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かわゆいモード

まさかの姉視点。


 夕食後、風呂から出た真希は、自室のある二階への階段を上がっていく。

 奥の自分の部屋に向かうその途中、手前にあるドアの前ではたと足を止めた。

 固く閉ざされたドアには、「ノックしてね」と書かれた猫のイラスト付きのステッカーが貼ってある。

  

 最近はこうして唯李がすぐ自分の部屋にこもってしまうのでちょっと寂しい。

 これでは唯李で遊べない……もといたった二人の姉妹なのだから、もっと日頃から仲良くしたいと思っているのだが。

 真希は無音でゆっくりドアノブをひねると、熟練した体の動きですぅーっと音もなくドアを押し開ける。


 部屋の中では、唯李がベッドに仰向けになりながら、手からぶら下げたネックレスのようなものを眺めてにまにましていた。何やら面白そうな予感。

 そう直感した真希は、ずかずかと入室するなりベッドに近づいて、唯李の手元を覗き込む。

 

「どしたのそれ」

「ひっ」


 唯李は幽霊でも見たような顔で上ずった声を出すと、さっといずまいを正して手に持っていた物体を背中に隠した。

 真希はすかさず人差し指を立てて、

  

「何それ」

「な、何が?」

「その手に持ってるの」


 透視能力を見せつけていくと、早くも観念したのか唯李は手を前に持ってきて、例のブツをぶら下げるように見せつけてきた。

 宝石……ではなくただの色のついた石のようだ。おそらくパワーストーンか何かの類だろう。

 

「へ、へへ~。これ、プレゼントもらっちゃった~」

「例の彼? ふ~ん、急に進展したみたいだね」


 唯李は「まあね~」と笑ってみせるが、笑顔が若干ぎこちない。

 ちょっと見せてよ、と言って真希は石を手に取る。

 

「きれいね。なんていうやつなのこれ?」

「名前はわかんないけど……これね、ストレスとかを和らげる効果があるんだって」

「何? ストレスまみれなの?」


 唯李は一瞬真顔になったがまた笑顔を作った。ちょっと引きつっている。 

 真希はその手に石を返しながら、

 

「それにしてもいきなりプレゼントって、結構キザなことするのね」

「そうそう。でもあんまりグイグイこられるのも困っちゃう~……」

「……本当か?」


 真希がぐっと顔を近づけて迫ると、明らかに唯李の目が泳ぎ出した。


「本・当・なのかな?」


 さらに目と鼻の先に顔を近づけていくと、唯李は突然ギュッと目をつぶった。

 そしてわなわなと体を震わせだしたかと思うと、


「お姉ちゃぁああん!!」

 

 がばっと腕を背中に回して抱きついてきた。お腹にぐいぐいと顔を押し付けてくる。

 真希は両足でバランスを取りながら唯李を抱きとめて、

 

「どしたどした唯李~。よしよし。正直に言ってごらん」

「尻じゃなくて頭を撫でろ」


 冷静に手を払いのけられた。

 やり直し。


「おネエちゃぁああん!!」

「誰がおネエか」

「あの男、あたしの気持ち知ってて、からかってるのきっと! このままだと負ける!」

「……何と戦ってるの?」

「ダメなのこのままだと! だいたい男が尻に敷かれてるほうがうまくいくって言うし? そもそもからかわれたりするのは苦手っていうか嫌いっていうかムカつくし? あたしからかわれて喜ぶとか全然そういう性癖ないし、どちらかというとSだし?」


 どちらかというとドMでしょ。と思ったがあえて口を挟まず聞く。


「だいたいスタートがさぁ、下だとそれからずっと引きずるじゃん? 先に惚れたほうが尽くせよ? みたいな流れで?」 


 しかし黙っていれば次から次へとグチグチグチグチうるさいので、

 

「もうめんどくさいからさっさと自分から告れば?」

「それは恥ずかしいから、や! もし振られたらどうするの!」

「なんやごちゃごちゃ言ってて結局それかい」


 もう知らん。

 と唯李の体ごと突き放そうとすると、唯李は涙目になりながらまとわりついてくる。


「もうやぁ……おねえちゃぁん、助けてぇ~……」

「おっ、これは久しぶりにかわゆいモード来たか」

「なぁにそれぇ~……」

 

 説明しよう!

 かわゆいモードとは、真希がこっそり名付けた唯李の別形態のことである。

 にっちもさっちも行かなくなった時、唯李は自分で考えることをやめ、他力本願の甘えん坊に退化するのだ。

 この状態だと素直に何でも言うことを聞く。アホの子とも言う。ちなみに超絶かわゆい。そしてものすごくいじめたくなる。

 真希はうにょーんと唯李の両頬を指で引っ張りながら、


「何がダメか教えてあげよっか」

「ろうひてぇ?」

「それはねぇ、素直になれてないからダメ。一回ちゃんと『好きです』って言えるかどうか練習してみよっか」


 真希は子供を諭すように言う。

 これが普段の唯李なら、「は? 何言ってんの?」と姉に向けたらあかん系の冷たい視線を向けてくるだろう。

 しかしかわゆいモードに入った唯李は、キレるどころかいっぱいに顔を赤らめ、体をもじもじとさせて、舌足らずな声を出した。


「……ち、ち、ちゅきでちゅっ、ちゅきあってくだちゃい!!」

「ん~? 唯李はネズミさんかなぁ~?」

「ち、ちがいますぅっ!」


 真希は自然ににやにやと頬が緩んでしまってどうしようもない。

 楽しすぎてさらにいじめたくなる。


「つれぇわ……ちゃんと言えないじゃないの……」

「おねえちゃんのいじわるぅうっ」

「いたいいたい」

 

 唯李がギュッと目をつぶりながら、ぽかぽかと膝を叩いてくる。

 

「痛い、痛いって。マジで痛いから! 石握りしめて叩かないでくれる?」


 拳が重い。ぽか、ぽか、ではなくゴッゴッゴと鈍い音がする。

 プレゼントを凶器扱いするのはいかがなものかと。


 小さい時ならいざしらず、さしものかわ唯李も体はすっかり大きいのだ。

 痣にでもなったらたまらないので、とりあえず一度唯李を引き剥がして落ち着かせる。


「落ち着け落ち着けどーどー。……ところで私なりに考えたんだけど、きっとその彼は……他に本命がいるわね」

「へっ……。でも彼女はいないって……」

「ふっ、甘いわ。そんなこと正直に言うと思う? 私の勘によると唯李は……キープされてるわね」

「き、キープ?」

「それかもしかすると今、吟味している最中で……つまり他にも気になる子がいて、どっちがいいかなぁ~って秤にかけてるわけ。だけど物を贈ってくるってことは、間違いなく気はあるわ」

「うんうん」

「きっとリアクションを見てるわよ。プレゼントにどういう反応をするかとか。だから今、唯李は試されてるのよ」

「なるほどぉ……」


 目をキラキラさせて、いちいちうんうんと感心しながら頷く唯李。

 そんな風にされるとつい口が滑ってしまうというか、もっとあることないことしゃべりたくなってしまうというか。


「けども少しの衝撃で、天秤が一気に揺らぐこともある! 大丈夫よ唯李。唯李はかわいい。かわいいんだよ」

「うん!」

「でも、もうちょっと女の子らしさというか色気というか……あざとさが足りないかな。唯李なんか男みたいな時あるでしょ」

「あざとさ!」

「お姉ちゃんとしては、もっとエロ可愛い小悪魔なところが見たい……じゃなくて彼に見せていって」

「え、えろかわいい……」

「つまりエロかわゆいで押せ押せだよ押せ押せ!」

「うおおおお!」


 唯李が太い声で拳を突き上げて急にみなぎりだした。なんかあんまりかわいくなくなってきた。

 だからそれをやめろと言うのに……どうやらノーマル唯李が息を吹き返したらしい。


「こうなったらいっちゃう? 小悪魔唯李ちゃんいっちゃう?」

「おう、いっちゃえいっちゃえ!」

「お姉ちゃんメイク! 道具貸して!」

「洗面所のとこに入ってるよ!」


 びっと洗面所の方を指さしてやると、まるで犬のように唯李はだだっと部屋を出ていってしまった。

 これは術が効きすぎたか……我ながら怖い。

 オレオレ詐欺とかにも引っかかりそう。だからなんか変な男に引っかかってるのか……。


「まったく、なーにが小悪魔よ、絶対無理でしょそんなの。いっそのことかわゆいモードでいけばどんな男も落ちるだろうに……。でもそのへんのぽっと出の男にはやりたくないなぁ……」


 真希にしてみたら、名前以外全く影も形も見知らぬ相手だ。

 プレゼント、なんて思ったより女慣れしているようだし、絵に書いたチャラ男みたいなのが出てきたらちょっとどうしようかと思う。

 なんとかして……どこかで遭遇できないかなぁ、と思案していると、


「お姉ちゃんヤバイヤバイ! ちょっと手伝って!」

 

 顔の一部をやたら白くした唯李が駆け込んできた。

「はいはい」と真希は唯李に手を引かれながら部屋を出た。

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