仲良し? 美少女二人
「でさあ、このThatがさあ……」
翌朝悠己が教室に入っていくと、長い髪をした女生徒――凛央がノート片手に唯李の机に取り付いていた。
あれこれ質問をする唯李に対し、「うふふ、それはねえ……」と上機嫌に答えている。
席についた悠己が、昨日のお返しとばかりに「朝から精が出ますなぁ」と横から唯李に声をかけると、
「ぷいっ」
「ん?」
「ぷいーっ!」
謎の呪文を唱えながらそっぽを向かれた。
もしかして昨日のゲームのことをまだ根に持っているのか。なんという負けず嫌い。
すかさず凛央がギロっと鋭い眼光を飛ばしてきて、これみよがしに悠己と唯李の机の間に回り込むと、まるで悠己を隔離するように背を向けて立ちふさがる。
これはお触りOKかな? とややくびれた細腰から張り出したお尻を眺めていると、凛央はどうにか悠己を唯李と接触をさせまいとしているのか、ちょくちょく右に、左に小刻みにスカートを揺らして悠己の視界を塞いでくる。
これは完全に誘っている。
なんだか目障りで思わず尻を引っ叩いてしまいそうだったので、悠己は立ち上がってトイレに向かうことにした。
「おはよう成戸くん」
だが教室を出る寸前で園田に捕まった。
この男は廊下の出入り口近くに席を構えているものだから厄介なことこの上ない。
頼んでもいないのに園田がおすすめアイドル画像を見せつけてくると、どこからか慶太郎がすぐにやってくる。
これもいつもの流れだ。何か悠己が園田と二人で話しているのが気に入らないらしい。
慶太郎は強引に間に入ってくると、「また奴が来てるぜ」と窓際の唯李の席を目で指し示す。
「ええな。美少女二人のきゃっきゃうふふ空間」
「うむ。ぜひともあそこに加わりたい」
「ないわお前。きらら枠に不純物混ぜんなよ」
慶太郎が「このヘドロが」と蔑んだ視線を向けるが園田は全く効いてない顔で、
「しかし隣の席ブレイカーは鉄の仮面、などと言われていたがあの笑顔は……アリだな。ギャップに萌えた」
「いやお前には笑わねえよ? てかその隣の席ブレイカーって実際どんなんだよ」
「やることなすこと注意されて、それがいつの間にか快感になってしまう。いつしか彼女に罵られないと満足できない体になってしまうらしい」
「ふぅん……確かに色々とブレイクされてんな」
いつだったかこの前も変なのに付きまとわれているようだったが、あれがブロークン男子だったか。
悠己たちが雁首揃えて二人の様子を眺めていると、急に凛央の顔がこちらを向いて、つかつかと早足に近づいてきた。
「さっきから何をこっちを見てヒソヒソしているの? 目障りなんだけど?」
凛央は厳しい目つきでじろっと三人を見回した後、なぜかまた最後に悠己で目を留めた。
悠己はすかさず園田の顔を見てそちらに視線を受け流す。
「花城凛央。ここであったが百年目……」
受け流しは失敗だったが、勝手に園田が悠己の前に踊り出て語りだしたので、凛央の注意は嫌でもそちらに向いた。
園田はにやっとねちっこい笑みを浮かべて、
「こうして相まみえるのは初めてかな? そう、僕が園田賢人だよ」
「……誰?」
園田は一瞬沈黙しかけたがめげずに、
「目に入れたくないのもわかる。君の目の上の瘤とも言える存在……学年トップの男を」
「誰? 邪魔なんだけど」
それでも引こうとしない園田の腕を、慶太郎が慌てて横から引く。
「おいもうよせ、邪魔だって」
「認識したくないというのもわかる。どうあがいてももう一歩手の届かないトップの男を……」
「お前この前五位だったからトップでもなんでもねえだろ。ただのキモオタでは?」
「だから違う! 前回はたまたま……そう、隣の席キラーに調子を狂わされたんだ! 去年の成績を平均すれば僕が圧倒的一位のはず……っ!」
そう学年トップクラスのキモオタがしつこく弁解をしていると、
「凛央ちゃんどったのー」
突然現れた唯李が凛央の背中に体をくっつけるようにして、肩越しに顔を覗かせた。
すると凛央はびくっと背筋を伸ばして、張り詰めた調子から一変、ぎこちなく表情を緩める。
「だ、大丈夫よ、なんでもないの。ちょっと目障りだったから……」
「ダメだよケンカは~」
場の一同を見渡して、仲裁に入ろうとする唯李。
が、こちらも悠己に目を留めるなり指をさしてきて、
「アイツはやっちゃえ」
「もちろん言われなくても」
血気盛んな二人から露骨に視線による集中攻撃を浴びる。
悠己がいじめかな? と思っていると、唯李はぱっと凛央の背中から離れて廊下のほうへ足を向けた。
「それよりトイレトイレ! ホームルーム始まっちゃう! 凛央ちゃんも連れション行く?」
唯李が急かすようにそう言うと、凛央はいきなりぼっと顔を赤くして、
「げ、下品な言い方はやめなさい!」
「おほほ。では凛央さん、お小水に参りましょうか」
「……それもどうなの?」
凛央は釈然とせずにいたが、結局唯李にくっついて教室の敷居をまたいだ。
去り際、凛央が最後に悠己をひと睨みすると、唯李も振り返って悠己に向かってんべーっと舌を出してくる。
そんな二人の後ろ姿を、慶太郎と園田が腕組みをしながら見送る。
「やっぱあの二人……いいな」
「うむ。美少女二人が仲睦まじく……」
仲睦まじい……それがドタキャンオッケーな間柄とは、仲良し女子というのもなかなかに複雑な関係だ。
だがそれで人を目の敵のようにするのはやめていただきたいと思う。
「しかし悠己お前、やけに愛されてるな」
「そう? まいったなぁ」
「皮肉で言ったんだよ。お前何やったんだよマジで」
「特に何も」
「成戸くんはあれだけ的にされてご褒美じゃないか。なんというかブレイクされる奴らの気持ちも……わからんでもない」
「うわ、こいつ今度は花城に似てるアイドル探すつもりだぞ」
慶太郎が若干、いやかなりドン引きで園田を指さす。
園田は存在を認識すらされていなかったのに、にやにやとやけに嬉しそうだ。
「そんな回りくどいことしてないで唯李とか凛央に直接お金払って握手してもらえば?」
「成戸くん、きっと君のような人間がニュースに載るんだろうね」
ひどい言われようだ。
まるで人を犯罪者予備軍かのように。
「ちょっと待て。お前、馴れ馴れしく唯李だか凛央だか呼んでるけど何?」
「何って、名前じゃん」
詰め寄ってくる慶太郎に園田がやめろ、と手で制した。
「わかる、わかるぞ成戸くん。本人のいないところでは唯李たんって呼んでしまうのと一緒のことだろう」
「うっわ、こいつ家で名前連呼してそう。キモっ、マジ無理」
慶太郎がおおげさに一歩二歩下がる。
同じく悠己も園田から距離を取り、そのまま教室を出ようとするとすかさず慶太郎に呼び止められた。
「おい、どこ行くんだよ悠己」
「トイレ」
「よし、じゃあオレらも仲良く連れションしようぜ」
「やっぱホームルーム終わってからでいいや」
「露骨に避けんなよおい」
悠己はくるりと身を翻すと、唯李と凛央がいなくなって静かになった自分の席に戻った。