どうやら自身わかってはいるがやってしまうらしい。
今までの積み重ねなのだろう、唯李の中で凛央のキャラクターが勝手に固定されてしまっているのも痛い。
「だ、大丈夫! つ、次は、次こそは!」
凛央は両手を握りしめてくっと前を見据えると、結局プリクラを素通りして、大股に唯李の後を追う。
そんな凛央について次にやってきたのは、クレーンゲームなどが並ぶ一角。
筐体のガラスに張り付いて中を見ていた唯李が、笑顔でこっちこっちと手招きをしている。
近づいて凛央と一緒に覗き込むと、手のひら大のぬいぐるみが何体か無造作に転がっている。
唯李はその中のあごのしゃくれたパンダのぬいぐるみを指さしながら、
「見て見てあれ、かわいくない?」
「かわいい……?」
「かわいいじゃん。頭パーンってしたくなる」
相変わらず意味不明な唯李語はさておき、よくよく見れば悠己もあのぬいぐるみには見覚えがあった。
以前瑞奈が、近所のスーパーのガチャガチャで似たようなキーホルダーを手に入れていたのだ。
あのときも確かパンダが出るまで粘っていたのを思い出す。
瑞奈はぬいぐるみも欲しがっていたが、ゲーセンは魔物が多いからと言ってあまり来たがらない。
「ああ、あれ瑞奈が好きなやつだ」
「へ~そうなんだ。じゃあ瑞奈ちゃんにおみやげ取ってあげようか」
「取れるの?」
「ふっ、ゴッドアーム唯李の実力見せたるで」
舌なめずりをした唯李が、息巻いて百円玉を投入する。
プリクラは渋ったくせにこっちは財布ガバガバである。
唯李は一度身をかがめて大げさにぬいぐるみの位置を確認するような仕草をした後、満を持して操作レバーを倒す。
人形の真上で止まったアームがゆるゆると下りてきて標的を掴んだ、かと思いきや、そのまま表面を撫でるようにするりと引き上げていった。
「ずいぶんタッチが優しいねゴッドアーム」
「ウッソでしょ今の!? するっていったよするって」
例によって下手くそなやつかもしれない。
実際専門的なことは悠己にはわからないのだが、唯李は立て続けに入れた百円で二回目も手応えなく失敗した。
横顔を見ると向こうも無言で見返してきて、
「悠己くんが見てるせいで取れない」
「……どういうこと? それさ、体じゃなくて輪っかにかけたらいいんじゃない?」
「いやいやそれは罠だね。ここはやはりアゴ狙いで……」
「わ、私、UFOキャッチャーは得意なの!」
その時、話の途中でいきなり凛央が乱入してきた。
凛央は横入り気味にお金を投入すると、そのままレバー前のポジションを奪う。
唖然とする悠己たちをよそに、凛央は必死に食い入るように標的を見つめながらレバーを操作し、ボタンを押す。
ダン! とムダに力が強く何やらちょっと怖い。
凛央の気迫が届いたのかアームも妙に力強く、パンダをアゴごと鷲掴みにして戻ってくる。
ぱっとアームが腕を開くと、人形はすとんとそのまま手前の穴に落ちた。
「やった、取れた!」
「わ、すごい。凛央一発じゃん」
ぱちぱちと小さく両手を叩いて、うれしそうにはしゃぐ凛央。
そしてチラチラ唯李の様子をうかがうも当の唯李は、
「わーすごいねー凛央ちゃん……」
といいつつ若干顔が引きつっている。若干拳握りしめている。
これはどうやら負けず嫌い唯李ちゃんをダイナミックに刺激してしまっているようだ。
そんなことはつゆ知らず、嬉々として取り出し口に手を伸ばした凛央は、手にしたぬいぐるみをそのまま悠己に手渡してくる。
「じゃあ、これ……」
「いいの? ありがとう、妹が喜ぶと思う」
「……そ、そう。よかった」
悠己がお礼を言って笑いかけると、凛央は少し気恥ずかしそうに微笑を浮かべた。
「やっぱり怒ってるより笑ってるほうがいいね」
「な、何よそれは! 人を四六時中怒ってるみたいに……」
「ほら怒ってる」
凛央ははっと気づいて頬を紅潮させた後、「ふん」と慌てて真顔を作って黙った。
その時ふと横から視線を感じて振り向くと、唯李が何か言いたそうにじっとこちらを見ていた。
「……何?」
「別に」
ふっと視線をそらされる。やはり自分で取れなくてご機嫌斜めらしい。
それでも元を辿れば最初に見つけてくれた唯李のおかげなので、
「唯李もありがとうね」
「へ? な、何が?」
「ぬいぐるみ取ろうとしてくれて」
こちらにもお礼を言うと、唯李は「う、うん……」と口元をモゴモゴさせた。
そしてまたも何か言いたげに上目遣いをしてくるが、結局何も言わない。
「まあゴッドアーム見れなくて残念だったけど」
「そうね! 取れませんで悪うござんした!」
唯李はその勢いで「なにしゃくれてんだよ!」と悠己が手にしたぬいぐるみの頭を手でパーンした。
またしてもJK力がガリガリ減っていく。
「そうよ、なにしゃくれてんのよ!」
さらになぜか凛央も真似してパーンしてくる。
まさに理不尽。歓迎されるかと思いきやこの仕打ちにはパンダもびっくりである。
悠己は二人からパンダを守るように手で覆うと、「よしよし、怖いねー」と頭を撫でてやった。
しゃくれパンダをパーンするボタンはこの下にあります。