あーんするターン
「ちょっと貸してみて、やってあげるから!」
「ダメ瑞奈がやる瑞奈が!」
悠己が着替えを終えてリビングに戻ってくると、唯李と瑞奈がテレビの前でゲームのコントローラーを奪い合いする声が聞こえてくる。
また懲りずに対戦しているのかと思ったが、一人用のゲームを二人でああだこうだ言いながらやっているようだ。
最初の頃こそ唯李はお姉ちゃんぶっていたが、早くも素が出てきているっぽい。妹属性同士がぶつかるとやはりこうなるらしい。
「あ~またそこで落ちた! も~ゆいちゃん下手!」
「いや今絶対ジャンプ押したから! まったく反抗期かよこのヒゲオヤジ」
口汚いなぁ、と悠己は二人を尻目に、冷蔵庫の中を開ける。
ハムエッグにトーストでも、と思ったが卵がない。
じゃあ適当にジャムでも塗って……と小瓶を手に取ると、瑞奈の仕業か昨日の朝には半分以上あったはずのいちごジャムがほぼなくなっている。
微妙にすこ~しだけ残してあるのがいやらしいやり口だ。
何かもう色々考えるのが面倒になったので、ハムと食パンを一緒に口に放り込めばいいかと冷蔵庫から取り出して食卓につくと、
「悠己くん、ちょっと待ったぁ!」
突然遠くからちょっと待ったがかかった。
ゲームを中断した唯李はソファの隅に置いてあった手提げかばんをひっつかんで、食卓の方にやってくる。
「ちょっと早いけどお昼にしよっか」
いきなりそんなことを言い出すが、何か作るにしても買ってこないとろくなものがない。
悠己が戸惑っていると、唯李はカバンの中からお弁当箱と大きめのタッパーを一つずつ取り出し、テーブルの上に並べた。
「ずゃずゃ~~ん! お弁当~!」
唯李はお弁当に向かってぱっと両手のひらを開げてみせる。
お弁当、という単語を聞きつけた瑞奈が、ゲームをほっぽってどたどたと走ってきた。
「うおおおおべんとぉおおおお!!」
「瑞奈ちゃんの分もあるよ」
唯李がそれぞれ蓋を開けて御開帳するなり、椅子に乗った瑞奈が飛びかからん勢いでお弁当箱を覗き込む。
はっと大目を開けて指差して、
「あっ、タコさんウインナー入っとるやんけ! おまんら生きとったんかい!」
「みんな楊枝で串刺しになってるよ」
「そういうことじゃないの。いや~タコさん何年ぶりかなぁ」
「うん、まあ……」
「むっ、その反応……さては瑞奈に内緒でこっそり食べたな!」
「いや、別にそれぐらい自分で作って食べられるじゃん」
「だからそういうんじゃないの!」
ずいっと悠己を押しのけた瑞奈は、これでもかというほどに弁当箱に顔を近づけ、
「うおー卵焼きぃぃいい!! 唐揚げえぇぇえ!!」
いっぱいに詰められたおかずを見て絶叫していく。
そんな瑞奈の背後で唯李はくすっと笑いながら、
「ちょっと手抜きだけど、みんなで食べられるように質より量で」
「そんなことないよ、ゆきくんが作るやつよりおいしそう!」
裏切り者め。
だがまあ、悠己自身異論はもちろんない。
お弁当箱の方には三種類のおかずが入っているのに対し、タッパーの中には海苔の付いた俵状のおにぎりが整然と詰められていた。
なるほどおかずの種類で言ったらこの前悠己がもらった弁当よりは劣るが、これだけ数を用意するのはなかなかの手間だろう。
悠己は改めて唯李の顔を仰ぎ見て礼を言う。
「ありがとう唯李、わざわざこんなに作ってきてくれて」
「いやぁその、悠己くんも毎日ご飯用意するの大変かなぁって思って……」
唯李は頭をかきながら、少し照れくさそうに笑う。
つられて悠己も口元を緩ませ、なんとなしにそのままお互いじっと見つめ合っていると、横合いから瑞奈がグイグイと唯李の腕を引っ張り始める。
「ねーねー食べていい? 食べていい?」
「……あっ、うん。いいよどうぞ食べて食べて」
許可を得ると同時に瑞奈は歓声を上げながら手を伸ばし、ずっと狙っていたタコさんウインナーをひょいっと口に入れていく。
悠己も食パンをかじるのはやめて、タッパーに入ったおにぎりを手に取り、唯李にいただきますをする。
「びゃぁああうまいぃぃいい!!」
「静かに食べなよ」
「ゆきくんこそ、静かに食べてないでゆいちゃんにあーんしてあげなよ」
「ええ? なんで」
「なんでってことないでしょ、付き合ってるのに!」
瑞奈理論によると、付き合っているならあーんしなければならないらしい。
そういえばそういう設定なんだった、と思い返した悠己は、ウインナーに刺さっている楊枝の先をつまんで、そのまま唯李の顔の前に持っていく。
「じゃあ唯李、あーん」
とやるが唯李は微動だにせず、なにか言いたげな顔でじっと視線だけを向けてきた。
全く食いつく気配を見せない。
「どしたの?」
「……悠己くんってそういうとこ、強いよね」
「強い?」
「いやなんか、もっと恥ずかしがれよっていう……」
そう言う唯李は恥ずかしいのか呆れているのか微妙な表情をした。
悠己は瑞奈によくやっているというかやらされるのであまり抵抗がないというか、自身よくわからない。
「俺はほら、瑞奈によくやってるから」
「そういう問題? ていうかよくやってるんだ……」
「ふっ……ゆきくんよ、瑞奈の屍を越えてゆけ!」
「死んでないでしょ」
「バーローそういう意味じゃねえ!」
「そういう意味だよね」
瑞奈は言いたいだけなのか言うだけ言って、楊枝で同時に串刺しにした卵焼きとからあげに食らいつく。
唯李は瑞奈の視線を気にしていたのかなんなのか、今がチャンスとばかりにぱくりとウインナーを口に含む。
「あ、食べた。やったね」
「……動物に餌やったみたく言わないでくれる?」
唯李は口をもむもむとやりながら、今度こそ恥ずかしそうに目線をあさっての方にそらす。
すると瑞奈が目ざとく首を伸ばして唯李の顔を覗き込みながら、
「どう? おいしいゆいちゃん?」
「お、おいしいよ……」
「やったねゆきくん、愛の力だよ!」
「唯李の料理の力だよ」
まるで愛がなければまずいみたいな言い方はどうかと。
案の定唯李はどこか腑に落ちない顔をしてぼやく。
「自分で作ったのおいしいって言わされるってなんか……」
「自画自賛だね」
「まあ、おいしいしね実際!」
と胸を張って開き直っていく唯李。
「ほら、次はゆいちゃんがあーんするターンだよ! ゆきくん構えて!」
「よし来い」
「……なんかこれ、あたしだけ罰ゲームっぽくなってない?」
「大丈夫、そのあと瑞奈のターンが待ってるから!」
言いながら瑞奈はおにぎりを手にとって待ち構える。
その後、互いに口の中にお弁当放り込み合戦はしばらく続いた。
そんなこんなであっという間に唯李の弁当は空になった。
瑞奈は椅子にもたれてお腹をポンポンとやって満足げな様子。
一度時計を見た悠己は、立ち上がりながら隣でお弁当箱をしまい終わった唯李を促す。
「それじゃぼちぼち行こうか」
「ゆきくんとゆいちゃん二人でどこ行くの?」
「図書館で勉強」
「行ってらっしゃい」
ついてきたそうだった瑞奈は、素早くくるりと∪ターンを決めてテレビとソファのある方へ戻っていく。
しかしこのまま一人で瑞奈を残していくのは少し不安だ。
「バイバイ瑞奈ちゃんまたね~」
「おう! またいつでも来んさい!」
「瑞奈もちゃんと勉強するんだよ」
「まかしとき!」
瑞奈はリモコン片手にぐっと親指を立てた。
野郎映画だ。まったり映画見る気だ。
前回瑞奈は父にねだって動画配信サービスを契約させたばかりだった。
文句の一つもつけてやりたかったが、悠己としてもこの後の計画というか予定がある。
これ以上グダグダするわけにもいかず、結局そのまま唯李とともに家を出た。