表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/216

軽くスキンシップ


 翌朝、登校した悠己が自分の席でテスト範囲の問題集を解いていると、おしゃべりする女子の輪から戻ってきた唯李が「おはよ」と声をかけてきた。

 唯李は身をかがませて悠己の机の上を覗き込みながら、「朝から精が出ますなぁ」と余裕そうな笑みを向けてくる。

 いきなり下ネタかな? と唯李の顔を見返していると、「そんな見とれちゃって、どうかした?」とにやにやしてくるので、あまり気は進まなかったが一応昨日の瑞奈のことを話してみる。


「……まぁ要するに、ニセ彼女の件がちょっと疑われているのかなっていう」

「う~ん、そっかぁ~……」


 唯李は難しそうな顔で首を傾げてみせる。

 いくら隣の席キラーと言えど、こうなってくると面倒事には変わりない。

 そっけない反応もやむなし、と思っていたが、


「まぁでもあたしがまた悠己くんちに顔出せばいいんでしょ? おっけーおっけー」


 唯李は指で輪っかを作ってみせて意外にも乗り気である。そのへんは徹底してくるらしい。

 しかしすぐに思い出したように表情を曇らせて、


「ん~、でも今日凛央ちゃんと勉強する約束してたんだけどなぁ~」

「いや、それだったらそっち優先で全然いいんだけど」

「まあ瑞奈ちゃんのためだからしょうがないよね~。しょうがないか~」


 と言いながら携帯を取り出して何やら操作しだした。

 もしかして凛央に断りでも入れているのだろうか。それだとこちらが割り込んだようで悪いと思い、


「でも先に約束してたんでしょ? ふたりはマックスハートなんじゃなかった?」

「そうそう、そういうドタキャンかましてもオールオッケーな間柄なの。ほら、凛央ちゃんも『全然大丈夫気にしないで!』って」

「ふぅん……」


 なんだか体をブルブルさせて地団駄踏んでそうなイメージが浮かんだが実際どうなのか。

 しかし唯李がそう言うならおそらく大丈夫なのだろう。





 そして放課後、唯李とともに帰宅する。

 一緒にリビングに入っていくと、ソファーに深く腰掛けて携帯をいじっていた瑞奈がこちらに気づくなりぱっと身を起こして、パタパタと駆け寄ってくる。


「わ~! ゆいちゃんだゆいちゃ~ん!」

 

 まさか来るとは思っていなかったのか、瑞奈はキラキラと目を輝かせて唯李に抱きついていく。

 いつの間にかの好感度マックス。悠己も困惑気味にこっそり唯李に目線を送る。

 

「……そんな感じだったっけ?」

「そうそう、唯李ちゃん人気者だから。泣く子も黙るってやつよ」

「それなんか意味違くない?」


 そういう本人もこの熱烈な歓迎にちょっとびっくりしている感ある。

 ベタベタとまとわりついてくる瑞奈に対し、若干腰が引けてしまっている。


「おほ~お尻やらか~」

「ち、ちょっと! 瑞奈ちゃん!」

 

 前回の一件やら何やらがあって、瑞奈の中でなにか変化があったのだろう。

 単純にこいつはいける、と要するに舐めきっているだけかもしれないが。

 瑞奈はさわさわと唯李のお尻を撫で回しながら、


「ゆきくんもやってみる?」

「おっ、いいの?」

「ダメに決まってんだろ」


「何ちょくちょく乗っかろうとするわけ?」と睨まれてしまい本人OKが出ない。

 すると瑞奈が不満そうな顔をして、


「え~付き合ってるのに~?」

「そ、そういうのはまだまだ先なんです! 健全なお付き合いですから!」


 唯李がしっしっと手で瑞奈を遠ざける。

 すると瑞奈が口をとがらせながら悠己のそばに逃げてきたので、頭に手を置いて撫でてやる。

 

「今日はちゃんと服着てるね。えらいぞ」

「えっへん」


 瑞奈はすまし顔でにやりとしてみせる。

 Tシャツにハーフパンツという部屋着ではあるが、上下ともにしっかり着衣している。

 これに関しては注意しても一向に改善しなかったので、なるべく褒めて伸ばす方針にした。

 瑞奈にしてみたら服を着ているだけで褒めてもらえるので、とてつもなくハードルが低い。


「下着つけないでいると、さらなる解放感とスリルが得られることに気づいた……」

「もっと頑張りましょう」


 やはり褒めて伸ばすのも難しい。



 

「どうぞどうぞ中へ」

 

 それから瑞奈に勧められるがままに、唯李と一緒にソファに腰掛ける。

 さらにせわしなく動く瑞奈は、一度台所に引っ込んだかと思うとグラスに飲み物をついで持ってきた。お茶のようだが二つとも水かさがバラバラ。

 瑞奈はそれをテーブルの上に置くと、


「どうぞ、ごゆっくり。お勉強頑張ってね」


 そう言ってリビングから出ていった。

 まるで自分が母親にでもなったような態度だが、一番勉強を頑張らなければならないのはお前だぞと言いたい。 


 それにしても一体どういう風の吹き回しかと、なんとなく瑞奈が出ていったリビングの入り口付近に視線を送ると、ちらちら陰からこちらを覗き見ている瑞奈と目があった。

 悠己に気づくなり、握りこぶしを揺らして「今だやれ、いけ!」とジェスチャーをしてくる。


 昨日も「付き合ってるなら、もっとこう……スキンシップがね」というようなことをブツブツ言っていた。

 ニセ彼女の件を疑い始めている……というか、単純に仲が全然進展しないのが気に入らないらしい。


 ちなみに隠れセコンドをする瑞奈は、角度的にきっと唯李からも丸見えである。

 ちら、と唯李の顔を見ると思いっきり苦笑された。

 弁解するわけではないが、一応その旨をそのまま唯李に耳打ちする。


「なんかその、このままだと俺が唯李に振られるんじゃないかっていう心配をしてるらしくて……」

「へえ~……それはお兄ちゃん思いだこと。それで?」

「要するにこう、ちょっと軽くスキンシップをして見せればいいのかなと」

「す、スキンシップ? そう言ったって、何を……」

「んー……じゃあ前みたいにホラ、膝枕とか」

「……それ自分がしてほしいだけでしょ」

「そうだけど?」


 お互い顔を見合わせて謎の間が起きる。

 唯李は何か言いたそうだったが結局口にはせず、代わりにこほん、と咳払いをすると軽く座り直して姿勢を正した。

 どうやらこれはオッケーのサイン。だがかと言ってこの状況で嬉々として膝に飛びこむのは少しためらわれる。

 

「なんかちょっと恥ずかしいね」

「へ、へえ……悠己くんにもそういう感情あったんだ……」


 そうやって人をロボットか何かのように扱うのはやめてほしいところだ。


「妹に見られてると思うとちょっとね」

「そりゃそうね。マニアックなプレイみたい」


 視界の端では、ガッツを見せろと瑞奈が両こぶしを握ってポーズをしてくる。

 ここまで来て言われるまでもないと、悠己が一思いに横倒しに頭を唯李の膝に乗せると、頬に体温と柔らかい肉感が伝わってくる。

 さらに太ももに顔を押し付けるようにぐでっと脱力すると、やや動揺気味の声が頭上から降ってきた。

 

「ち、ちょっと、そういう寝方……?」

「これが一番太ももの肉の感触を味わえるんだよ」

「な、何その変態っぽい解説! ていうか変態でしょ!?」

「唯李の膝は最高だよ。まぁ他の膝を知らんけど」

「悠己くんってなんか浮気しそうなタイプだよね」

「どうして?」


 聞き返しながら下から仰ぎ見ると、唯李はぷいっとそっぽを向いた。

 と同時に頭がガクガクと揺れ始める。何事かと思えば、唯李が膝を小刻みに上下させだして、


「はい一回二回さんか~い」

「リフティングやめて」

「軽い頭だなぁ~。中身空っぽかな~?」


 とか言いながら膝をガンガン揺らしてくるので、たまらずぱっと上半身を起こした悠己は無言で唯李の顔を注視する。

 

「あれ、怒った?」

「わりと」

「わかりづらいな」


 今度は悠己がふい、と目線を外してあさっての方を見る。

 するとちょうど、「ああんもう何やってんの!」と言わんばかりに拳を振り下ろす瑞奈の姿が見えた。

 さらにその視界を塞ぐように唯李が身を乗り出してきて、少し気がかりそうな表情で顔を覗き込んでくる。


「もう、ごめんったら。怒ってるの?」

「ううん、怒ってないよ」

「どないやねん」

「ただその代わり……」


 悠己は含みをもたせて、じっと唯李の目を見つめる。


「……な、何?」


 近距離で唯李の長いまつげがぱちぱちと何度も瞬く。

 不安とも期待とも取れぬ微妙な顔色をする唯李に、悠己はぐっと顔を近づけた。

瑞奈の応援をヒートアップさせる「いけ!やれ!」ボタンはこの下にあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ