瑞奈とお出かけ
翌日には無事台風も通り過ぎて、久方ぶりの晴天となった。
絶好のお出かけ日和の休日、瑞奈がこの前始まったアニメの映画を見に行きたい。ついでにゲーム欲しい。マンガ買いたい。
でも一人で行くのは無理。一緒に行く友だちなどもちろんいない、というので、悠己が付き合わされることに。いつものパターンだ。
悠己はTシャツパーカージーンズという適当な格好でとっとと出かける準備を終えると、リビングのソファに腰掛けながら映画の前情報を携帯で何となく調べる。
深夜にやっていたアニメの劇場版らしいが、見ていたわけではないのでよく知らないのだ。
「お待たせ~ゆきくん」
先ほどから自分の部屋で張り切って準備をしていた瑞奈が姿を現す。
薄手の白い半袖ブラウスに、柄付きの膝上スカート。赤い小型のリュックを背負っている。
瑞奈は悠己のすぐ目の前までやってきて、くるっとその場で回ってみせると、
「どう?」
「うんかわいいかわいい」
どの道褒めるしか選択肢がないのでそう言うと、瑞奈は「やった」とうれしそうに笑う。
そしてスカートの裾をちらっとめくりながら、
「パンツもかわいいでしょ」
「パンツはみせんでいい」
スカートをつまんだ手をペシッと払う。
「まったく、もう少し恥じらいをだね……」
「やだなぁゆきくんたら。いつも外でこんなことしてるわけじゃないよ?」
「当たり前だよ。痴女か」
「ゆきくんの前だけだからね」
「そういう特別扱いいらないから」
パンツを見られたら顔面真っ赤にして勝手に帰ってしまう人を少しは見習ってほしい。
「じゃーん! これだけつければ無敵!!」
瑞奈が腕を突き上げた両手首には、それぞれ違う色のパワーストーンブレスレットが装着してあった。
さらにネックレス状の透明な石を首からぶら下げている。
ここまでくると何か宗教的なアレに見られてしまう可能性もありそうだ。
「これで魔物を近寄らせません!」
「どこに行くつもりだよ」
「お外は魔物ばかりだからね」
瑞奈の言う魔物とはちょっと見た目怖そうな人たち……のことらしい。
それも判定が甘々で、彼女の基準でいうと慶太郎あたりも魔物認定されてしまうかもしれない。
「さあ出発!」
意気揚々と腕を振り上げると、瑞奈はMと刺繍のあるつば付きの帽子をリュックから取り出して、目深にかぶる。
全然関係ないのだがこのMは瑞奈のM、だと言ってお気に入りらしい。
家を出てまず徒歩で向かうのは駅だ。
そこから三駅ほど電車に乗って、大きな駅に着く。
目的地はその周辺にある複合商業施設。映画館やらアニメショップやら瑞奈の用を済ませる場所は一通り揃っている。
駅への道のりを歩き始めると、瑞奈はとことことすぐ傍をついてくる。
手をつなぎたいという瑞奈に対し暑いからいいよ、と言うと、
「瑞奈と手をつなぐとゆきくんも魔物に襲われなくなるよ」
「念能力者みたいだね」
などと言いながら無理やり手を取ってくる。
途中、コンビニの前にたむろする若い男の集団が視界に入ると、瑞奈はさっと悠己を盾にするようにして身を縮こまらせる。
露骨に帽子のつばを傾けたりして挙動不審だ。やがて無事通り過ぎると、
「あぶなかった。魔物のむれにおそわれるところだった……」
「そういうふうにするから余計目つけられるんじゃないの」
そんな調子で駅に近づくにつれ人の数が多くなってくると、すっかり瑞奈の口数が少なくなる。
と言ってもこれもいつものことだ。駅構内に入ると、悠己は瑞奈の手を引きながらするすると人の波を抜けて、上りのプラットホームへ。
それから電車に乗って目的の駅までやってくる。
すでに時間がお昼を回ってしまったので、目についたファーストフードで昼食をとることにする。
瑞奈に先に席とっといて、と言いたかったが離れたがらないのでそれはどの道無理。
一緒に注文カウンターに並びながら「なんにする?」と聞くと、瑞奈はこしょこしょと耳打ちをしてくるが、周りの音がうるさいのと声が小さすぎて聞こえない。
「なんて? もう自分で頼みなよ」
瑞奈はぶんぶんぶんと首を横に振る。
まるでしゃべったら負けゲームでもしているかのようだ。
「ふーおなか減ったぁ」
席についてほっと一息つくと、急に瑞奈の口数が増える。食べるときも上機嫌。
おいしいね、とハンバーガーにかぶりついていたが、隣にちょうど同い年ぐらいの女の子グループがやってくると途端にこそこそしだす。
あまりやかましいのは悠己も苦手なので、早々に残りを片付け店を出た。
そこからまたしばらく歩いて、駅に隣接する映画館へ。
ここでも伝言ゲーム気味に、手続きなどはすべて悠己任せである。席はなるべく近くに人がいないところ。というご希望。
これはお昼と別腹、というのでキャラメル味のポップコーンを買ってやって席につくと、瑞奈はまたも機嫌よくこれから見る映画のあらすじなど延々語りだす。
さらにもしゃもしゃと映画が始まるまでに半分以上ポップコーンを平らげる。
しかしいざ上映が始まると食べる手を止めてじっと集中、かたや悠己はここに来て猛烈な睡魔に襲われだした。
「おもしろかったぁ~~」
映画が終わって館内を出ると、瑞奈はご満悦の表情であれがこうでこれがこうで……と熱く感想を語りだす。
うんうん、と悠己がそれに相槌を打っていると、
「ゆきくん途中寝てたでしょ」
「寝てない寝てない」
意識を失ったのはほんのちょっとだ。
その後、瑞奈行きつけのアニメショップのあるビルへ。
ここはビル丸々それ系のお店が入っていて、階をはしごすれば大抵のものは揃う。
瑞奈のお目当ては、新刊の漫画とゲームソフト。
漫画はどちらかというと少女漫画より少年漫画を好んで読んでいて、それは悠己とも共有している。
「今月はまだあんまりお小遣い使ってないからいいよね」
建物に入るなりイキイキしだした瑞奈が、あちこち物色しながら伺いを立ててくる。
実は父から生活費小遣いあわせてそこそこの額を預かっているのだが、瑞奈にまるまる渡してしまうと際限がなくなるので悠己がある程度管理しているのだ。
「むふふ、大漁大漁……」
ここでは自分で会計を済ませた瑞奈が、リュックに購入した収穫物をしまいながらほくそ笑む。
しかし無事目的のものを手に入れると、もう早く帰りたくてしょうがないらしい。
なのでそれからはどこにも寄ることなく、まっすぐ最寄り駅へ戻ってくる。
電車を降りて改札を出た後、
「夕飯はお弁当かなにか買ってこうか」
そう言うと、「牛丼!」と瑞奈が指差すほうにちょうど牛丼屋があったので、持ち帰りで購入する。
さて後は帰るだけか、と駅出口へと足を向けると、
「は~? 最初にお姉ちゃんが言ったんでしょ?」
「え~知らな~い何それ~?」
駅とつながっている百貨店の入り口から、買い物袋を下げた女性二人組が何やら言い争いをしながら出てきた。
ふと聞き覚えのあるような声の気がして何気なくちら、とそちらに視線を向けると、その女性の片割れとちょうど目が合った。