凛央ちゃん
昼休みになると悠己は購買に向かった。
今日は昼食を用意してきていなかったので買いに行くためだ。
教室前で隣の席キラー被害者の群れに捕まって少し時間をくったせいで、購買に到着したのはあらかた人の波が引いた後だった。
混雑に揉まれないで済むのはいいが、商品の棚もだいぶスカスカになってしまっている。
悠己がさてどうしようかとおにぎりの並ぶ棚を眺めていると、不意に横からすっと腕が伸びてきて、目の前で最後の一個のツナマヨをかっさらっていった。
「ふっ……」
そしてすかさずかたわらで、女子生徒が謎のドヤ顔を向けてくる。
(うわぁ、なんか変な人がいる……)
と思いながらよく見たら凛央だった。
とりあえず無視して隣のサンドイッチや惣菜パンが置いてある棚に目を移す。
値段の割には腹が膨れないんだよな……と見ていると、またも目の前に伸びてきた腕が、ラスト一つのたまごサンドをかっさらっていった。
「ふふん」
そして謎の笑み。
なるべく見ないようにして悠己は普通に幕の内弁当を買って購買を出た。
おにぎりとサンドイッチを細々買うより、こっちのほうが安上がりでボリュームもあるのだ。
その後、飲み物を買おうと一階奥のいくつか自販機が並ぶスペースに立ち寄る。
悠己はざっとラインナップを見渡すと、財布の小銭を探りながら目的の自販機に近づいていく。
すると突如その前に割り込んできた影が、素早くお金を入れてボタンを押した。
ガタン、と落ちてきたペットボトルを取って、去り際にちらっと目線をよこす。
「ふふっ……」
売り切れになるわけでもなく今のは本格的に謎。
変な人に触らないよう刺激しないように飲み物を購入し、悠己は教室に戻るべく廊下を進む。
そして人気の少ない渡り廊下付近に差しかかった辺りで、背後から横を追い抜いた影が悠己の行く手に立ちふさがった。
「あらこんなところで……奇遇ね」
購買のビニール袋をぶら下げた凛央が不敵に笑う。
こうなるとさすがに無視するわけにもいかず、
「回りくどいなぁ。こんなことして何が目的なの」
「なんのことかしら? 何か困ったことでも?」
いてもいなくても別に何も困ることはなかったのだが、なんというか……暇な人だなと思う。
しかしこの奇行も元を辿れば隣の席キラーの被害によるものだと考えると、あまり無下にもできない。
少しはのせてあげる優しさも必要だ。
「うっ、先に買われた……くやしい」
「その言い方バカにしてるでしょ」
一体どうしろと。
この意味不明な言動、思った以上に重症だ。
さしあたって応急手当的なものが必要かもしれない。
悠己はその時ふと、ズボンのポケットに入れたままのストレス解放効果のあるパワーストーンのことを思い出した。
今日の朝ふと思い立って家から持ってきて唯李に改めて渡したら、「いらないです」と若干キレ気味に返されてそのままだった。
「じゃあ凛央ちゃんにこれをあげよう」
悠己がそう言うと、凛央はぶばっと鼻と口から変な音を出して吹き出した。
かと思えば口元を拭いながら睨んできて、
「君にちゃん呼ばわりされる覚えはないんだけど?」
「唯李がそう呼んでるし」
「それは全然理由になってない」
凛央ちゃん、は特別ということなのか。
知らない仲でもないし別に構わないかと思ったのだが。
「じゃあなんて呼べばいいかな?」
「あ、あぁ!? 知らないわよ自分で考えなさいよ!」
「わかりません」
「授業でわからないとこさされても開き直るタイプでしょ? ……まぁどうしても呼びたいなら、名字プラスさんづけが普通でしょ。それがスタンダードよ」
「いやそれはちょっと……」
「何でよ!? 何が気に入らないっていうの!」
「名字だと五文字。名前だと二文字。呼ぶのラク」
「何ラクしようとしてるわけ? 腹立つカタコトしてからに。それと私の名字は四文字だけど誰かと勘違いしてない?」
「リーオーっていう量産機知ってる? 主人公が乗ると強くなるやつ」
「知らない。だから何?」
それで呼んだら殴るぞと言わんばかりの目つき。
ラチがあかないのでとりあえず名前は保留にして、悠己はポケットから取り出した石を凛央の目の前に突き出す。
「これあげるよ。プレゼント」
「ぷっ、プレゼント……?」
「金運じゃないよ」
「……何が?」
どうぞ、とさらに手を凛央の顔の前に持っていく。
凛央は手のひらの上で転がる石を訝しげに眺めていたが、
「い、いらないわそんなもの」
「そう言わずに。これストレス解消効果があるらしいよ」
「だからいらないったら! どうせ後で何か請求するつもりでしょ?」
やはりパワーストーンは不人気だ。近頃の女子は意外に現実主義なのかもしれない。
凛央は和むどころか一層警戒心をあらわにしだした。
(唯李といるときはあんなにニコニコなのに……)
唯李と二人でいる時の凛央を思い浮かべていると、悠己の頭の中にとつじょ名案が浮かんだ。
「あっ、そうだ。唯李のかわいい写真あるよ」
「えっ?」
いつぞやのラインで送られてきた唯李キメ顔写真だ。
なにげにお気に入りなので携帯にしっかり保存してある。
悠己はスマホを取り出すと画像を表示して、画面を凛央の方に向けてやる。
「ふ、ふぅん……? 写真、ねぇ……」
凛央は目では写真をガン見しているが、口ではあんまり興味なさそうだ。
「やっぱりいらないか……」
携帯をしまおうとすると、突然凛央が手をパーにしてストップをかけてくる。
「ち、ちょっと待って!」
「え?」
「お、お願いします……」
「ん? なんて?」
「お願いします!」
凛央は強めの語気でそう言うなり、財布を取り出して中をごそごそと探り出した。
そして何を思ったか、またしてもカードらしきものを差し出してくる。
「い、今ちょっと持ち合わせが……こ、これで……」
声をひそめた凛央が手にしていたのは図書カードだった。
悠己は受け取ることはせずにカードを指差して、
「いやそれって誰かからもらったやつでしょ」
「し、進級祝いにおじさんに……」
「非常によくない使われ方をしているね」
「あと七百円ぐらい入ってるから……」
「しかも使いかけとか」
必死すぎる。
別にこちらは金品を要求しているわけではないのだが、何か必要だと勝手に思い込んでいるらしい。
「いいよ、そういうのいらないから」
「い、いいの!? でも……」
すると今度は手に持った袋の中をゴソゴソやり始めたので、すぐに手で制する。
「おにぎりもサンドイッチもいらないから。これラインとかで送ればいい?」
「えっ、あ、ライン……? そ、それは私と、ライン交換するってこと?」
「送れないでしょそうしないと」
何を当たり前のことを言っているのか。
凛央が急に挙動不審に目を泳がせ始めたので、
「まあ嫌ならいいけど」
「し、しょうがないわねぇ……交換してあげてもいいけど」
「そういう感じだったらやっぱりいいか」
「す、する! します! させてください!」
と言って凛央は勢いよく携帯を取り出したはいいものの、いつになっても交換する準備ができないでいる。
興奮しているのかなんだか、なぜか若干手元が震えていて全然進まない。
「違う、そこのマーク押して」
「し、知ってたわよ! ちょっとど忘れして……」
あっ、こいつ慣れてないな……と悠己は心の中でほくそ笑む。
しかしそういう当人もこの前唯李と交換した時にグダグダだった。
やっとのことで無事交換が終わると、
「ふっ、漢字フルネーム……初心者丸出しね」
「ぷっ、RIOだって」
「何笑ってるのよ! べ、別におかしくないでしょう!? いいから早く写真よこしなさい、そっちが目的なんだから」
「ああでも、よく考えたら一応本人に確認取らないとまずいかな? そうするとまた今度かなぁ」
「ゆ、唯李に? だ、ダメよこういうのは本人に気取られないようにコソコソと……」
何やら早口でブツブツ言っているのをよそに、早速ラインで唯李にメッセージを作成する。
『この前の唯李の写真、凛央ちゃんにあげていい?』
と今送ったところで、どの道そんなすぐ返信はこないだろうと思っていたが、
『絶対ダメーーーーー!!! あげたらぶっ殺し! ていうかそれ今すぐ消しなさい!』
と凄まじい早さと勢いで返ってきた。
「絶対ダメだって」
「えっ……そ、そんな……どうして……」
「ケチだよね。減るもんじゃあるまいし」
写真ぐらい別にいいじゃないかと思う。そもそも勝手に自分で送りつけてきたくせにだ。
凛央は口半開きのまま、まるで抜け殻のようになってしまった。
少しかわいそうだったので、代わりにさっきふざけて慶太郎が流してきたみよりんの画像を送ってやる。
「あっ……」
じっと自分の携帯を注視する凛央。
だが写真を見てすぐに違うと気づいたのか、
「誰よこれ、偽物じゃないのよ!」
「怒られるよそんなこと言ったら」
「くっ……こうやって最初から私のことをコケにするつもりだったんでしょう!」
凛央は体をわなわなと震えさせながら、悠己の顔に向かってそう言い放つと、ぷいっと顔を背けて体を百八十度ターンさせた。
そして覚えてなさいよ、とばかりに最後に悠己をひと睨みすると、肩をいからせて廊下を歩いていった。
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