凛央語
凛央の提案により一行は駅前のゲーセンに向かうことになった。
唯李が「悠己くんにも後をついてくる権利をあげよう」とかなんとか言うので、横並びに歩く二人の背後をストーカー方式でついていく形を取る。
目的はあくまで二人仲良く遊んでもらうことなので、悠己としてはこれで特に異論はない。
ただ何かと人目を引きそうな二人組であるからして、下手すると本当にストーカーのようになってしまうため距離感が難しい。
実際すれ違う男性が、みなチラチラと二人に視線を当てている気がする。
「でも意外だなぁ。凛央ちゃんの口からゲーセンとか」
「そ、そう?」
「凛央ちゃんゲーセンとか行かなそうだもん」
耳をそばだてて二人の会話をこっそり聞く。
なぜ二人の間にこうも食い違いというか、意識の違いができてしまうのか見極めるためだ。
しばらくは「朝何食べた~?」だとか「その服どこで買ったの~?」だのと唯李が質問して、凛央がそれに答えていたが、
「……」
「……」
しかし会話は割とすぐ途切れた。
女子というのは二人集まればそれはもうやかましくぺちゃくちゃとおしゃべりが止まらなくなるものと思っていたが、どういうわけか二人しておとなしい。
(何か話題を提供してあげたほうがいいかな?)
悠己はその時ふと「ゆきくん一緒に見よ!」と瑞奈に言われて見た昨晩のテレビのアニメ映画を思い出した。
「二人はバルスと黙れ小僧どっちが好き?」
唯李が一瞬ちらっとこちらを振り返ったがすぐに前を向いた。いきなり何言ってんだこいついいから黙っとけと言わんばかりだ。
それからまたポツポツと話し声が聞こえてきたが、基本唯李からの振りでやはりなんとなく凛央が遠慮しているように見える。
そんな煮え切らない調子のまま、駅前の通りまでやってきた。
人通りも一気に多くなり、それに伴いお店の数も増えていく。
道中、軒先でゲームのデモ画面が流れていたので、相変わらず控えめな二人に再度話題提供の意味も込めて、悠己はモニターを指差す。
「あれ唯李が得意なゲームじゃん」
画面に流れていたのはちょうど先日唯李が瑞奈にボコら……一緒に対戦したゲームだった。
唯李に一度ジロッと視線を浴びせられ、またもふいっと無視されたので、
「あれ唯李が好きなゲームじゃん」
と言い直してみたが、さっきよりきつく睨まれてやっぱり無視された。
こちとらガチじゃいとか言っていたのに、まるでその件には触れたくないと言わんばかりだ。
やはり瑞奈にボロ負けしたのを根に持っているらしい。まあ根に持つというのもおかしな話だが。
「唯李が好きなゲーム……」
ただ凛央は興味を持ったらしく、急に立ち止まってじっとゲーム画面を見つめている。
唯李も仕方なくと言った感じで足を止めるが、まるでごまかすように横から口を出した。
「凛央ちゃんはゲームとかやらなそうね」
「ま、まあ……やってやれないこともないけど……。ゲームなんて所詮遊びでしょう」
「フゥ~カッコイ~」
なぜそこでカッコつけてしまうのか。
私も一緒にやってみたいとか言えばいいのに。
結局唯李がさあ行くよ行くよ、とせかしつけてその話題はそれで終わり。
さらに通りを歩いていくと、本屋が入っているビルの前にさしかかったあたりで、「あっ、そうだ」と唯李は何か思い出したように声を出して立ち止まった。
「ちょっと寄ってっていいかな?」
「うん全然、全然いいわよ」
コクコクとうなづく凛央を受けて、唯李は我先に本屋の建物に入っていく。
真っ先に入り口脇のエレベーターを上がり、二階のコミック本コーナーへ。
そしてフロア入り口正面の一等地に平積みになっていた漫画を手に取った。
アニメ化もされて割とポピュラーな、悠己も知っている少年漫画だ。
「あ、新しいの出てたんだ。買ってるの?」
「もち。刈り上げ萌え」
「ベタだねぇ」
「黙れい。まったく、どこかの誰かさんもクールキャラかと思ったらとんだグールだったから」
「だからそのグールって何?」
唯李はおほほ、と口元を抑えると、じっと漫画の平台を眺めていた凛央に向き直った。
「凛央ちゃんは……漫画とか読まなそうだもんね。読むとしたら小説とか?」
「ま、まあそうねぇ~……所詮息抜きというか……」
なぜそこで私も読んでみたいと言わないのか。
これには悠己も黙っていられなくなったので、こっそり凛央に耳打ちする。
「私も読みたいって言いなよ」
「え、えっ? い、いやそれは……」
どうにもはっきりしない。
かと思えば、うだうだやっているところを唯李に見咎められてしまい、
「お二人、何をコソコソしているのかなぁ?」
「ええと、ちょっと凛央の通訳を……」
「ふぅ~ん? 通訳挟まないと唯李語が理解できないと?」
どちらかというと凛央語を素直に変換しようとしているところだ。
まあ唯李語のほうこそたいがい難解で、完全に理解できたら悠己もここまで苦労はないのだが。
「ていうか悠己くん、いつの間にか凛央って呼んでるんだ? 仲いいんだーふーん」
唯李は呼び方が気に入らないのか、悠己と凛央へ向かって交互に目を細めてみせる。
凛央は困ったように目線を泳がせて居心地悪そうにしていたが、最終的に悠己をきっと睨んできた。
なぜか一人だけ悪者扱いである。
それから唯李がお会計を済ませて、本屋を出る。
さっきので機嫌をそこねたのかなんなのか、いよいよ唯李の口数が減ると自然と会話がなくなる。
そして変な空気のまま歩き続け、いよいよ目的地のゲーセンに到着。
場所は二階建ての建物で、ここ近辺の駅を含めてもかなり大きなゲームセンターだ。
普段悠己が一人で足を運ぶようなことはほとんどないが、慶太郎の話なんかにもよく出てきて、学生たちの中でもそれなりの人気スポットだ。
入店するなり、低音の効いた音楽だのゲームのSE音だのコインがぶつかり合う音だのが、四方八方からやかましく押し寄せてくる。
言い出しっぺのはずの凛央は、あちこちキョロキョロしてばかりで挙動が怪しい。
どうもあまり慣れていない感じだったが、自分が先導をとでも思ったのかフラフラと先に歩き出したので、悠己は唯李と並んでその後をついていく。
「なんだかんだでゲーセン久しぶりかも」
唯李が声を弾ませてあちこち見渡している。
こちらは幾分機嫌が戻ったのか、表情も緩んで足取りも軽い。
「あっ……」
かたや真顔で先を行く凛央が突然立ち止まった。
その視線の先には、中で写真を撮ることのできる機械――プリクラの筐体が何台か立ち並んでいる。
これは唯李と一緒に撮って仲良くなるチャンス。
唯李のキャラ的に「凛央ちゃん一緒に撮ろ~。悠己くんも入りたい? しょうがないなぁ~」的な流れになるに違いない。
そんな期待をしながら、悠己は唯李へ伺いを立てた。