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唯李VS瑞奈


「ちょっ、近……」


 唯李が軽く体をのけぞらせて固まる。

 しかし悠己はお構いなしに距離をつめると、耳元へ向かってささやくように提案する。


「できればこう、胸を押し付け気味にギュッとしてくれたりするといいかもしれない」

「……悠己くんって実は欲望に忠実な子だよね」


 悠己はじとっとした目つきを向けてくる唯李をまっすぐ見返して、


「言うだけ言ってみて、もしいいよってなったらラッキーって思って」

「そういう子にはラッキーなんてそうそうないんだよねえ」

 

 ぐいっと耳たぶをつまんで引っ張られる。 

 そのままどんどん顔を離されてしまい、結局元の距離に落ち着く。

  

「やっぱだめかぁ」

「だ、だめっていうか……。仮に、本当に付き合ってるんだったら、それぐらいは別に……」


 そう言いよどんだ唯李は、薄く頬を染めながら何か訴えるような上目遣いをして、何度かまばたきをする。

 何やらためらいがちにしているが、そんな当たり前のことをごたいそうに言われてもだ。


 そもそも本当に付き合っているんだったら、いちいちこんな伺いなど立てたりしないという話。

 はいはいボーナスタイム終了、と悠己が立ち上がると、視界の隅で「今だやれ、やれ!」とファイティングポーズを取ってジャブを繰り出す瑞奈の姿がちょいちょい見切れる。


「じ、じゃあ……触れるか触れないかぐらいでギリギリの感じで」


 唯李も瑞奈の姿が目に入って空気を読んだのか、急にそんな事を言いだした。

 とはいえどんな形をイメージしているのかこちらは勝手がわからない。

 

 とりあえず任せたと直立不動のまま待機していると、傍らに立ち上がった唯李はロボットのようにぎぎぎ、と両腕を前ならえするように持ち上げ、ぎこちない動きで体を近づけてくる。

 そしてそのまま腕を悠己の脇のあたりに差し込んでくるので、悠己もそれを真似て両腕を伸ばしていく。

 すると悠己の顔の下で、唯李がぼそっと言うのが聞こえる。


「……なんか違う、これ違う。力士みたくなってる、まわし取りにいってる」


 そう言われて悠己は一瞬紙相撲を思い出した。これでは大地震でも来ない限り勝負はつかない。

 その代わりちょうど鼻先に急にボール(唯李の頭)が来たので、


「すんすん」

「……ねえ聞いてる? ていうか匂いかぐな!!」


 どっと手で両肩を突き飛ばされた。決まり手突き出し勝負あり。

 悠己がよろけてソファに座り込むと、瑞奈ががくっと首をうなだれてゾンビのようになってしまう。

 

「はいはいわかった、わかりましたよ」

 

 またも空気を読んだのか、どっとソファに腰を下ろした唯李は、少し腰を浮かせながら体をにじり寄らせてくる。

 そして悠己の方へ顔を向けて、


「しゃんとして、背筋伸ばして。そのまま、動かないでね」


 色々と注文が細かい。

 一体どういうつもりなのかと指示されるがままになっていると、唯李がこてんと頭を倒して、悠己の肩に寄りかかるようにしてきた。


「おっ、いい感じだね」

「で、でしょ~?」


 しかし実際は肩に乗せているようでギリギリ乗せていない。首がしんどいらしく、若干首筋がぴくぴくしている。

 だが見栄え的にはこれでセコンド側も満足かと様子を伺うと、いつの間にか瑞奈が携帯を構えてレンズをまっすぐこちらに向けていた。


「って待て待てーい!!」

 

 ついに我慢の限界に達したのか、ばっと立ち上がった唯李が大股に瑞奈に詰め寄っていく。

 さっと携帯を背中に隠す瑞奈に向かって、


「いま撮った? 撮ったでしょ!?」

「撮ってますん」

「どうぞごゆっくりって、何をやってるわけ!」

「せっかく二人のラブラブツーショットを撮ってあげようと思ったのに……」

「そ、そういうのはいいから! 瑞奈ちゃんも勉強しなさい!」

「え~~~。今はちょっと時期がね……風水的に……」


 やはり完全にナメられていて唯李では手に負えそうにない。

「昨日唯李が来たら勉強する」と言ったのは嘘かと悠己が加勢しようとすると、


「じゃあゆいちゃんがゲームで勝ったらいいよ」

「ゲーム?」


 そう言って瑞奈は一度自分の部屋に引っ込むと、持ち運びのできるゲーム機を持って戻ってきた。

 そしてそれをリビングに置いてあるテレビに接続し、ゲーム画面を出力する。

「これで対戦ね!」と瑞奈がコントローラを操作しながらテレビを指差して言うと、唯李はにやりと不敵に笑った。


「ふぅん、何かと思えばマスブラねぇ……受けて立とうじゃない」


 画面に映っているのは、キャラクターを操作して戦わせる対戦型のアクションゲームだ。

 悠己も以前瑞奈に付き合わされ無理やり対戦させられたが、コミカルな見かけとは裏腹に操作が複雑で奥が深く、悠己にはさっぱりだった。

 

「やめたほうがいいよ、瑞奈はムダにゲームうまいから」

「うまいって言ったって、よちよち上手だね~ってレベルでしょ? こちとらガチじゃい、女子供に負けるかい」


 そう言い放った唯李はテレビの前にどっかと腰を据え、舌なめずりをして一人で息巻いている。

 瑞奈からコントローラーを手渡されると、慣れた手付きでカチャカチャと指を動かしてみせた。

 どうやらすっかりやる気で、相当腕に覚えがあるらしい。


「へえ、唯李ってゲームとかするんだ?」

「あたしが何のために掃除洗濯炊事その他もろもろやらされ……やってると思う? 家でゴロゴロしてても文句言わせないためよ」


 唯李はなぜか得意げに言う。

 いっつも家でゴロゴロしてんのかこいつ……という悠己の視線をよそに、唯李は操作キャラクターをセレクトし始める。


「まあ最初は軽くもんでやりますか」

「ふーん、大きく出たね。ゆいちゃんの分際で」

「瑞奈ちゃん、負けても泣いちゃダメだよ?」


 などと牽制し合いながら、いざ対戦スタート。

 お互いしばらく見合ってから徐々に小競り合い、やがて瑞奈のキャラクターが先制を決めると、

 

「へえ、瑞奈ちゃんなかなかやるねぇ~」


 などと唯李は余裕たっぷりの様子。

 とまあ最初はおとなしかったのだが、なおも瑞奈の攻勢が続くと「は?」「いやいや」などとブツブツやりだして、だんだん雲行きが怪しくなってくる。

 そしてやがて「チッ」と舌打ちが飛び出して、しまいに「あっ!」と大きく声を上げたかと思えば、画面いっぱいに大きくKOの文字が表示される。 


「おっしゃ勝利~~!! あれれ弱いなぁ~ゆいちゃん調子悪いのかなぁ~?」

「ま、まあ今のはキャラがね。相性がね……」


 キャラを変えて再度バトルが始まる。

 その間唯李は瑞奈の方を見ようとせず、視線は画面に釘付けである。

 

 対する瑞奈の方は謎の集中力と器用さを発揮する。

 脇で見ていてキャラの動きもそうだが、なんというか指の運動量からして違う。

 素人目にも瑞奈のほうが相当上手なのがわかる。

  

「はぁっ!? 今のハメだよ! チートチート!!」


 またも一方的に攻めたてられ、いよいよ叫びだす唯李。

 かたや瑞奈は涼しげな顔で、


「ふっ、弱い者ほどよく吠える……」


 さらには瑞奈のキャラが相手を煽るような奇妙な動作を始めた。

 またそんな余計なことを……と唯李の顔を見ると、


「ぐぎぎぎ……」


 効いてる、めっちゃ効いてる。

 煽りによりさらに動きに精彩を欠いた唯李のキャラはあえなくノックアウト。再び敗北を喫する。

 が、息をつくまもなく唯李は無言でキャラを選び直し、すぐさま再戦を要求。

 バトルが始まる直前、冷静に冷静に……と唯李は何度か深呼吸をしていたようだが、


「うっわ、当たる今の!? ないわ~ないわないわぁ~!」


 またすぐにやかましくなる。

 傍で見ていてまるで小学……女子高生にしては少し慎ましさに欠ける気がしたので、


「唯李」

「何!?」

「ちょっとうるさい」

「ふんっ!」


 肩を水平チョップされた。

 しかしコントローラーから片手を離したその隙に、画面にはKOの文字が。

 唯李はここぞとばかりに悠己を指差して、

 

「あ~もう悠己くんがうるさいから負けちゃったじゃないの!!」

「俺のせい?」

「悠己くん! ちょっとチェンジ!」

「えぇ……やだよ俺これ苦手だし、やっても瑞奈に勝てるわけない……」

「ちがう! 瑞奈ちゃんと!」

「え? なんで?」

「いいから!」


 わけもわからず瑞奈と交代させられ、有無を言わせずバトルスタート。

 当然慣れておらずろくに操作もおぼつかない悠己は、唯李に一方的にボコられてあっという間に終了となる。


「イエーイ勝った勝った~!」


 唯李はコントローラーを手放して両手を上げてガッツポーズ。

 その裏で、悠己は一部始終をおとなしく眺めていた瑞奈と思わず無言で顔を見合わせる。

 すると瑞奈がこれまで見たことのないような優しい目をして、唯李の顔を横から覗き込んだ。


「ゆいちゃん……ごめんね?」 

「……な、何が?」


 振り向いた唯李の笑顔は見るからに引きつり、目が右往左往に泳ぎまくっていた。

 

「よしよし、唯李も上手だったよ」


 そう言って悠己が頭を撫でてやると、唯李は肩をビクっとさせた後、顔を赤くしながら悔しそうに口を結んで睨んできた。

 だが悠己の真似をした瑞奈にも「よしよし」とやられると、ばっと顔を伏せて沈黙してしまった。



唯李をよしよし上手だね~するボタンはこの下にあります。


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