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ゆいちゃんとデート


 それから数日後。

 悠己が学校から帰宅すると、リビングのソファーでこれみよがしに携帯をいじる瑞奈の姿があった。

 瑞奈が携帯を触っているときは、たいていピコピコ大きな音を出してゲームをやっているのだが、今日はやけに静かだ。

 制服から部屋着に着替えて隣に座ると、瑞奈はさっと携帯を伏せてずいっと一人分腰を離した。 

 

「どしたの?」

「ちょっと、友だちとラインしてるから」

「友だち?」


 思わず聞き返すと、瑞奈は若干ぎこちなく笑う。


「そ、そう。友だちできたの。へへ……」

「へえ、やったじゃん。名前は?」

「……り、りかちゃん」

「それ人形じゃなくて?」

「し、しっけいな!」

 

 瑞奈はふん、と息巻いて立ち上がり、リビングを出ていってしまった。

 それきり自分の部屋からなかなか顔を出さず、飯時に出てきたと思ったらまたすぐに引っ込んでしまう。 

 さらにその次の日は、珍しく悠己より遅く学校から帰ってきたかと思えば、


「友だちと電話するから、入ってこないでね!」


 などと言ってすぐに自分の部屋にこもる。

 帰ってきてすぐ電話するぐらいならなぜ別れた。

 という疑問もわくが、やがて飯時になって姿を現すと、

 

「はーいそがしいそがし。いそがしくてゆきくんの相手してらんないなぁ~」

 

 何やらブツブツと言いながら、せわしなく携帯をいじってみせる。

 どうやらメイドブームは風のように去ったらしい。なんや余計な後片付けだのしなくていいのでむしろ楽だ。

 瑞奈がずっとそんな調子なので自然と会話は減ってきているが、それでも急に思い出したかのように、


「そういえばゆいちゃんは元気? あれきり見ないけど」


 とチクチク探りを入れてくる。

 名女優も少し休養が必要というので、あれ以来家には呼んでいない。

 というかリスクを冒してまでわざわざ連れてくる意味もないし、こうなるとほとんどお役御免のように思えたが、


「明日休みなのに、ゆいちゃんとデートしないの?」


 そんな風に言われてしまうと返答に窮する。

 仕方なしに唯李にそれを伝えると「しょうがないなぁ~」という流れで、急遽デートらしきものをする運びとなった。



 そしてその当日。

 悠己が着替えを終えてリビングに出ていくと、瑞奈もいそいそと着替えをして出かける準備をしている。

 なるほどやはりそういうフリだったのかと思ってこちらから聞いてやる。


「瑞奈も一緒に来る?」

「妹同伴でデートするカップルがどこにいますか」

「あれ? じゃあどこか行くの?」

「ちょっと友だちとね」


 ふふん、と瑞奈はすました顔をしてみせる。どうやら悠己の予想とは違ったらしい。

 しかしそうなると、その正体不明の友だちというのがいよいよ気がかりになってくる。

 

「一応聞くけど、ネットの見知らぬ大きいお友達とかじゃないよね?」

「ち、違う! 学校の友だちだから!」


 そもそもそんな見知らぬ人と会うような度胸があるとは思えない。

 かと言ってあの瑞奈が一人でどこか出かけるとも考えにくいのだ。

 どうせ変な意地でも張っているのではないかと、もう一度こちらから提案をしてやる。


「瑞奈も一緒に来る?」

「なんで二回きくの! 瑞奈は友だちと遊ぶって言ってるでしょ!」


 あくまで学校の友だちと遊ぶ、と言い張るのなら、これ以上しつこく突っ込むのも野暮というものだろう。

 もしかすると友だちを通り越して男友達……はたまた彼氏という線もまったくないとは言い切れない。

 どちらにせよもちろん心配ではあるけども、そういう過剰なおせっかいが逆に瑞奈の独り立ちを阻害してしまっているのかもしれない。


「いいからゆきくんは早く行きなよ!」

「瑞奈もあんまり遅くならないようにね」


 やたら急かしてくる瑞奈にそう言い残すと、悠己は先に家を出た。


 


 待ち合わせ場所は最寄り駅前の広場。

 徒歩でやってきた悠己は、時間より少し早めに到着する。

 

 少し雲が出ているものの、おおむね天気は晴れで空気もカラッとしていて、とても過ごしやすい天候だ。

 時折心地いい風も吹いていて、こういう日は外でぼーっと太陽の光を浴びているだけでも気分が上向きになる。

 悠己が待ち合わせ場所近くのレンガの角に座って、車の行き交う往来や駅から吐き出される人の波をぼうっと眺めていると、ふと目の前に影が落ちた。


「おーい起きてるか~」


 顔を上げると待ち人……唯李が悠己の顔の前で、手を細かく左右に振っていた。

 悠己と目があうやいなや唯李はニコっと笑いかけてきて、

 

「待った?」

「待った。六分遅刻だね」

「こういうときは全然待ってないよ大丈夫って言ったほうがよくない?」


 悠己が駅前の時計台から目を離して立ち上がる。

 そして改めて唯李の方へ視線を移すと、唯李は軽く襟元を正しながらはにかんだ。

   

「ごめんね、ちょっと家でゴタゴタあって出るの遅れちゃった」


 今日の装いは胸元にリボンの付いた白いブラウスと、チェック柄の標準丈のスカート。 

 前回見かけた私服姿とはまるで別人のようだ。まるでお人形のようなかわいらしい格好をしている。

 

「今日はかわいい服だね」

「今日は、は余計」


 ふん、とそう返してくるが、悠己がじっと吟味をするように立ち姿を眺めていると、唯李は居づらそうに自分の二の腕をぎゅっと掴んで目線をあさっての方に逃がす。


「あ、あんまりじろじろ見ないでくれるかなぁ……」

「あぁごめん。でもすごいかわいいなって。お嬢様みたい」

 

 そう言うと唯李の口元がゆっくり横に緩みかけたが、悠己の視線に気づくなりきっと真顔を作って、


「そ、それで! 悠己くんはどこに連れてってくれるのかな?」

「いや特にどこっていうのは全くないけど」


 きっぱりそう言い切ると、唯李が顔を近づけてじとっとした目つきを向けてきた。


「……なにそれ。じゃなんで駅に集合って言ったの」

「そのほうがわかりやすいかと思って」


 特に他意はない。

 と言うと、唯李は「はぁ~」とこれみよがしにため息をついてみせた。

 

「よくノープランでって言うけどさ。そこまでガチのノープランってどうなの? 無だよねもはや」

「いやぁ、なんていうかなんだかんだで瑞奈も一緒に来ると思ってたんだよね」

「……それってどういうこと?」

「俺と、唯李と、三人で出かけたかったのかなぁって。でも友だちできたからそっちと遊ぶって……」

「えっ、すごいじゃない! 早速友だちできたんだ? それならよかったじゃん、なんでそんな歯切れ悪そうなの?」

「いや別にそういうわけでは……まあ少し引っかかるというか」

「悠己くんが変に心配し過ぎなんじゃない? 瑞奈ちゃんすごくかわいいし明るいし、ちょっと変わってるかもしれないけど……全然友だちが、とかそういう感じには見えなかったけどなぁ」


 唯李がそういう感想を持つのも無理はない。

 前回、初対面であったはずの唯李とは妙に打ち解けていて、それは悠己自身も驚きなのだ。

 

「まぁとにかく、いつもは出かけるってなると瑞奈が行きたいっていうところに連れて行くだけだから」

「ふぅん……じゃあ、悠己くんが行きたいところは?」

「特にない」

「帰るか」

「じゃあそれだったら唯李が行きたいところ、どこでもついてくよ」

「え? あたし? あたしは別にほら……ねえ?」


 水を向けると唯李も唯李でもにょもにょとして、話が進まない。

 あれこれ言うぐらいだから、てっきりなにか思うところがあるのかと思いきやこれだ。


「俺こういうの初めてだからよくわからなくて。唯李は慣れてるの?」

「ま、まぁね~……それなりには?」

 

 またも曖昧に濁す。妙に挙動不審だ。

 もしかして緊張しているのかな? とも思ったが、なんだか余裕ぶってもいるのでよくわからない。

 お互い案が出ず早くもグダグダになりつつあると、唯李がおもむろに携帯を取り出して操作しだした。


「そ、それじゃまずはそのへんで軽く喫茶店でも入って……」

「あぁ、思いついた。行きたいところあったよ」

「え?」

「じゃ行こうか」


 そう言って悠己は唯李の手を取る。

 一度ぎゅっと手のひら同士握りあったが、唯李が突然指を引っこ抜くようにぱっと手を離した。

 例によってムダに顔を赤らめながら、


「ち、ちょい! なんで当然のように手握ってるの!」

「あ、あぁごめん、ついくせで……」

「……。ま、まあニセ彼女っていう手前、付き合ってあげなくもないけど……」

「瑞奈もいないのに今はそういうのいいでしょ。あ、でも握ってないと迷子になっちゃう?」

「ならんわ」

 

 結局、お互い微妙な距離を保ったまま、悠己は唯李とともにバスの停留所がある方へ向かった。

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― 新着の感想 ―
なんか初々しいな~ 瑞奈ちゃんの友達と遊ぶの方もだいぶ気になるが
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