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大詰め

 休みが明けると通常どおり授業が始まり、正月ムードはあっという間に吹き飛んだ。丸二日も学校で過ごせば、いやでも気分は切り替わる。


 六限目、最後の授業は体育だった。まだ冬休み気分の連中が多少ははしゃげるこの時間も、雨降りのせいで体育館にすし詰めとなった。

 二クラス合同、男女合同でキャパシティオーバーの中、機械的に作られたグループでバスケの試合が行われる。


 コートは二面あるがそれでも待ち時間が発生する。試合中以外の生徒たちは思い思いに談笑をはじめていた。隅にかたまって座り込む女子もいれば、勝手にバレーボールを引っ張り出して遊ぶ男子もいる。ほとんど自由時間だ。


 試合を終えた悠己は館内端の壁に背をもたれていた。

 コートの中でボールが舞うのを漫然と目で追う。


 走りまわって要求されるがままにパスを回して、それらしくやったが敵も味方も経験者がほとんど試合を運んでいた。自分はいてもいなくてもさほど変わらなかったように思った。


「あーくっそ負けたわ~」


 目の前のコートで試合が終わった。慶太郎が荒い呼吸をしながら近づいてくる。涼しい顔をした園田がその後ろを歩いてきた。慶太郎が振り返りながら言う。


「お前走れよなもうちょっと」

「僕がうろちょろしたところでどうしようもないだろう」

「いやずっとノーマークだったろお前」

「ノーマークだろうがシュートなんて入る気がしないね。相手の戦略的放置だろう」


 慶太郎は一応経験者らしく、声を張り上げてきびきびと動いていた。園田はほとんどボールに触れてすらいないようだった。


「なあ、どう思うよ?」


 慶太郎に意見を求められたが、悠己は曖昧に首を傾げてごまかした。たかが体育の授業で何をそんなムキになっているのかと思ったがそれは言わなかった。


「はいはいそこの尻でかいの動きトロいよ!」

「うっさいわ! てか審判ファール! あの女ケツ触った!」


 奥のコートから叫び声がした。視線を向けると、中心でくるみと唯李が何やら言い争いをしていた。特別レベルの高い試合をしているわけではなさそうだが、周囲で笑い声が上がっていて注目を集めている。


「はは、なにやってんだあれ」


 騒ぎを遠巻きに眺めながら、隣で慶太郎が笑う。それから思い出したように言った。


「そうそう、ついに席替えだってな」


 五限目は担任の小川の国語だった。授業終わり間際に、そういえばすっかり忘れてましたけども、と前置きをして小川は席替えのことを口にした。前回と同じく、クラス委員を主導に皆さんで取り決めしてくださいとのことだった。


「いよいよ大詰めだな。お前も今度こそ腹くくれよ」

「何が?」

「何がって、いい加減決着つけろってこと」

「決着って?」


 聞き返すと、横から園田の声が割って入ってきた。


「それはもちろん、過去に隣の席キラーに玉砕した男たちの無念を晴らすのだよ」


 慶太郎が腕組みをしながらうなずく。


「向こうもきっと何か仕掛けてくるに違いないぜ。うんきっとそうだ」

「うむ。それでこちらもしかるべき策を……」

「いやもう直球勝負でいいだろ、そういう策とかいらんから。なぁ?」


 最後は悠己に戻してきた。流れを断つように言う。


「もういいよ、それ」

「は?」

「隣の席キラーなんて学校じゃ俺たち以外誰も言ってない。ただのくだらないネタでしょ。ノリでふざけてただけだって……二人だってそうでしょ」


 二人が一瞬たじろぐ気配がする。慶太郎が組んだ腕をほどいて、取って返してきた。


「いやお前だって最初ノリノリだったじゃねえかよ。隣の席キラーは惚れさせゲームをしているとかって話膨らませて」

「ていうか、そんなこと言ってる場合なの? 今年はもう三年だよ? もう遊んでる場合じゃないって、前に園田くんも言ってたでしょ」


 園田に向き直る。園田はきまりが悪そうに頭をかいた。


「うむ、それはまぁそうだが……アオハル的イベントがまったく起こらずいじけてた部分もあったというか……」

「あのさ、よかったらおすすめの塾とか教えてくれないかな」

「いやいや、何がおすすめの塾だよ。逃げんなって」


 横から慶太郎が遮ってくる。


「逃げる? 向こうにしたっていい加減迷惑でしょ? 陰であることないこと言われて」


 間髪入れずそう返すと、慶太郎は一度押し黙った。しかしすぐに語気を強めた。


「ていうかお前さ、らしくねえよな最近。なんかおかしくねえか? 新学期……いや年明けぐらいからか? どうしたんだよ、なんなんだよ?」

「今までがおかしかったんだよ。もうふざけるのは終わりにしただけ」

「はぁ? 何を急にマジメ君ぶってんだよ? お前はさ、周りが焦ってても一人だけ余裕かまして、なんだかんだでやるときはやるみたいな感じだろ?」

「そんな調子でうまくいくわけないでしょ」

「そうかぁ? やるべきときに逃げるようなやつが、この先うまくいくのかね?」

「逃げるって、俺が何に逃げてるって?」


 じろりとねめつけられ、こちらも睨み返す。「ま、まぁまぁふたりとも……」と園田がなだめに入ってきたが、お互い無視。またそうやって僕をのけものにするのか、と今度は園田のボルテージが上がりだすと、小さい影が割って入ってきた。


「あーちょちょちょい! どうしたなかよし三人組、仲間割れとか珍しいじゃん」


 両手を広げて静止をかけたのはくるみだった。さっきまで向こうのコートで試合をしていたと思ったが終わったらしい。


「いやちげえんだよ、こいつが急にさ」

「はいはいよちよち話きこか~? ん~?」


 くるみが手を伸ばして慶太郎の頭をべしべしとやる。そのかたわら、


「佐々木ナイッシュー! 男子見てるよー!」


 と試合中のコートに向かって野次を飛ばす。「で、なんだっけ?」と再度水を向けてくるが、慶太郎は黙って首をすくめた。奔放な振る舞いに毒気を抜かれたようだ。


「いや……もういいわ」

「あ、そう? じゃあ代わりにアタシからいい?」

「なんだよ?」

「えーこほん。ではただいまをもって君たちを……席替え実行委員に任命する!」

「は?」

「くじ作るの手伝ってよ。ていうか作って。どうせヒマでしょ」


 はい決まりね、と異論を受け付けるつもりはなさそうだ。何を言っても無駄と思ったのか、慶太郎と園田も黙って顔を見合わせるだけだった。

 くるみは「なんだよその顔~」とグーパンで二人の肩を背中をこづいていく。


「てかさっきの国語ヤバかったよね。小川ちゃんいきなり課題の作文読み上げだして。で、なに? 速見あんたプロゲーマー目指すの?」

「い、いやあれはギャグだっつうの。書くことねえからテキト―に書いただけだよ。まーでも、なんつうか汗水垂らして働くのは性に合わねえから、ネットビジネスとかでいい感じに稼ごうかなって」

「わーなんか意識高そうなサロンとか入って金だけむしられてそう」

「いや今の時代はココよココ。とりあえず大学でコネを作ってだな……」

「ふぅん、もういいわあんたの話。園田は?」

「僕は地方公務員か、民間ならインフラ系か食品系かな」

「うわなんか園田のくせに現実見ててキモっ」

「そこは褒めるところじゃないのかね」


 会話が聞こえてくる。悠己は人が集まりつつある向かいのコートを見ていた。そろそろ次の試合が始まる。話に加わることなく歩きだすと、後ろからくるみが追いすがってきた。


「で、ゆっきーは? どんな感じ?」

「俺は別に……普通だよ」

「アタシからするとすでにあんまり普通じゃないけどね。ってことは進学するってこと?」

「まぁ……たぶん」

「いやたぶんって……」


 話はそこで途切れた。終わりかと思いきや、くるみはしつこくまとわりついてくる。


「席替え、くじ作ったらすぐやるけど。いいっしょ?」

「なんで俺に聞くの?」

「いいっしょ?」

「いいけど」


 強引なのは相変わらずだ。繰り返し聞いてくる意図が読めない。


「あれあれいいのかなぁ~? 本当に?」


 くるみは半歩先に回って、意味ありげな笑みを向けてきた。一瞥して歩き続ける。


「別にどうだっていいよ。好きにやってもらって」

「あら、ほんとノリ悪い。もしかして唯李とケンカでもした? あ、倦怠期?」


 今度は立ち止まった。かたわらを見下ろすと、上目に大きく開いた瞳がまばたきをした。


「そういうのも、やめてほしいんだよね。彼女にも迷惑だから」

「はい?」


 きょとんとした顔を置いて、小走りにコートに入っていく。もうくるみは追いかけてこなかった。すでに悠己のチームはコート中央に集まっていた。試合はすぐに始まった。


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