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完落ち秘密兵器


「あの花城があんな風に……初めて見たぞ」


 園田が眼鏡のつるを指先でつまみながら目を凝らす。

 するとさも面白そうに口元をにやつかせた慶太郎が、ひじで悠己をつつきながら、


「おい悠己、ちょっと何しゃべってるのか聞いてこいよ」

「ええ、やだよめんどくさい」

「お前オレらの話聞いてた? ここまでの流れぶち壊しにすんなよ。いいからお得意の何食わぬ顔で自分の席について、それとなく聞き耳立てればいいだけだろ」


 お得意の何食わぬ顔ってなんだよ、と反論するまもなく、悠己は慶太郎に背中を押され教室の中に放り込まれた。

 仕方なく最後列の後ろをトボトボと歩いて自分の席に戻る。

 そして何食わぬ顔で椅子に腰を落ち着けると、聞き耳を立てるまでもなく隣の二人の会話が聞こえてきた。


「いいじゃんいいじゃ~ん。おせーておせーて」

「もう~しょうがないわね~」


 耳に飛び込んできたのは、いつもの調子の唯李と、まるでさっきとは別人のような凛央の優しげな声音である。

 こっそり横目で盗み見ると、凛央はニコニコと頬を緩ませていて、本当に別人なのではないかと疑ってしまうほどだ。


「ちゃんとノート取ってないの? ダメじゃないのもう唯李ったら」

 

 そう口では怒りながらも、うふふふ、と微笑を絶やさない。

 椅子に座った唯李の方も、甘えるような調子でしきりに凛央の腕を揺すったりしてベタベタしている。

 なんだか今にもイチャイチャとかいう擬音が聞こえてきそうな勢い。

 先ほどあれだけかましてきた相手が急にこれだとかなり不気味である。


「ねえねえ悠己くん、いいでしょ~秘密兵器」


 すると唯李が悠己に話を振ってきた。凛央の手首を引っ張ってびろーんと持ち上げている。

 どうやら唯李の言っていた秘密兵器とは彼女のことらしい。


「四組の凛央ちゃん。ちょー頭いいんだから。勉強教えてもらうんだ~、これで勝つる!」


 唯李がそうやって話す間、なぜかずっと凛央からジリジリと鋭い視線を当てられる。

 なんだか怖いので、悠己はなるべく凛央の方を見ないようにしながら、

 

「へえ、二人は仲良しなんだ」

「そらもうマックスハートよ。りぼんでもちゃおでもないよ」

「もぉ何言ってるのよ唯李ったら!」


 と言いつつ凛央は満更でもない様子。口を結んだりにやけたりと忙しい。

 唯李にはずいぶん心を許しているようだが、よほど深い縁があるのだろうか。


「もしかして子供の頃からの知り合いとかそういう?」

「ううん、そういうんじゃないけど……去年同じクラスで隣同士の席だったんだよね~。女の子同士でラッキーって」

 

 どこのクラスも席順は基本男女交互の並びだが、おそらく人数か何かの関係で偶然女子同士になった、ということなのだろう。

 となると別段長い付き合い、というわけでもなさそうだが……。

 

(……待てよ、隣の席?)


 ピクッと悠己の眉間にシワが寄る。

 二人のなかよし度とかはぶっちゃけどうでもよかったが、そうなってくると俄然話は変わってくる。

 すかさず悠己はワトソン君も真っ青な必殺の名推理を頭の中で展開する。

  

(隣の席キラーVS隣の席ブレイカーの壮絶なバトルはすでに勃発していた……?)

 

 そして終焉を迎えていると考えるのが妥当。

 さらに凛央のこの様子から察するに、勝敗は火を見るよりも明らか。


(つまり彼女は……隣の席キラーの前にもろくも敗れ去り、すでに完落ちしている……?)

 

 というのが自然に導き出される答え。

 どうやら隣の席キラーは、男女の見境なく暴れているらしい。


「隣の席キラー恐るべし……」

「……何しかめっ面してるの?」


 当の唯李はまるで素知らぬ態度。

 悠己がこうやって凛央を見るのは初めてのことなので、普段から特別仲良くしている、というわけでもなさそうだ。

 テスト前に秘密兵器扱いされ呼び出され、体よくこき使われるという図が嫌でも浮かび上がる。


(哀れな被害者がまた一人……)


 完全に隣の席キラーの手の内で踊らされている。

 悠己がかわいそうなものを見る目で凛央を見ていると、


「さっきから何をじろじろ見ているの?」


 警戒心たっぷりの目でそう返された。

 唯李の時とはうって変わって別人のように冷たい口調である。


「何か言いたいことでもあるわけ?」


 もちろん言ってやりたいことはあるが、しかしまさか唯李の目の前で「あなた騙されてますよ」とやるわけにもいかないだろう。

 すでに洗脳済みであるからして、どの道彼女が悠己の言を信じるとは到底思えない。

 そんな葛藤の中悠己が押し黙っていると、何か険悪な空気を感じ取ったのか唯李が席を立ち上がって、


「こら、だめだよ凛央ちゃんほらまた! そんな怖い顔したら~!」


 と言いながらおもむろに凛央の背後に回り込み、ぱっと背中から両腕を回して、ぎゅっと抱きついてみせる。


「にゅっ!?」


 すると凛央の口から未知の生物の鳴き声みたいな音が飛び出た。

 みるみるうちに頬が耳がおでこが赤く染まっていく。

 

「ちょ、ちょっと唯李、や、やめなさいったら!」

「よいではないかよいではないか~」


 凛央の首筋にかじりつくようにした悪代官唯李が、ひょこっと顔をのぞかせてきて、


「ほら、凛央ちゃん実は萌えキャラだから。怖くないよ?」

「顔真っ赤だね。唯李に負けず劣らず」

「あたしがいつ顔赤くしたよあぁん?」

「しょっちゅうしてるじゃん」

「それはただの熱血です。攻撃力二倍やぞ」


 などとよくわからないことを言いながら、唯李は凛央の腕を手で掴んで握ったり離したりを細かく繰り返す。


「ぷにぷに二の腕やらか~。どうだ、うらやましいだろ~」

「俺もやってみていい?」

「ダメに決まってんだろ」


 冗談で言ったのに真顔で鋭いツッコミを食らった。

 唯李はこれみよがしに凛央のうなじのあたりに顔を近づけて、鼻をひくつかせる。

 

「くんかくんか、あ~ええ匂いするんじゃ~。どうだ、うらやましいだろ~」

「唯李もいい匂いするよね。あの匂い好き」

「ブフッ!!」


 唯李が突然変な音を出して吹き出し、こちらも負けじと一瞬にして顔が赤くなる。


「へ、変態変態! 凛央ちゃんこの男、匂いフェチだから気をつけてね!」

「……なぜ唯李の匂いを知っているの?」


 あれだけ赤くなっていた凛央の顔から、さっと血の気が引く。

 ズゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな、底しれぬ圧力。

 これは少しばかり余計なことを口走ったかと、唯李に視線で助けを求めると、


「いや助けないよ!? 自分で変なこと言い出したのが悪いんだからね!?」


 見捨てられた。

 いよいよ凛央が警戒心を隠さない表情になって、

 

「唯李、何かされそうになったらすぐに私に言うのよ」

「うん、凛央ちゃんありがと~」

「まったく、唯李唯李と馴れ馴れしく……。それにその、人のことを何か哀れなものでも見るかのような目は何?」


 ブツブツと繰り返しながら、悠己に敵意たっぷりの視線を向けてくる。

 するとまたも唯李が慌てて間に入ってきて、凛央の顔の前で必死に手を振りだした。


「ほら凛央ちゃん、ダメでしょまたそうやって!」

「そこの男が気に障るような目でじっと見てくるから」

「いやまぁ、彼はちょっと変わってるからね。ほら悠己くんも、ちゃんとごめんなさいしないと」

「ごめんなさい」

「ほら、根はいい子なんですよ~よしよし」


 唯李は宙で悠己の頭を撫でるような仕草をしてみせる。

 しかしそれを見た凛央の顔がさらに引きつった。怖い。


(やはり彼女も相当荒んでしまっているな……)


 唯李を見守り更生させると決めたからには、被害者のアフターケアも責務のうちだ。

 さしあたっては彼女に同じ被害者たちを紹介してあげるのがいいかもしれない。

 おそらくこちらを覗き見ているであろう慶太郎と園田のいる入口付近を指差して、


「あそこに仲間がいるからさ、よかったら一緒にどう?」

「……は?」


 ギラっとした目つきで、凛央が戸口の方を振り返る。

 するとすかさず熟練した兵士のように、慶太郎と園田がさっと陰に隠れた。


「……仲間がなに?」

「いや、あそこに……」


 ともう一度視線を送ると、慶太郎が必死に「もうよせ戻ってこい」と手招きをしている。

 遠目に見ても凛央の威圧オーラがヤバイということなのか。


「ちょっと失礼」


 やはり無策でやり合うには厳しい相手だ。

 悠己は腰をかがめながら二人の脇を抜け、慶太郎たちの元へ戻った。

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