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プレゼント


 翌朝、唯李が教室に入っていくと、すでに隣に悠己の姿があった。

 今日も歩きで来たため少し時間は遅いが、それでもたいてい唯李のほうが早い。なので珍しい。


 傘立てがいっぱいだったので、とりあえず傘を机の脇にひっかける。

 いよいよ台風が今日の夕方から明日にかけて接近するという予報なので、さすがにこれで傘忘れた~なんてやってたらただのバカである。


「おはよう」


 カバンを机に乗せるやいなや、悠己が顔を向けてあいさつをしてきた。先に挨拶されるのはもちろん初めてだ。

 一体何事かと思わず身構えそうになるが、あくまで表面上平静を装ってあいさつを返す。

  

「おはよ」

「眠そうだね」

「そっちもね」


 デフォルトで眠そうな悠己に対し、唯李も昨晩はなかなか寝付けず、おまけに風の音がガタガタうるさくてそれに拍車をかけた。

 そもそもそこまで朝が強いタイプというわけでもない。

 席につくと、またしても珍しいことに悠己の方からこちらに体ごと向き直って、すっと腕を差し出してきた。


「これ、渡そうと思って」

「え?」

「プレゼント」


 そう言って悠己が広げた手のひらには、何やらアクセサリーのような物体が乗っていた。

 やや黄色がかった乳白色をした小豆大ほどの石に、ストラップ状に紐がくくりつけられている。


 当然そのへんに転がってそうな石ではなさそうだ。光を反射してキラキラと光沢を放っている。

 おそるおそる眺めていると、悠己がほら、と近づけてくるので、唯李は戸惑いながらも手に取った。


「わぁ、きれい。これって……」

「なんか、パワーストーンとかって言うのかな。唯李にあげるよ」

「えっ……いいの? こんなのもらっちゃって」

「いいよ。うちの父親がそういうの好きで色々集めてて、家にいっぱいあるから」

「へ、へえ~……あ、ありがとう」


 悠己の突然の行動に面食らいながらも礼を言うと、彼はにこっと笑い返してきた。

 続けざまに不意打ちを受けて思わずどきり、としてしまう。


 いやこれは笑いかけられただけでドキドキしてしまうという少女漫画的なアレではなくて、めったに笑わない奴が笑うとびっくりするというかなんというか……。

 と唯李は一人で頭の中で言い訳をしながら、動揺を悟られまいと口を開く。


「で、でもこれって……どういう? なんでいきなり?」

「それ精神の安定とか、ストレスを和らげる効果があるんだって」

「へ、へえ~……。ま、まあ現代社会に生きる身としては、ストレスはつきものだよね」

「特に唯李はメンタルが相当危ういみたいだからね」

「だれが病んだメンヘラ女じゃ」


 気づけば食い気味にツッコんでいた。

 わぁきれい、なんて受け取ってしまったがそういうことか、この石そういうことか。

 あの悠己が急に「プレゼント」などと言い出したので、どうも不審に思っておっかなびっくりだったが、これで逆に安心した。

 

 だがさすがに「お前がストレスの原因なんじゃい!」とまでは言えない。

 やはり昨日の一件で、よほど変な女に思われたか。

 隣になった男子を残らず惚れさせるゲームをしている頭のおかしい女扱いなのか。

  

「……あたしそういうんじゃないけどね? 言っとくけど」

「ダメだよ言ってるそばからほら」

「いやあのね……なんか、思い違いしてるのかも知れないけど」

「はやく石を、石を握って!」

「うるさいなさっきから」

  

 早く回復アイテム使え、みたいなノリでしつこいので、仕方なくぐっと手をにぎりこむ。さっそく石を握りつぶしそうな勢い。

 なるほど確かに力をこめてそこに怒りを逃がすことで、いくぶんストレスが和らぐ気がする。


(……ていうかそういう使い方?)


 今にも誰か殴りつけそうに拳を握りしめているのはいかがなものかと。

 目に見えない不思議なパワー的なもので癒やしてほしかった。

 唯李が少し落ち着いたのを見ると、悠己が再び腕を伸ばしてきて、


「手出して」

「……今度はなに?」

「いいから」


 今日はなぜかやたらグイグイ来る。

 やはり警戒しながらも手を差し出すと、手のひらにちょこんと丸い球体が乗った。


「……なあにこれは」

「飴玉」

「子供扱いか」

「おはじきじゃないよ」

「わかっとるわ」

  

 節子ちゃうわ、と唯李は飴を口に放り込んでガリガリ噛みながら、


「今日はどういう風の吹き回し? どうしたの急に」

「チョコもあるよ」

「質問に答えなさい」


 悠己がカバンから何やらガサゴソと取り出そうとするので待ったをかける。

 すると悠己はまたしても口元に微笑を浮かべながら、唯李の方を見た。

  

「やっぱり何かの縁だと思うんだ。隣同士の席になったのも」

「……うん、それで?」

「俺にできることなら、力になるからさ。何か悩みがあるなら……」


 やたらに悠己の声音が優しく、口調も柔らかい。

 改めて思うが、たいしてしゃべらない分際で無駄に声がいい。癒し系。

 これ耳元で囁かれたらヤバイかもしれぬ……と一瞬そっちに気がそれそうになるが、慌てて調子を戻して、

 

「ふ、ふぅん……? それって例えば?」 

「例えば? うーん、じゃあ試しに希望をなにか言ってみて」


 ここで「彼氏的なものがほしいなぁ」って言ったら「しょうがないなぁ」って言ってきそうな雰囲気すらある。

 いっそのこと、――あたしが惚れさせたいのは、悠己くんだけなの。あたしのこと、好きになって。

 なんて目をうるませて言ったら、これはもしや、行けるのでは……?

 

(って行けるかバカ)


 どう見ても罠。

 完全なる見えている地雷。 

 だいたいそんな歯がガタガタになりそうな恥ずかしい台詞を言えるわけがない。


「……ねえ、あたしのこと、からかってるでしょ?」

「えっ……。それはこっちのセリフだけど」


 なるほどそりゃ確かに。と納得している場合ではない。

 今からかわれているのは明らかに自分の方なのだ。


「つまりそれ……やられたからやり返そうってわけ。ふーん」

「ひねくれてるなぁ相変わらず……」

「相変わらずって何よ」


 きっと睨んでやるが、くすっと軽く笑って返され、まさにのれんに腕押し状態。

 しかしこの態度は、まるでぐずるわがまま妹におおらかに接する兄のような……。

 この前の話ではないが、妹に似てるうんぬんはこの前振り……?


(待てよ? もしやこの余裕っぷりは……) 


 もしかして昨日のことがあって、やっぱり向こうはこっちの気持ちにうすうす気づいていて、それでからかっているのでは。

 昨日の今日でこの変化は……その可能性はかなり高い。


 つまり惚れさせようとしている本人がすでに惚れている、ということが相手にバレている……?

 なんだかややこしいことになっているが、もしそうならこれは非常によろしくない。

 こうなると唯李の中の予定が完全に狂うのだ。


(このままではあたしが下になってしまう……)


 こんな状態でこっちが折れたら、仮にうまくいって付き合いだした後もずっとパワーバランス確定で、とうてい覆せそうにない。

 やはり相手に惚れさせて告白させる、そこからスタートしなければ。 


 こんなことでドギマギしている場合ではないのだ。

 なんとしてもこのからかいゲームに勝利しなければならない。圧倒的勝利を。


「ど、どしたのかなぁ悠己くん。急に優しくなっちゃって。ついに唯李ちゃんの魅力に気づいちゃった?」

「そうだね。少し考えを改めようと思って。唯李のこと、ちょっと誤解してたみたいだから」


 何をどう誤解していたというのか……やはりバレているのか。

 そもそも絶賛誤解中なのではないかという気もするし、全く読めない。


「ムムム……」

「ん? どうかした?」


 やはり強い。

 顔色に全く出ない、こののれん系男子は……一体どうしたものか。

  

「よかった、それ気に入ってくれたみたいで」

「まあね……これからとっても役立ちそうだしね」


 にっこり笑う唯李。

 その手元、若干プルプルと震える拳の中で、早くもパワーストーンが酷使されはじめていた。

 

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