絶対の絶対
瑞奈は言うだけ言うと、あとは任せたと言わんばかりに再度悠己の影に隠れてだんまりを決め込む。
鷹月姉妹はぽかん、とした顔のまま固まってしまって動かなくなった。
この状況一体どうすべきか迷っていると、ぐいぐいと瑞奈に服の裾を引っ張られてしまいよろめきながらも、結局「それじゃあ」とそそくさとその場を立ち去った。
そして帰宅後。
リビングに入って荷物を下ろすやいなや、ずっと押し黙っていた瑞奈が突然カーペットの上で正座を始めた。
どうやら自分がヤバイことをしたという自覚はあるらしい。
座りながらきゅっと脇をしめてうつむきかげんに、じっと何事か言われるのを待っているので、
「君は言ってることとやってることがぜんぜん違うね?」
彼女作れ、と言いながら自分が彼女宣言とはどういう了見か。
そう尋ねると、瑞奈はちらちらと上目遣いをして、口元をまごつかせる。
「だって、だって……。ゆきくんが、困ってると思って……」
「いやだからってなんであんな……」
「その……ゆきくんが逆ナンされてると思って」
「どこで覚えてくるんだそんな言葉。あるわけないでしょそんなもん」
「だから、『瑞奈が彼女です!』って言ってゆきくんを守ろうと思ったの」
行動の意図が全く不明だったが、別に悠己を陥れようとしたとかそういうわけではないようだ。
他に言いようがあったような気がしないでもないが、決して悪気があってのことではないとわかって、はあ、と体から力が抜ける。
「……そっか。俺を助けようとしてくれたんだね。ありがとう瑞奈」
悠己は瑞奈のすぐそばに膝をつくと、「足崩しなよ」と言って頭を撫でてやる。
すると、くっとこわばっていた瑞奈の口元が緩み、
「ふわぁ……お兄ちゃぁん……好きぃ……。好きじゃなくてしゅきぃ……」
「酒気帯びか」
「もうべろんべろんですわよ」
そんなことを言いながら、腕を腰に回してきてぎゅうっと抱きついてくる。
そしてそのままベタベタとくっついてきて離れようとしないので、もういい加減と力任せに体を引き剥がす。
「わかったからほら。まったく、自分で早く妹離れしたほうがいいとかって言ってたくせに」
「あれはうそです。いいとこ見せようと思って強がりました。ほんとは一生瑞奈の面倒見ててほしいです」
「ぶっちゃけたなとんでもないことを」
兄の日、だとか言ってなんだか大げさにするなあと思ってはいたが、単純にそういうオチか。
瑞奈がんばって友だち作るからお兄ちゃんも彼女を、とも言っていたが、本人は友だちを作ろうと頑張っている気配が微塵もない。
「ってことは全部うそかい」
「よくよく考えたら、ゆきくんに彼女ができたらぜったい瑞奈のこといじめてくるし」
「なんでそうなる」
「ゆきくんも瑞奈のことなんてほったらかしで、へやの隅っこで体育座りさせられるし」
一体どういう図を想像しているのか。
瑞奈がシクシクと泣き真似を始めたので、頭に手を乗せてやりながら、
「心配しなくても瑞奈のことほったらかしになんてしないから」
「お兄ちゃん……じゃあずっと……」
「でもさすがに一生は無理」
「うげ」
べん、と軽く頭を叩くと、瑞奈はカエルの鳴き声みたいな変な声を出す。
だがめげずにくっと顔を上げて見つめてきて、
「じゃ何歳までならいける?」
「長くみつもっても成人するまでかな」
「はやっ!」
「いや遅いでしょ」
いつまで寄生する気なのか。
にべもなくそう答えるが、瑞奈はなおも食い下がってくる。
「わかった! じゃあいっそのことほんとにゆきくんが瑞奈の彼氏になればいいんだ! 兄と付き合ってる妹なんてわりといるでしょ」
「いねーよ」
「このさい二番目の女でいいから! お願い、お願いします!」
「だからどこで覚えてくるんだそういうの」
「彼女がダメだったらゆきくんのメイドでもいいよ」
「結構です。そもそもできてないからね」
「じゃあペット」
「お金かかるねだいぶ」
「寄生虫」
「自分で言うな」
自分がぬるま湯につかるために人としての尊厳まで捨てようとしている妹。
これまでは過去のこともあり、ひたすら優しく甘々対応でやってきたが、そのせいでこうなってしまったのだと考えると笑って見過ごすわけにはいかない。
「アホなことばっかり言ってないでさっさと友だち作りなさい。瑞奈の場合はそうすればたいてい解決すると思うんだよ。一緒に遊んだり出かけたりできるでしょ」
「人にばっかそんなこと言って、ゆきくんだって彼女できそうにないじゃん。むしろ彼女いなくてかわいそうなゆきくんの相手を瑞奈がしてあげてるみたいなとこあるよね」
媚を売りまくってダメだとわかったら急に開き直ってきた。
瑞奈は立ち上がるとふんぞり返って腕組みをしながら、悠己を見下ろしてくる。
「ゆきくんに彼女ができた、って言うなら瑞奈もいさぎよくあきらめるよ? でもそうじゃなかったら今のままだっていいでしょ」
「俺に彼女できたら友だち作るって、それ絶対?」
「うん。絶対の絶対」
瑞奈はよどみなくコクコクとうなずく。
これはどうせ彼女なんて作れっこないとタカをくくられている。
まあその思惑はおおかた当たってはいるのだが。
(う~ん、彼女か……)
やはり普通に考えて無理だな。
悠己は素直にそう思った。