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凛央のお願い

 凛央はその隣に座ると、置きっぱなしだった弁当箱を持って悠己に向かって差し出してくる。

 ほとんど食べ終わりの弁当の中から、悠己は生き残っていたタコさんウインナーをひょいっとつまんで口に入れる。

 うまそうに食べる悠己を見てにやりとした凛央が、


「ふっ、食べたわね……。これで君も同じ穴のムジナ……いわば共犯よ。こんど生意気な態度をとったら、人知れずぼっち飯をしていたと言いふらすわ」

「別にいいけど」


 誰に言われようとその程度ノーダメである。

 というかいきなりそんな事を言っても変人扱いされるのは凛央のほうでは? と悠己は思う。


「唯李に教えてあげようか? 凛央が一人でご飯食べてたよって」

「そ、それだけはやめて! くっ、なんて鬼畜な……」


 凛央はまるで捕まった女騎士のごとく睨みつけてくる。

 唯李に一緒に食べるように言ってあげようと思っただけなのだが。


(というか一緒に食べればいいのに……)

 

 だがまあ、すでに同じクラスでグループを作ってしまっていると、そこに入っていきづらいのは確かだ。

 それにこうやって一人で食べるのが好きなのならば、余計な口を出すこともないだろう。 


 悠己としてはなかなか良い場所を見つけてホクホクである。

 じろじろとこちらの挙動を警戒している凛央を尻目に、悠己は持ってきた袋からおにぎりを取り出し、封を切って食べ始める。

 頬張って咀嚼をしていると、じっと悠己を見つめてきた凛央は何か気に入らないのか、


「もぐもぐもぐもぐと能天気に……。状況わかってるわけ?」

「おいしい。幸せな状況だね」

「ハア? こんなところでコソコソ食べてるのに幸せ?」

「わりと」


 隣でぺちゃくちゃうるさい教室の自分の席に比べたら天と地の差。

 温度も快適、そして時おりかすかにそよいでくる風が気持ちいい。


「ご飯食べてここで昼寝したら気持ちいいだろうね」

「じゃあ寝ているスキに私が懐からサイフをかっさらう。それで不幸でしょ」

「なんでそんなことするわけ」

「そっちがふざけたこと抜かしてるからでしょ。そうやって幸せだと自分を思い込ませているんでしょう? 私、そういう人を騙す嘘つきが嫌いなの」


 凛央はきっぱりそう言い捨てる。

 そう言う割に、この人ちょいちょい嘘つきじゃないか? と思ったが口には出さない。


「そんな風に言うなら、こんなとこにいないで誰かと一緒に食べればいいのに。前もほら、たしか手下みたいな人いたでしょ」

「あれは……そういう類のものじゃないわ。勝手に人をそれらしいキャラか何かに見立てて、もっと叱ってくださいとかってふざけて私をからかってくるのよ」


 凛央は忌々しげに唇を噛む。

 どうやらブロークン男子とブレイカーとの間には少し認識に齟齬があるらしい。


「でもそういうキャラなんでしょ? 隣の席ブレイカー」

「な、何よそれは? 勝手に変なあだ名つけるのやめてくれる? 私はただ、少し口調がきつくておせっかいで目つきが鋭くてちょっと怒りっぽいだけなのよ」

「それもう十分ダメなやつだよね」


 どうやら自分では自覚がないパターンのようだ。

 凛央は最後に残っていた卵焼きを口に入れると、弁当箱を片付けながら、

 

「それなのにいつの間にかみんなから怖がられていると言うか、勝手に変なキャラ付けされて……。だから風紀委員とかクラス委員だとか、そういういかにもなのを選ぶのはやめたの。私は単に心配なのよ、ろくに勉強もせずおちゃらけている男子なんかを見ると、そんなので将来大丈夫なのかって。ちなみに成戸くんのこともかなり心配だわ、今まででダントツで」

「ダントツってことはないでしょ」

「いやマジで」

 

 目がマジだった。このままロックオンされそうな勢い。

 隣の席でもないのにブレイクされてはたまったものではない。


「でもそういう性格のせいで友だちができないってこと? 友だちできないってうちの妹みたい」

「そ、そういうのと一緒にしないでくれる!? 第一私には、し、しし、親友がいるんだから……」


 そう言いつつ噛み噛みなのは何かやましいことでもあるのか。

 悠己に思い当たるフシがあると言えばもちろん、

 

「それって唯李のこと?」

「そ、そうよ、悪い?」


 親友と言うくせに、テスト前になるまで唯李の口から凛央という名前はただの一度も出なかった。

 なにせ隣の席の悠己が、これまで一度も顔を見たことがなかったのだ。

 

「その割には遊んだりしてないよね? 一緒に帰ったりとかもなさそうだし」

「そ、それはお、お互い予定が合わないところがあるから……」

「ふぅん……」


 しかし今のこの状況で言われても説得力ゼロ。

 悠己がこれ以上あんまり突っ込まないほうがいいかな、という顔で見ていると、凛央は目線をそらし、何やら思いつめたような表情になった。

 そしてしばらく無言の間があった後、凛央はわなわなと肩を震わせだして、


「そ、そうよ! どうせ私は、都合のいいときに呼び出される女なの! 実際私は、唯李のたくさんいる友だちのうちの一人に過ぎないのよ! この前だって一緒に勉強する予定をドタキャンされたし……」


 やはり根に持っていた。

 それに関しては悠己がここで自分のせいだとは言い出しづらい。

 だが唯李自身、「ドタキャン? 凛央ちゃんならオッケーオッケー」と余裕だったのだ。


「まぁ唯李もアレはアレで色々と問題ありだからね、別にそこまで唯李にこだわらなくても……」

「ゆ、唯李のことを悪く言うのはやめなさい! とにかく唯李だけは他の子とは違ったのよ! 偶然隣の席になって……唯李の笑顔に癒やされたのよ! 本当は私だって、もっと唯李と遊びたいの。一緒に帰ったりとか、夜ラインしたりとか、休みの日に遊んだりとか……」

「すればいいじゃん」

「だから! いつも向こうから話しかけて来て、私がしょうがないわねぇって言う感じの流れになってるの! それが私の方から『遊んで遊んで~!』なんて言えるか!」

「ぶふっ」

「何笑ってんのよ!」

「いや想像したら面白くて」


 普通に今の言い方がかわいかったので、素直にそのまま言ったら遊んでくれそうだ。

 なのにその当人たるや、悠己が吹き出したのが気に入らなかったのか今にも掴みかからんばかりに怒り心頭である。


「凛央は美人で頭もいいのに、なんでそんなにひねくれてるの」

「美人で頭がいいって、それがどうしたっていうの。唯李のほうがかわいくて明るくていつも元気で輝いていてみんなからも愛されていて……」

「それは美化しすぎだと思う」


 言うてそこまで愛されてないような気もする。

 この前も隣でグループで会話している時に「ちょっと唯李黙っててくれない? 話進まないから」とか怒られてた。もしかしていじめられてるのかな? と思った。

 昨日だってゲームで負けてへそ曲げてそれを翌日まで引きずるという、まさに小学生レベルのメンタリティ。

 

「そんなことないわよ。というかそもそも、成戸くんのような人が唯李に相手にされているのが謎」


 かと思えば唐突に人様をディスってくる。 

 これは完落ち特有の謎の唯李信仰に侵されている。隣の席キラーに惑わされているとも言える。

 凛央はおにぎりを平らげた悠己に向かって、今度はやけに神妙な面持ちになったかと思うと、


「……あの。恥を忍んで……成戸くんにお願いがあるんだけど」

「何?」

「……どうやったら、唯李と仲良くなれるか教えて」


 などとこれまた突然のお願い。

 お遊びで軽い気持ちで隣の席の人を落とすとどうなるか。

 こんな風になってしまった彼女のことを、しっかり唯李に責任を取らせなければ。

 被害者のアフターケアも含めて、これは唯李を見守る自分の役目だと思った悠己は、


「つまり自分から誘ったりするのが恥ずかしいってことでしょ? わかった、次の土日、一緒に遊べるように俺が唯李を誘ってあげるよ」

「えっ?」


 意外な申し出だったのか、凛央はまつげを大きく瞬かせた後、すぐに両手をわたわたさせる。


「そ、それは、ありがたいけど……わ、私の名前は出さないで! なんでもないような顔してたくせに実は必死? とか思われるじゃないの!」

「わかってるわかってる。つまりこういう作戦で……」


 特に誰に聞かれるという恐れもなかったが、悠己はなんとなく声をひそめていく。

 興奮のためか若干頬を紅潮させた凛央は、素直に膝をつめて体を傾かせ、悠己の口元に耳を寄せてきた。

またレビューいただきました!

ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
RIOちゃんは素直になれないツンデレさんだったんですね、本性が見えてくると可愛いなと思えてくるから不思議~ にしても悠己は人たらしの才能があったんだ~
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