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おデート

 数十分後、悠己は瑞奈に言われるがままに外へ連れ出された。人気の少ない路地を、大通りへ向かって進む。

 昼前の空は流れが速かった。雲の間を太陽が出たり入ったりを繰り返している。乾いた空気の中を、ときおり冷たい風が吹き抜けていく。


「大丈夫? ゆうきくん寒くない?」


 隣を歩く瑞奈がしきりに気にしてくる。上着は何年か前に買った薄手のダウンジャケットだが、やたら暖かく冬はこれひとつで十分だ。

 瑞奈はお気に入りのダッフルコートにマフラー。小さいリュックを背負って、ときおりスカートを風にはためかせている。


「瑞奈こそそのスカート寒くないの?」

「かわいいでしょこれ~」

「だから寒くないのって」

「今日はおデートですからね」


 勝手に話が変わっている。近場のスーパーに一緒に買い物、などはたまにあるが、こうして改まって二人で出かけるのは久しぶりかもしれない。


「で、どこに行くって?」

「まぁそう焦りなさんなって。まずは駅へ向かいます」


 何度か尋ねたがすべてはぐらかされた。具体的な行き先はわからないまま、駅への道を並んで歩く。

 瑞奈の足取りは軽かった。ときおり鼻歌を口ずさみながら、体を小さく揺らしている。やけにご機嫌だ。


「みてみて、髪ちょっと伸びたでしょ」


 結んだ髪の先端を持ち上げてみせた。両側に垂らした髪はクリスマスのときよりも伸びて、肩にしなだれかかっていた。


 装いも以前までの暗い寒色系ではなく、明るめの色にまとめている。そのほとんどが瑞奈が自分で新しく購入してきたものだ。数こそ多くはないが、うまく着回している。ほとんど安物だが、それを感じさせない。服選びにもセンスがある。


 大通りへ出ると、遠目に駅が見えてきた。すれ違う人の数が増えてくる。

 瑞奈はしっかりと前を向いていた。いつかのように帽子をふかく被ってうつむくようなことはしない。悠己の陰に隠れるように縮こまることもない。


 けれどそんな妹の姿に、どうにも違和感がつきまとう。何も昔の話をしているわけではなく、ついこのあいだの話なのだ。丸一年も経ってない。


 一度走り出してしまえば、止まるほうが難しい。そして一番難しいのが、最初の一歩。なにか一つのきっかけ。必要なのはそれだけなのかもしれなかった。それはきっと父だってそうなのだろうし、悠己だってそうだ。


 もちろんその逆だってありうる。いつどこでつまずくかなんてわからない。落ちていくのだってあっという間。這い上がる取っかかりは、簡単には見つからないかもしれない。


 けれどそこまで考えて、その二つは矛盾しているような気もした。やっぱり格言じみたものはあてにならない。見ている景色は同じでも、感じ方は人それぞれ。現実は異なる。それより身近にいる何でもない人に言われた何気ない一言のほうが、やけに刺さったりする。そして抜けなくなる。


「ん?」


 視線に気づいて、瑞奈がこちらに鼻先を向けた。痩せた、というわけではないが若干顔の彫りが深くなっている気がする。それには触れずに、わかりやすい変化を口にする。


「背伸びた?」

「そう伸びたの! 去年より3センチ!」


 やや猫背になっていた背中もまっすぐになっている。そのせいか余計に背丈が高くなったように感じた。瑞奈は得意げに胸を張ってみせて、


「さよとかいうおチビちゃんを置き去りにしたから。この調子だとゆうきくんのことも追い抜いちゃうかな~?」

「そんなでかくなくてもいいでしょ」

「とりあえずゆいちゃんを見くだせるぐらいにはなりたいな~」

「見おろせる、じゃなくて?」


 そんな調子で駅までやってきた。連休ということもあり構内はなかなかの混雑具合だった。人の波にもひるむことなく、瑞奈は先導を続ける。


 駅の通路を抜けて、反対側の出口に出た。電車に乗るわけではないらしい。瑞奈が向かったのは、その先にあるファーストフード店。まずは腹ごしらえをするのだという。

 時間的にもちょうどお昼時だった。ドアを入ってすぐ、店員のせわしげな声が響く。カウンター前には縦にいくつか行列ができていた。だいぶ混雑している。


「クーポンあるから、ゆうきくんもこの中から選ぶ?」


 並んで待つ間、瑞奈がスマホの画面を見せてくる。


「どれでもいいよ」というと「ちゃんとどれか言って」と怒られた。適当に一つ選ぶ。

 順番が来ると、瑞奈はスマホ片手に注文から支払いをスムーズにこなした。飲み物と番号札をもらって、席のほうへ移動する。


 店の中は満席に近かった。運よく見つけた二人がけの席に座って待つ。

 少しして注文の品が運ばれてきて、おのおの手を付け始める。


 周りも騒がしく、落ち着いて食事をするような雰囲気ではなかった。同年代の中高生グループもあちこちで見られた。奥の席から大きな笑い声が上がったが、対面の瑞奈はさほど気にするふうもなくハンバーガーにかぶりつく。


「でね、結局けいたろうがごめんなさいしてね……」


 話は友達と小夜の部屋で課題をしていたときのこと。隣の慶太郎の部屋がうるさくて、乗り込んでいったらしい。ゲームをしていた慶太郎と小夜が二人で言い争いになって、みんなでその様子を引き気味に眺めていたという。


「いつもウザイウザイ言ってるくせに仲良さそうじゃんってなって。気に入らないこと全部言ってるからストレスなさそうって。そしたらさよが顔真っ赤にして『そんなことないです!』って」


 なんだかんだ、仲良くやっているらしい。

 ふと去年の夏休みにいろいろと揉めたことを思い出す。今思えばあれもいらない心配だった。慶太郎はよっぽど自分よりまっとうな兄をやっていると思った。




 次にやってきたのは映画館だった。

 年末に父とやってきた場所だ。瑞奈もそのとき友達と来たばかりのはず。

 悠己も瑞奈もそこまで映画好きというわけではない。映画館に来るのもほとんど瑞奈次第で、年に一、二回あるかどうかという程度。だからどうして映画なのか不思議だった。


「今日はこれを見ます」


 瑞奈が外の壁に貼ってある映画のポスターを指さした。まさにこの前見に行くと言っていたアニメの映画だ。


「それ見たんじゃないの?」

「めっちゃ面白かったからもう一回見る。おすすめだからゆうきくんにも見せてあげようと思って」


 それほど興味があるわけではなかったが、ここまで来て拒否してもしかたない。瑞奈はちょくちょく時計を気にしていて、時間を調整しているようだった。父と来たときのように、行き当たりばったりでよくわからない海外のアクション映画を見せられるよりはずっといい。


 ここでも瑞奈は先にカウンターに向かった。「えっと……」と最初に少しまごつくが、危なげなく手続きをした。

 チケットを受け取ったあと、待ち時間でぶらぶらとグッズ売り場を見て回る。その後、売店でキャラメルポップコーンと飲み物を購入する。


「ゆうきくんはいらないの?」

「さっき食べたばっかりでしょ」

「これサイドメニューですけど? まだお昼食べ終わってないの」


 上映時間が近づき、シアター内へ入場した。それなりに混んでいたが、隣のグループと一つ席を空けるぐらいの余裕はある。「ゆうきくんも食べていいよ」と隣に座った瑞奈がポップコーンをつまみだす。


 照明が消えて、上映が始まった。

 画面の明滅と大音量に慣れてくると、悠己はスクリーンを見つめながら、別のことを考えていた。

 いつだったか突然瑞奈が一人で映画に行く、と始まったときのことを思い出していた。あのときもこうやって二人で映画を見にきた。


 思い返せば同じルートをたどっていた。ファーストフード店では瑞奈の声が小さくて何度も聞き返され、悠己が代わりに注文をした。

 いざ食べ始めても、瑞奈は隣に同年代の女子グループが来ると黙り込んでしまった。映画館にたどり着くころにはすっかり疲れきった様子だった。


 妹の横顔をわずかに盗み見る。瑞奈は悠己の視線に気づく様子もなく、まっすぐスクリーンを注視している。

 今日の誘いに何か意図があるのかもしれないと思ったが、深読みしすぎだろう。何か考えているようには見えない。


「やっぱ映画館は迫力が違うね~!」


 上映が終わってシアターを出ると、瑞奈が興奮気味に感想を漏らす。

 眠りこそしなかったが、悠己は映画にあまり集中できなかった。余計なことを考えすぎたせいかもしれない。感想を求められたが、漠然と「面白かった」としか答えられなかった。


「それでもう終わり? お出かけは」

「もちろんまだ終わりじゃありませんよ」


 そう言うなり瑞奈は悠己の腕を引いて歩き出す。人の行き交う駅前通りをぐんぐん進む。

 強引に手を引かれて目立つせいか、すれ違う人と何度か目があった。

 今の自分たちは周りからどんな目で見られているだろうか。瑞奈も見た目に気を使うようになって、以前までとは少しわけが違う。


 しっかり兄と妹と認識されるだろうか。知り合いに見つかったらからかわれるだろうか。いや、羨ましがられるかもしれない。

 いずれにせよあまり見られたくはない。父と二人で歩いたときとは、また違った気恥ずかしさのようなものがあった。


 ゲームセンターに入ると、やっと腕を解放された。

 瑞奈は一目散にクレーンゲームの筐体が並ぶエリアへ足を向ける。お目当てのものを見つけると、立ち止まって手招きしてきた。


「みてみてちょいかわ。あのイキり顔のやつ絶対取るから」


 よく見かけるキャラクターのぬいぐるみだ。瑞奈は小銭を投入すると、前のめりに筐体のボタンに手をかける。


「おっしゃ一発ゲットぉ! どうよこれ天才すぎん?」


 取り出し口から拾い上げたぬいぐるみを、悠己の顔の前に押し付けてくる。

 既視感があった。ここはいつだったか唯李と凛央とともに来た場所だ。あのときは唯李が瑞奈にぬいぐるみを取ってあげると言い出したが取れずに、凛央がぬいぐるみを取った。


 瑞奈はゲーセンは魔物が多いだとか変な難癖をつけてあまり来たがらなかった。たしかそれで代わりに取ってあげる、という流れだった。けれど今の瑞奈にそんな素振りは微塵もない。


 その後も瑞奈は筐体の間を練り歩いて、いくつか景品を取った。悠己にも小さなキーホルダーを一つ渡してきた。

 やがてクレーンゲームにも飽きたのか、別のフロアをうろつきだす。黙って付き従っていると、瑞奈は指をさして声を弾ませた。


「あ、ゆうきくんプリ一緒に撮ろ!」


 またも腕を引かれ、有無を言わさず筐体の中に引きずり込まれる。インスタント写真を撮影できる機械だ。

 ここでも瑞奈は手慣れた様子でお金を入れて、タッチパネルを操作し始めた。前に友達と撮ったことがあるという。


「ゆうきくんもっとこっち! 背後霊みたいのやめて」


 自分の目元にピースサインを当てながら、顔を近づけてくる。

 撮影した写真に瑞奈がディスプレイ上で落書きをしていく。ハートマークを乱れうちにした上に、「100%ゆうき」「イケメソ☆」「←真顔w」などと好き放題書かれている。


 それなりに時間をかけたあと、瑞奈は出力された写真を満足げに眺める。「ゆうきくんにもあげる」と言われ一シートもらったが使い道は思い浮かばない。


 ゲームセンターを出た頃には、外は薄暗かった。太陽は日没前に雲に覆われていた。


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― 新着の感想 ―
小説の続きが気になってここにたどり着きました! 気が向いたら更新お願いします!
楽しく何度も読み返しました。唯季ちゃん大好きです。唯季ちゃんと悠己のハッピーエンドを期待しつつ、続編を楽しみにしています。
[良い点] 昨日、この作品を知って一気読みしてしまいました。 唯季や悠己達のコミカルな掛け合いに毎度、笑顔になってます。 クリスマス後くらいからのシリアスな展開にはドキドキさせられて、悠己が自分の気持…
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