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おいのり


「ゆきく~~~ん!」

「おにーちゃ~~ん!」

「ゆーきちゃ~~~ん!!」

「ボゥオォオオアアアアアア!!!」


 怨霊のごとき叫び声で目が覚めた。

 ぱちりと目を開けると、百均のメガホンをこちらに向けたエプロンにパジャマ姿の瑞奈が、枕元に這いつくばっていた。


「あ、起きた! ダメだよゆきくん、そんな寝てばっかりいたら!」


 悠己が顔をしかめて目をこすっていると、瑞奈が寝起きにはきつい高音をメガホン越しに耳元に浴びせてくる。

 なんというか今日はあれだ。非常に疲れている。原因はわかっていて、昨日無駄に唯李相手にニコニコしたせいだ。

 経験上、優しいお兄ちゃんモードをやると異様に疲れるのだ。常時発動できていたら瑞奈の相手をするのもここまで苦労はない。


「おーいゆきくーん。生きてる?」

「昨日笑いすぎたひずみが……」

「ゆきくん……100パーセントを越えてしまったのね」


 久方ぶりに頬を酷使してしまって筋肉痛である。

 やりすぎると反動で、何もかもめんどくさい虚無モードに入ってしまう。ある種本当の素とも言える。

 一晩寝たことにより多少は回復はしたようだが、やはりあまり無理するものでもないなと悠己は思う。

 悠己はごろんと瑞奈に背を向けて寝返りを打つと、ふたたびスヤァと目を閉じた。


「おやすみ」

「ダメだよゆきくん、もう十時だよ!」

「眠い」

「まずい、ゆきくんが無気力モードに!」


 悠己をまたいで回り込んだ瑞奈が、ぺちん、ぺちんと手のひらで頬を張ってくる。

 最初は頬を撫でる程度だったが、一回ごとにどんどん威力が強くなっていく。

 比例ではなく二次関数的な勢いだ。このまま起きないと最悪死ぬ。


「起きろー! ここで寝たら死むるぞー!」

「わかったよ、起きる、起きるから」

 

 いやいや目を開けて上体を起こすと、ちょうど瑞奈が腕を振りかぶって上半身のバネを使おうとしていた。

 危なかった。

  

「ゆきくん起きた! FOOO!!」


 瑞奈がこれみよがしにばうんばうんとベッドの上を転げ回る。

 元は父と母が一緒に使っていたダブルサイズのベッドで、一人で使うにはかなり大きめだ。

 両親の寝室という扱いだったここが今は一応悠己の部屋、ということになっているが、このベッドが面積の大半を占めていてあまり自分の部屋という感じはしない。

 

「外でやりなさい」

「台風きてるのに? ゆきくん鬼畜だね」

「そういう瑞奈もなかなかだよ」


 ほっぺたがじんじんする。執拗に左ばかりを狙われた。

 鏡を見たら絶対赤くなっているやつだ。


 ベッドから降りてカーテンを開けると、窓にも水滴が張り付いていた。

 外は横殴りの雨で、風がゴーゴー言っている。台風が直撃するという予報は当たったらしい。

 これでは一歩も外に出れそうもない。


(買い物に行っておいてよかったな)


 昨日のうちにスーパーで食料を買い込んでおいた。

 今日は土曜で学校が休みでよかったが、これではどの道遅延か休校になっていたかな、とは思う。


「さあゆきくん、朝食のご用意がありますわよ」


 瑞奈にグイグイ手を引かれて、リビングにやってくる。

 昨日は一切何もしなかったのでもう飽きたのだと思っていたが、家事ごっこはまだ続いているらしい。


「しばしお待ちを」


 椅子に座らされると、テーブルの上にはグラスに入った牛乳と、無造作にバナナが一本転がっていた。妙にシュールだ。

 とりあえずグラスを取って牛乳を口に運ぶと、やたら生ぬるい。 


「これついだのいつ?」

「結構前かな」

「結構の具合で対応が変わってくるんだけど」

「ゆきくんが早く起きないから」

 

 非常に嫌な予感がしながら待っていると、瑞奈がキッチンの方から皿を運んできた。

 皿の上には黄身の二つある目玉焼きが乗っている。


「どう? 瑞奈が作ったんだよ」

「やるじゃないか。ちょっと焦げてるけど」

「そりゃもうバリカタよ。ちゃんと火を通さないとダメですからね」


 自分は半熟じゃないとごねるくせに。

 まあそれはいいとしても、目玉焼きの上でぐるっととぐろを巻いている乳白色の物体はちょっと見過ごせない。

 

「これは……」

「マヨネーズかけておいたよ」

「唐揚げにレモンどころの騒ぎじゃないね」


 目玉焼きには醤油一択だと言うのに。

 文句を言っていてもしょうがないので黙って手をつける。

 その間、瑞奈は勝手にバナナの皮を剥いてあーん、とやってくるが、非常に食い合わせが悪い。

 それでもせっかく作ったのだからと、残さず平らげる。

 

「ごちそうさま」

「おそまつくんでした」

「様ね」

 

 だいぶ遅めの朝食が終わると、悠己はリビングを出て奥の六畳一間の和室にやってくる。

 今は父が帰ってきた時にここに布団を敷いて寝るようになっていて、基本悠己や瑞奈がこの部屋を使うことはない。

  

 父は母が亡くなった後、急にスピリチュアル系に傾倒しだした。

 この和室が一番いい波動を、エネルギーを発している、だとか言い出してもっぱらここがお気に入りなのだ。

 

 さらにパワースポット巡りなどもよくやるようになり、その副産物としてうさんくさいアイテムを収集し持ち帰ってくる。

 お守りだの破魔矢だの神棚だの、天然石にブレスレッドにカードに見境がない。変なアロマを焚いたりもするので染み付くように匂いが残っている。


 部屋にあるふすまの奥は物置になっており、そこにも入りきれなかった父の私物などがごちゃごちゃと置いてある。

 悠己がそこを開けて、中にある戸棚の引き出しをあれこれ探っていると、


「ゆーきくん。なーにしてるのん」


 後ろから瑞奈の声がして、ひょこっと顔をのぞかせてきた。

 瑞奈はいつの間にかパジャマを脱ぎ捨てて下着姿になっている。

 

「服を着ろ」

「ゆきくんそればっかり」

「服を着ろ」

「ねぇねぇなぁにしてるの?」

「服を着ろ」


 何か上に着るまでは相手にしない。今までは甘やかしていたが、やはりはっきり線引きが必要だ。

 観念したのか、一度いなくなった瑞奈はぶかぶかのTシャツを一枚上に着て戻ってくる。

 例によってパンツが見えるか見えないかぐらいの丈。


「それ俺のTシャツ……」

「むほほ」

「むほほじゃないよ」


 変顔をしてみせた瑞奈は、ふと何か思い出したようにくるりと回れ右をすると、部屋の隅に置いてある仏壇のそばへ正座した。

 仏壇といっても悠己が両手で抱えられるぐらいの簡素なものだ。母の写真と家族で撮った写真が隣に並んでいる。

  

「今日おいのりしてなかった」

 

 お祈りというと語弊があるが、瑞奈には一日一回は仏壇に向き合う習慣がある。

 それは悠己も同じことだ。瑞奈と並んで正座して、一緒に仏壇と向かい合う。

 

「まったくそんな格好で、母さんが見たら泣くぞ」

「お兄ちゃんと一緒の服着て仲いいわねぇ。ってうれし泣きするね」


 瑞奈は瑞奈で母に「お兄ちゃんと仲良くね」とでも言い含められたようだが、本人は少し解釈を誤っている感がある。

 それでも泣きながら写真の前から離れようとしなかったかつての瑞奈の姿をふと思い出すと、それ以上は何も言えなくなった。

 瑞奈がぱん、と両手を合わせてぎゅっと目を閉じた。悠己も軽く目を閉じてそれにならう。


「ゆきくん何おいのりしたの?」

「いや神社とかじゃないからさ」


 悠己は立ち上がると、再度戸棚を物色し始める。

 当然のごとく瑞奈がまとわりついてきて、


「どしたの? また石?」 

「おととい瑞奈が邪魔したせいで間違えたんだよ」

「ふぅん? ミスってもおいのりポイントからやり直せたらいいのにね」

「たまに難しいことを言うね君は」

 

 またも邪魔され始めてしまい、お目当てのものがなかなか見つからない。 

 というかあれこれ物がごちゃごちゃしていてよくわからなかった。


 父に尋ねようにも昨晩「台風来てるからやめとく」と連絡があり、今週は帰ってこないのだ。

 少し心配していたようなので、一応報告もかねて電話して物置きのことを聞こうと思い立つ。


 どこに置いたっけと、めったに使わない携帯を探す。

 寝室に置きっぱなしだったのを発見して手に取ると、唯李からメッセージが届いていることに気づいた。

 タップして内容を確認する。

 

(これは……)

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