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心技体



「ええと、唯李のこと好きだから、付き合ってくださいって」

 

 そう言うと、唯李がしきりに口元を手で隠すようにさすりだした。

 何かのサインかと思ったが、もちろんそんなものは決めていない。

 しまいには顔を背けて丸まりだしたので、とりあえず唯李のことは放って瑞奈に詰め寄る。


「まあそんな感じで……さあ彼女作ったよ。これで瑞奈も友だち作らないとね」

「か、彼女っていっても、なんでもいいわけじゃなくてぇ……」

「いや彼女は彼女でしょ」

「だからそのぉ~……そう! 心技体すべてそろってないとだめです。なので今から瑞奈がテストします」


 瑞奈は「来て」と悠己に向かって言うと、ひとりでにリビングを出ていく。

 あくまで唯李には直接話しかけにくいようだ。

 

「へ~なんか面白そう」


 また訳のわからないことを……と悠己があきれる一方で、いつの間にかやけに上機嫌な様子の唯李は、足取り軽く瑞奈の後についていく。

 どこに行くのかと思いながらそれに続くと、やってきたのは瑞奈の部屋だった。

 瑞奈はドアを開け放って部屋の中を指差すと、


「まずは心。それすなわち、くもりない清らかさ……。ということで、ここの部屋を掃除してみせてください」

「ここの部屋って瑞奈の部屋でしょ。体よく自分の部屋掃除させようとしてるだろ」

 

 それがなぜ心なのか理解不能。

 瑞奈の部屋には今日久しぶりに入ったが、丸まったティッシュだのお菓子のゴミだのが机の上に散乱して、カーペットにも食べかすがまばらに落ちていて、さらにマンガ本やら雑誌やらが無造作にぶんながっている。はっきり言って汚い。 

 

「どう? ちょっとむずかしいかなぁ~?」


 汚部屋を見せつけてドヤる瑞奈。

 しかし唯李は別段驚くこともなく部屋を見渡して、なんともなしに言う。


「まあ、うちのお姉ちゃんの部屋に比べたらかわいいもんだね」

「マジか」

「掃除、すればいいんでしょ?」


 悠己が瑞奈と一緒になってあっけにとられていると、唯李はずんずんと部屋に足を踏み入れ、てきぱきとゴミの片づけを始めた。

 大きめのビニール袋に、ゴミを放り込んでいく素早い身のこなし。

 掃除機をかけるのはまず大きなものを整頓してからね、とまるでいつもやらされているかのような手際の良さ。

 唯李はあっという間にゴミをまとめ、雑誌を一箇所に積み上げ、テーブルの脇に落ちていた漫画を拾い上げる。


「あっ『五等分裂の妹』……これ瑞奈ちゃんの?」

「むっ……そだけど」

「これあたしも今読んでる! 新刊出てたんだ!」


 たしかそれは昨日出かけたときに瑞奈が購入したものだ。

 今のお気に入りだと言っていてあれこれ熱く語ってくるが、悠己は読んでいないので適当に相槌を返したばかりだ。


 瑞奈は話せる相手とわかるやいなや、「あそこのアレが~、だれそれが~」と始まって止まらなくなる。

 唯李もさすがお姉ちゃんを自称するだけあって、「うんうん、わかるそれ!」と一緒になって話を盛り上げる。

 あまりに楽しそうなので悠己もつい、


「それってどんな話?」

「なんと朝起きたら妹が五人に増殖! あたしまだ途中だけど面白いよ」 

「その話いろいろ無理ない? リアルに五人になったら間違いなく過労死するね」

「誰の顔見ていってるの!」


 瑞奈がどん、と肩を押してくる。

 ×5の場合突き飛ばされて壁に激突すると思われる。


「ゆきくんはちゃんと中身を見てから文句言いなさい!」


 そう言って瑞奈が本棚から一冊取り出して押し付けてきた。


「あっ、いいな~。あたしもこれ読んでいい?」 

「瑞奈も一緒に見る!」


 瑞奈がそう言うと、二人は仲良く座布団の上に座って、一冊の漫画を一緒に読み出した。

「ゆきくんは一巻からね!」と言われ、悠己も二人にならって漫画を広げる。

 いつしか掃除はすっかり忘れ去られ、みんなで漫画を読みふける会となってしまった。




 

「では次のテストに移りましょうか……。心の次は技。技とはもちろん……お料理!」


 やがて新刊一冊をまるまる読み終えると、瑞奈が思い出したかのようにそんなことを言い出し、一同再びリビングへ戻ってくる。

 漫画を純粋に楽しむ……それすなわち心。ということで、なんだかわからないが心は終了らしい。

 ちなみに唯李とは一緒に漫画を読んで、意外に打ち解けたようだった。ちょっとだけ顔を見て話せるようになっている。

 

「こっちこっち!」

 

 瑞奈に手招きされてキッチンの方へ。

 台所の上には、タッパーに入れて冷凍してあったご飯が解凍された状態で置いてあり、かたわらにボウルと生卵が転がっているという謎の状況。


「なにこれは……」

「ゆきくんにオムライスを作ろうと思ってたところ」

「まーたオムライスか」

「この前はちょっぴり失敗したので」


 何食わぬ顔で食べさせてきたが、やっぱり少し失敗だったらしい。

 材料だけは用意してある、ということで瑞奈はさあどうぞと唯李をうながす。

 

「つまりあたしがオムライスを作ればいいの?」

「ん~……ゆいちゃんにはちょっと難しかったかなぁ~?」

「別に難しいってことはないと思うけど……」


 そう言いながら唯李はキッチンに立つと、コンロやフライパンなどの調理器具を一通り見渡しながら、

 

「やっぱりちょっとうちの台所と勝手が違うなぁ」

「言い訳は無用」


 ボソっと言う瑞奈に唯李はくすりと笑ってみせる。かなり余裕そうだ。

  

「これ冷蔵庫の中のものも使っていいの?」

「どうぞご自由に」


 瑞奈は一瞬「他になにか使うものあるの?」という顔をしたが、すぐにわざとらしく険しい表情を作ってみせる。

 さらに唯李の背後で偉そうにベガ立ちをするも、「座って待ってていいよ」と言われると、おとなしく引き下がってテーブルの席についた。


 やがてジュージューとフライパンが音を立て、香ばしい匂いが漂ってくる。

 悠己は携帯をいじりだした瑞奈の隣に座って、なんとなく唯李の手際を眺める。

 機敏に包丁を使いフライパンを回す姿はすっかり板についている感じで、なんというかいつも学校で見る姿とはだいぶ違った印象を受ける。

   

(やっぱりこき使われているのかな……)


 もしやそういった家庭環境が彼女の人格形成に暗い影を……などと考えていると、テーブルの上に形の良いオムライスの乗った皿がゆっくりと置かれた。

 湯気の上がる卵の表面には、ケチャップでハートマークつきだ。


「瑞奈は料理にはうるさいからね」


 瑞奈は舌なめずりをしながら、出てきたオムライスをあちこち角度を変えて眺める。

 本当に好き嫌いがうるさい。


「どーぞ」

 

 かたわらに立った唯李が笑顔でそうすすめると、瑞奈はスプーンでオムライスの端っこをすくい上げ、くんくん、と匂いをかいだ後、一息に口の中に放り込んだ。

 そしてもぐもぐと咀嚼を始めると、


「ウっ……」


 と何か言いかけて口元を抑える。

 それからゆっくり飲み下した後、

 

「……まあまあかな」

「今うまいって絶叫しかけたろ」


 ちょっと一口、と言って悠己はとぼける瑞奈からスプーンを奪い取って、同様に口に運ぶ。

 先日の瑞奈のオムライスはケチャップをかけて炒めただけのものだったが、こちらは刻んだ玉ねぎや余っていたウィンナーを細かく切って混ぜ込んである。

 肝心の卵も、表面はふんわり中はとろっとしていて、ほとんど文句のつけようがない。

 

「すごい、おいしい……こうも違うとは」


 やるなあ、と思わず感嘆の声が漏れると、すぐそばで唯李がふふん、と胸を張る。


「まあいつもやらされて……やってますから」


 言い直したのが少し気にかかるが、この前の弁当といい料理に関しては文句なしの腕前のようだ。

 瑞奈も悠己からスプーンを奪い返して、一心不乱に口にかきこんでいたが、


「ゆいちゃんがまさかオムライス特化だったとは……」

「いや、というか瑞奈、この前クッキー食べたでしょ? あれ作ったのは、何を隠そう唯李だから」

「なんやて! はよそれを言わんかい!」


 ぺしん、と悠己の肩を叩いた瑞奈は、ぱっと椅子から降りると、唯李に向かって仰々しく頭を下げる。


「その節は……おいしゅうございました」

「そお? ならよかった」

「あの味が、忘れられぬで候」


 そう言って、突然唯李にすり寄っていく瑞奈。

 要するにまた作れということらしい。

 

「えっと、今はちょっと材料がないから……また今度ね」

「今度……おっしゃ! イヤァッホォオウ!!」


 言質をとった瑞奈はその場で拳を突き上げて飛び上がる。

 こうなると瑞奈も唯李を認めざるを得なくなっただろう。

  

「瑞奈、それでもう気はすんだ?」

「それとこれとは話が別」

「まだやるのかよ」


 意外に粘る。

 ぱっと唯李から距離をとった瑞奈は、びしりと唯李に向かって指先を突きつけるようにして、


「最後は心技体、の体です。これは読んで字のごとく……ボディチェックをします!」

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― 新着の感想 ―
ぼ…ぼでぃチェック!?何をチェックするのかな?
[一言] 5等分裂…プラナリアかなにかかな…??
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