隣の席ブレイカー
昼休み。
悠己が自分の席で昼食を終えて、一度トイレに行こうと教室を出ると、ちょうど廊下で何やら騒いでいた二人組に捕まってしまった。
朝からムダに時間をかけてそうなツンツンヘアーと、抜け毛に弱そうなサラサラ頭が雁首を揃えて行く手を塞いでくる。
「よお悠己。どうよ隣の席キラーは。お前もそろそろ落ちたか」
「成戸くん、そう無理して強がることはないんだよ。いつでも歓迎するよ僕らは」
慶太郎と園田がおのおの勝手なことをのたまいだす。
無視していこうにもこの強制バトルのような立ちはだかり方をされてしまうとなかなかに難しい。
「最近仲いいね二人」
「んなこたぁない。この変態ドルオタ眼鏡と一緒にしてもらったら困る」
「そういう物言いはやめてくれないか。僕も君のようなリア充なり損ないの半端者と一緒にされるのは心外だね」
二人が早くも睨み合い、バチバチと火花をちらしだす。
隣の席キラー被害者同盟の結束はいつの間にかガタガタのようだった。
「こいつ、急にアイドルがどうたら言い出しやがってよ」
「別にそこまで急にではない。僕をにわか扱いしないでくれないか」
園田が「速見くんは全くお話にならないね」などとブツブツ言いながら、おもむろに携帯を取り出して悠己に一歩近づいてきたので一歩下がる。
それでも園田は強引に距離を詰めてきて携帯の画面を見せながら、
「成戸くん、ちょっと見てくれないか。これが僕の推し、みよりんだ」
携帯の画面には、バッチリ近距離カメラ目線で笑う女の子の写真が表示されていた。
「なるほどこれが推し」
「どうだい、かわいいだろう?」
「うーん……」
もちろんかわいいはかわいい。
のだが、よっぽど例の唯李のキメ顔写メでも見せて、「こっちのほうが好きかな」と言ってやりたくもあった。
とはいえ、わざわざ自分から燃料を投下することもない。やかましさ百倍になるであろうことは目に見えている。
悠己が煮えきらない態度でいると、慶太郎が無理やり間から顔を差し込むように画面を覗き込んできて、
「……この子、ちょっと鷹月に似てねえか? 未練タラタラじゃねえかよオイ!!」
「ち、違う! みよりんに鷹月唯李が偶然似ているだけだ!」
「どっちだって一緒だろ!」
すぐ喧嘩する。
二人が取っ組み合いをはじめてやいのやいのとやっていると、背後から廊下を歩いてきた女子生徒にぶつかりそうになった。
危ういところでさっと身をかわした女子生徒は、キっと二人を睨みつけて言った。
「邪魔。ふざけるなら外でやって」
驚くほど平坦な冷たい声だった。そのくせ妙に通る。
彼女は眉一つ動かさず厳しい表情を浮かべたまま、キリっとした切れ長の瞳で慶太郎園田を交互に射抜く。
一気に場に緊張が張り詰め、さしもの二人も蛇に睨まれた蛙のごとくその場に立ちすくむ。
「ぶつかって転んで、怪我でもしたらどうするの?」
そう言い放ってさらに目で威圧。
二人を完全に沈黙させた後、彼女はぐるりと視線を巡らせ、なぜか関係ないはずの悠己に目を留めた。
そしてそのままひとしきり悠己を睨み据えると、ふい、と目線を進行方向に戻し、背中まで届く長い黒髪を揺らして脇を通りすぎて行った。
その後姿を見送りながら、慶太郎が肩をすくめて悠己に近づいて耳打ちしてくる。
「お~こわ。めっちゃ睨まれてたけどお前なんかやったの?」
「さあ? しゃべったこともないし、というか誰?」
「お前のことだから知らないうちに地雷踏み抜いてるんじゃねーの」
踏んでも全くの無傷という地雷もいかがなものか。
何も身に覚えもなければ、正真正銘の初対面だ。
「ていうかあいつのことマジで知らないの? 結構有名人だぞ」
「そうなの?」
慶太郎がおいおい、という顔をして呆れていると、代わりに園田が顎をさすりながらつぶやく。
「花城凛央……。クラス一……いや学内でも指折りの美少女と噂されているが、色々と問題のある女だ」
どこかで聞いたような紹介文だ。
悠己が知るだけですでに指が二本折れてしまっている。
たしかに先ほど悠己がちらりと見た感じでは、凛々しい目元もさることながら、鼻が高く鼻筋も通っており、顔の輪郭もしゅっとしていて非常に容貌は整っていると言える。
背もスラリと高く、唯李とは違うベクトルでこれぞ美人、といった印象。
「まあご覧の通り見てくれだけは上等だ。けれども実際、告白されるまではいかないらしい。なぜかというと100パー断られるだろうとわかっているから誰もいかない」
「だいたい風紀委員っつったってあんな偉そうに注意してくる意味がわからん。漫画とかの読み過ぎなんじゃねーの」
「いや風紀委員だったのは去年の話だぞ。つまりあれは、もともとああいう女なのだよ」
「ふうん、園田やけに詳しそうじゃん」
「ふっ、なぜなら僕と彼女は……学年トップの座を奪ったり奪い返したり。そう、いわばライバル。向こうも僕のことは相当意識しているだろう」
「本当かよ」
悪態をつく慶太郎をよそに、園田がこれみよがしに悠己に水を向けてくる。
「かけっこが速いやつがモテるのはせいぜい中学生までだよ。成戸くん、君50メートルのタイムは?」
「忘れた」
「そういうの聞いてもムダだよ。こいつ体育とかも基本やる気ねーから」
「いやそんなことはないよ」
「この前のサッカーの時もオレがパスしてやったらすぐパス戻してくるし」
「ボール持ってたら狙われるじゃん」
「こういうやつだから。わかるだろ?」
慶太郎は大げさに両手を広げてみせると、何やら難しい顔をして唸ってみせる。
「とにかくいくら美人でもありゃダメだろ。愛嬌がねえんだよ愛嬌が。男が嫌いっていうか男女問わずあんな感じなんだろ? 人を明らかに見下しているフシがある」
「しかしまあ、成績もトップクラスで運動も……たしか陸上部だったか? 相当できるらしい。それに加えてあの容姿となると……」
「あれも別の意味で隣の席キラーだな。もしあんなのが隣の席に来たら心休まる間もないね」
「鷹月唯李が隣の席キラーなら、奴はさしづめ隣の席ブレイカーか」
「何だよそれ?」
園田の話によると、これまで彼女の隣の席になった男子はもれなく凛央を恐れるようになる。
凛央には基本敬語になり、人が変わったように真面目になってしまうのだという。
「まあ、あくまでウワサだが……」
「二人を戦わせたら面白そうだね。龍バーサス虎みたいな」
「悠己お前、また何をアホなことを……あれ? そういや今あいつ、ウチのクラス入ってかなかった?」
言いながら教室の引き戸に近づいていった慶太郎が中を覗き込む。
するとすぐに驚いた顔でこちらを振り返って、ちょっと来い、と顎をしゃくってみせた。
悠己と園田があとに続くと、
「お、おいおいマジかよ、見ろよアレ」
慶太郎がこっそり指差す先、教室奥の窓際に近い席――唯李の席では、まさにその渦中の人物二人が、仲睦まじそうに談笑する姿があった。